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 数年前、ニナの父親は仕事で遠い海の向こうへと行ってしまった。ひどい嵐のせいで船が転覆し、ほんの僅かな遺産だけを置いて黄泉路へと旅立ってしまっている。  この家に残されたのは唯一の娘だったニナ。そして二度目の妻にと選んだカーラとその娘たち。  初めて彼女たちが訪れた日、ニナは不安で少し泣いてしまった。  家にある大好きな童話。そこには義理の母と二人の娘が、幼い少女をいじめる悲しい描写があったせいだ。  その心配が杞憂だったと知るのはすぐのこと。ニナがびくびくしながら挨拶をしたとき、それこそ狂気に侵されたのかと思うほど――喜んだのだ。  カーラは二人の娘を産んだ後、子を望めない身体になってしまった。シャロアはもっと年の離れた妹を欲しがっていて、ブルームは姉と呼ばれたいと常々願っていた。  そんな彼女たちにとってニナの存在は、それこそ太陽にも等しかったのである。 「まぁ、ニナ……。だめよ、こんな所にいちゃ。もっといい匂いを嗅ぎに行きましょう。確か庭のバラがちょうど咲いた所だったわね。さ、おいで」 「でもお母様、キッチンの片付けをしないと……」 「この惨状を引き起こした本人がやるべきでしょう? それと、ニナの前で喧嘩なんてした悪い子も」 「そんなこと言って、お母様はニナと二人でお散歩がしたいだけだわ!」 「そうよそうよ!」  さっきまで喧嘩していた姉妹が今は結託している。  そのせいでニナはまたおろおろする羽目になった。 (嬉しいけど……嬉しいんだけど……) 「ニナ! 私と一緒にお手伝いしましょ!」 「だめ! お姉様の後始末なんてさせないわ! 私とお裁縫をするの!」 「外はきっと気持ちいいわよ、ニナ。二人にうるさくされるのは嫌でしょう?」 「わ……私……」  じりじりと三人に迫られ、ニナは少しずつ後ろに下がっていく。  ――物語と現実は大きく違っていた。自分をいじめるのだと思っていた義理の母と姉は、ニナを溺愛しすぎている。やや、激しすぎるくらいに。 「さぁ、選んでニナ。私たちの誰と一緒に過ごしてくれるの?」 「み、みんなと一緒にちょっとずついろんなことをするんじゃだめかしら……? まずここを四人で片付けて、それから気分転換に外へ出るの。その後はお義母様に裁縫を教えてもらって……」 「それでこそニナだわ!」  綺麗に三人の声が重なって響く。  なにがそれでこそなのかニナにはわからない。ただ、なにかを選択し、提案する度にいつも彼女たちはニナを絶賛した。きっとニナがネズミを猫だと言えば、彼女たちの瞳に映るネズミはすべて猫に変わってしまうのだろう。そのぐらい、ニナという愛らしい少女に心酔しきっている。  いろいろ困りこそすれ、ニナはこの明るく賑やかな日常を幸せだと感じていた。  優しいお義母様と、二人の明るいお姉様。  いつか大切な家族に恩返しをしようと心に決めて――。  ――まさか、それが思わぬ形で叶うことになるとは思いもしなかったのだった。  楽しく賑やかに、ニナの言う通りの時間を過ごしていると、珍しくアルテッド家に客が訪れた。  迎えた客人を送り返した後、使者が運んできたその手紙を前に、一家は難しい顔で額を突き合わせる。 「これ……どう見ても王家の紋章よね……」 「舞踏会の招待状にしか見えないんだけど、気のせいかしら……」  二人の姉がほとんど同時に呟く。  まだちゃんと中身を確認できていなかったニナが、その手紙をそっと自分の手元に引き寄せた。  そこに書いてある内容をゆっくりゆっくり読んでみる。 (……ほんとだわ。これ、年頃の女性はみんな舞踏会に来なさいって書いてある)  年頃の女性、と考えてニナは義理の姉二人を見た。  もちろん、この二人はその基準を満たしているだろう。ニナだって、どうしてまだ二人が独身で家にずっといるのかわかっていない。もしかしたら自分を溺愛しているからでは、と思ってはいたもののそれを直接口にするのは自意識過剰のようではばかられた。  次に見たのは義母だった。二人の夫に先立たれたカーラは、本当に子供がいるのかと疑わしいくらい若々しく美しい。年頃、というのがどこまでの範囲か悩むものの、美しく若い女性という意味ならばこの義母も充分基準を満たしている。むしろ満たしすぎているかもしれない。  そして、次に自分の身体を見下ろしてみた。姉たちに比べて出る所が出ていない寂しい身体をしている。肌を晒せば、鳥の骨かなにかかと思われてしまう程度に肉付きが悪い。  一応、年頃の女――ではあると思えた。それならば舞踏会への参加を許されるはずである。  それをニナは伝えようとしたものの。 「舞踏会なんて興味ないわね」 「どうせ大したことないんでしょ、知ってるわ」 「家族でパーティーする方が楽しそうね」  家族が一斉に舞踏会を否定する。  家が貧乏で他の参加者のようなドレスを用意できない、という卑屈な雰囲気ではなかった。純粋に彼女たちはお城にも舞踏会にも興味がないらしい。 (ちょっと行ってみたかったのだけれど)  内心、残念に思いながら、自分だけが行きたいとわがままを言うのもどうかと感じて口をつぐむ。しかし、困ったことにこの家族はニナの表情の変化にはひどく敏感だった。  当然、残念だな、と思っていることも、行ってみたいな、と思っていることも表情から知られてしまう。
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