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「綺麗なお嬢さん、喉が渇いてはいませんか?」 「あ……ありがとうございます」  グラスをくれたその人は、ニナに向かって微笑みかけてくれた。  包み込むような優しさになんとなく父を思い出し、じんわり目の前が滲んでしまう。 (お父様もいたら、もっと楽しかったかもしれないわ。お義母様と一緒に踊る所を見てみたかった……) 「よろしければ、僕と一曲どうでしょう? もちろん、喉を潤した後に」 「はい、喜んで――」 「それはどうかと思うな」  再びニナの肩がびくっと跳ねた。  振り返ったそこにいたのは、今まで声をかけてきたどの人とも違う若い男性で。  ニナより年上なのは確かだった。とは言っても、五つも離れていないように見える。姉たちのものとはまた系統の違う華やかな金髪と、ニナの目に近いグリーンの瞳。ただ、この男の方がニナの瞳より深く、青みがかっている。  どうやらこの男はそれなりの身分のある男らしかった。着ている服もその辺の田舎貴族が着るような安い生地ではなく、絹に金糸、しかも細かな刺繍が所狭しと縁どられている上に、胸元で留めたブローチには本物の宝石が輝いているという値段を聞いたら目が飛び出そうなものを身につけていた。 (この方は……) 「彼女の相手をするのは勧めない。なぜならあなたは立派な子爵家の人間だからだ」 「先に目を付けておられたのですか? そういうことでしたら、もちろんお譲りしますとも」 「……そういうわけじゃないんだが」  せっかく声をかけてくれたのに、その男性は立ち去ってしまう。  代わりに残ったのは、なんだか冷たい雰囲気をまとったその人だった。  さっきまでは楽しい気持ちだったのに、その人に見つめられるだけで落ち着かなくなってしまう。まるで罪人を咎めるような、痛みすら感じる視線が怖かったのもある。 「あの……」 「なぜ、君のような人間がここにいる?」 「え……?」  一瞬、言われた意味がわからなかった。  ニナはきちんとあの招待状にある基準を満たしている年頃の女性のはず。  それをわかっていただけに、黙っていられず口を開く。 「招待状を頂いたからです。あれに書かれた舞踏会への参加条件には私も含まれていると思いましたが、違いますか?」 「いいや? 確かに君は年頃の女性だろう。この国の王子の年齢を考えればそのぐらいが妥当だ」 (この人、さっきからなに……?)  なるべく、側にはいたくない。  そう考えてニナはそろりと距離を取る。  理由はわからないが、この男はニナにあまりいい印象を持っていないようだった。その視線もそうだが、声にも言葉にもトゲがある。 「だが、俺だったら君の立場で舞踏会に来ようとは思わない。それだけの財力がないということは、身分も立場も大したものじゃないだろう。違うか?」 「ざい……りょく……って。なにをおっしゃっているんですか……」 「君の……あー、それはドレスと呼んでいいのか? それを見ればわかる」  そう言われてニナは自分の身体を見下ろした。  母と姉作ってくれた大切なドレス。散々踊ったおかげで多少皺は寄っていたものの、こんなに嫌な目付きで見られるようなものではないはず。  それなのに、男の反応はニナの予想を超えていた。 「床を拭く布を継ぎ合わせたようなボロだ。そんなものを着て、よくこの舞踏会に出ようと思えたな」 「な……!」  声が出てこなかった。  この人はニナの大切なドレスを、家族が心を込めて作ってくれたドレスをよりによってボロだと言い放ったのだ。 「あなたになにがわかるの……っ」  悔しさと悲しさと、いろんな思いがないまぜになってニナを打ちのめす。  実家が貧乏なことなんて百も承知だった。それでも、家族はニナのためにこのドレスを用意してくれたというのに。 「あなたみたいな失礼な方こそ、この舞踏会にふさわしくないです!」  言い切って唇を噛み締める。  堪えなければ涙がこぼれてしまいそうだった。怒りで涙が出るなんて、今までニナは知らない。  高ぶる感情をぶつけようと手を振り上げた瞬間、男がニナの腕をきつく掴み上げる。 「貧しい暮らしをしている者は手も早いらしい。君の口はただの飾りか?」 「離してっ!」 「離せば君は俺を殴るだろう。そうされるわけにはいかないんでね」 「あなたなんて大嫌い! お姉様とお義母様に謝ってよ……!」 「君はなんの話をしているんだ?」 「あなたが馬鹿にしたドレスはみんなが私のために――」  激高したニナが言いかけたその時、広間の方から母と姉の声が聞こえてきた。  どうやらニナを探しているらしいことがわかる。 「あなたみたいな人、二度と会いたくありません……!」 「心配しなくてもこれが最初で最後だ。俺は君が簡単に会えるような人間じゃない」 「よくそんなに偉そうなことが言えますね。さすが、初対面の女性のドレスをけなせるだけのことはあります」 「……まさか君は俺が誰だか気付いてな――」 「ニナ、どこ?」  再び、姉の声が聞こえた。  ニナは渋々、男に向かって言う。 「もう離してください。あなたを殴るなんて馬鹿馬鹿しいこと、しませんから」 「賢明だな」  ようやく腕を解放されてから初めて、ニナは自分の身体が震えていたことに気付いた。  なにせ、父親を亡くしてからまともに男という生き物と触れ合っていない。もちろん、街に行けばいくらでも顔を合わせはする。店でのやり取りをすることだってある。  それでも、こんな距離で、こんなに見つめ合って、感情を揺さぶられるやり取りをするのはほとんどないことだった。 (最低、最低、最低……っ)  触れられた場所が痺れるように痛くて熱かった。やけどをしているのではと思うくらいに。  一応、ニナはマナーとして男に頭を下げる。  だが、また口を開けば止まらなくなりそうで、黙ったままその場を後にした。
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