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「ニナは行きたいのね?」  シャロアが優しく諭すように尋ねる。  気遣ってくれる姉には嘘を吐きたくない。だからニナは大人しく頷いた。 「ドレスを着て踊ってみたいのね」  次はブルームが言う。  それにもニナは頷いた。 「そういうときは遠慮なく言っていいのよ」  母のカーラがニナの髪を手でくすぐりながら言ってくれる。  またこの人たちにわがままを言ってしまったとニナは少し後悔した。  いつもいつもよくしてくれているのに、本当に自分はなに一つ返せていない。それが心苦しくて、ちょっとしたことも口に出しづらかった。 「あの、お金がないなら無理をしなくてもいいのよ。素敵な場所なんだろうなって、ちょっと見たいと思っただけなの。ドレスだってなくてもいいわ。だって一着準備するだけで、ひと月はご飯が食べられるでしょう?」 「ニナ」  焦ったように続けるニナを、カーラが止める。 「そんなことは考えなくていいの。行きたいか行きたくないか。あなたのしたいことを、私たちは叶えてあげたいのよ」 「でも、お義母様……。これは私のわがままよ。お姉様もお義母様も舞踏会に行きたくないなら……」 「それじゃあ、こういうのはどう? 私はニナのドレスを作ってあげたい!」  ブルームがにっこり笑って言うと、シャロアがすぐに同意する。 「いいわね。世界に一着だけの特別なドレスを作ってあげましょう」 「そうと決まれば急がないといけないわ。生地も買わなくちゃいけないし、ビーズも糸も足りてないんだから」 「買いに行きましょう! ニナ、遠慮しないで自分の要望を言うのよ?」 「……うん!」  本当はみんなの気遣いがとても嬉しい。それを隠しきれず、ニナはついつい笑みを浮かべてしまう。 「か、わ、い、い……っ!」  どこから出したのかと思うような悲鳴に似た声が綺麗に三つ混ざって響く。 (私、そこまでお姉様たちに愛される人間なのかしら……)  やっぱり申し訳なくて、ちょっぴり意味がわからない。  それでもニナは、そんな家族を誇りに思っていたし、この世界にいる誰よりも愛していた。  そして、あっという間に舞踏会の日がやって来た。  お城の門をくぐり、舞踏会の会場として開かれた広間に足を踏み入れた瞬間、ニナは自分がただの貧乏貴族の娘であるということを忘れてしまう。 (なんて素敵な場所なの……)  きらびやかで、華やかで、そして夢のような場所だった。  絶えず聞こえる音楽は広間の隅で学士たちが生演奏を披露している。  既に舞踏会自体は始まっているらしく、その音楽に合わせて数多くの人々が踊り、笑い合っていた。 「お姉様、お義母様! とってもすごいわ……!」 「ふふふ。でも一番綺麗なのはあなたよ、ニナ」  シャロアに褒められて、ニナは赤くなってしまう。  綺麗なのはニナではなく、姉たちが今日のために仕立ててくれた特別なドレスの方だ。  薄いグリーンのシルクにはふんだんにリボンが使われ、袖にはレースだって付いている。裾の方には小粒のビーズが星屑のように散りばめられ、光を反射してきらきら輝いていた。  ニナたっての希望でそんなに肌の露出は多くない。色気を出す代わりに胸元へふんわりと布を詰め、ニナの愛らしさをより引き立てている。  赤銅色の髪も今日は好き放題に跳ねていない。なぜなら、姉たちが朝からきっちり梳ってくれたからだ。  その代わり、姉も母も豪華さとは遠い落ち着いたドレスを身につけていた。  もちろん着ている服の善し悪しで彼女たちの魅力が変わるわけではない。 「あのね、私も踊ってきていい?」 「いいわよ。でも、馴れ馴れしく触れてくる男には気を付けて。そんな不埒な輩に付き合うだけ時間の無駄よ」 「うん、わかったわ」  母の忠告をきっちり飲み込み、ニナは異世界としか思えないダンスの輪に足を踏み入れる。  ほんの少しおろおろしただけで、すぐに誘いがかかった。 「これはかわいらしいお嬢さんだね。よかったら一曲いかがですか?」 「はい! 喜んで……!」  最初に声をかけてくれたのは、ニナの父より少し年上に見える初老の男性だった。紳士的なエスコートのおかげで、こういう場は初めてなニナも楽しく踊ることができる。  その次に手を差し伸べてくれたのは、同じく初めてなのかかちかちに緊張した若い青年だった。何度かお互いに足を踏み合ってしまったおかげで、一曲終える頃にはどちらも緊張が解れていた。  そしてニナは次々にダンスの誘いを受け、その全員に応える。  一人として同じようにエスコートしてくる男性はおらず、会話の内容もニナの知らないことばかり。母の言うような不埒な輩は一人もいなかった。 (なんて楽しいの……!)  願わくは大好きな家族も同じように楽しめていますよう。  そんなことを思いながら、またニナは新しく現れた男性の手を取った。  しばらくそうして楽しんでいくうちに、だんだん気持ちが落ち着いていく。  いつの間に自分がくたくたになるまで足を動かしていたのか気付かず、ニナはふらふらとバルコニーへ出た。  外はとても涼しかった。  とはいえ、今は初夏の盛り。それだけニナが興奮で熱くなっていたのだろうとよくわかる。 「招待状が来てよかったぁ……」  足を休めながら、ニナは空に架かる月を見上げた。  今なら月にだって手が届きそうなくらい、心がふわふわして幸せに満ち溢れている。 (もう少し休んだら、また中に戻ろうっと)  疲れを感じない身体だったらよかったのに、と心底思っていたニナは、不意に横からグラスを差し出されてびくっと身を震わせた。
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