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1-1:とっても愛されています!

 ――昔々、ある小さなお屋敷に心の綺麗な少女が住んでおりました。  ただし、ともに住んでいるのは少女と血の繋がった家族ではありません。  少女の母親は少女が小さかった頃に亡くなり、父親もほんの数年前、仕事で遠い海の向こうを訪れた際、船の上で嵐に飲まれ、僅かばかりの遺産を遺して逝ってしまいました。  今、少女と暮らすのは父親の選んだ新しい二人目の母。若く美しく、そして少し気の強いその義母は二人の娘を連れていました。  ですが、その義理の母と二人の娘は少女にとても辛く当たり――。 「ニナ!」  呼ばれて、ニナは読んでいた本を急いで閉じた。 「はい、シャロアお姉様!」  小鳥がさえずるような軽やかな甘い声で返事をすると、すぐに持っていた本を机に置き、部屋を飛び出す。  ひらり、と赤銅色の珍しい色をした髪が窓からの風に揺らめいた。  彼女の名前はニナ。アルテッド家の血を唯一受け継ぐ、この家の最後の生き残り。  ばたばたと階段を降りながら、ニナは自分を呼んだ義理の姉のもとにたどり着いた。  どうやらまたキッチンでなにかしていたらしい。辺りにはお世辞にも良い匂いとは言い難い焦げたものの臭いが充満していた。 「あの、お姉様……これはなにを……?」 「あのね、私……お菓子を作りたかったの。ほんとよ」  ニナは怒っていない。それでもシャロアはしゅんと落ち込んで俯いてしまっていた。  彼女はこの家の長女である。といってもニナとの血の繋がりはない。それを示すように、ニナとは違った見事な金髪が焦げ臭さをまとって漂っていた。  その青い瞳が義妹のニナを怯えたように見つめる。それを受け止めたニナの瞳は新緑の緑。これもまた、二人の血が繋がらないことを表している。 「お姉様の気持ちはとってもよくわかるわ。でもお菓子作りなら私に言ってくれればよかったのに」 「だって、ニナにおいしいって言わせたかったんだもの」 「……もう。ありがとう、お姉様」 「全然ありがとうじゃないわ。こんなに失敗しちゃって……。どうしましょう、材料を無駄にしちゃった……」  だんだんシャロアの声が細く震えていく。 (お姉様が悪いわけじゃないのに)  正確に言えばシャロアが悪い。だが、ニナにはその気持ちを踏みにじれなかった。  おろおろするニナと、肩を震わせるシャロアと。  焦げ臭さが更にキッチンを満たしていく中、再び階段を下る足音が聞こえた。 「なんなの、この臭い……!」  二人よりは低い声の、それでいて女性特有のキンキンした音。  その声はとても嗅いでいられないこの臭いを吹き飛ばすように大きく響き渡った。 「ブルームお姉様……」  ニナが困ったようにもうひとりの姉の名を呼ぶ。  ブルームと呼ばれた彼女もまた、ニナの義理の姉にあたる。シャロアより二つ下で、よく似た金髪と碧眼をしていた。  ただし、二人の顔つきは驚くほど違っている。  どちらかというとおとなしめなシャロアに対し、ブルームはつり目がちで気の強さが顔に出ていた。本人がそれを気にしていると、ここにいる二人の姉妹は知っている。 「これはなんの臭いなの?」 「その……シャロア姉さんがお菓子作りに失敗しちゃったらしくて……」 「また!? またなの!?」  びくっと身を震わせたのはニナだけでなくシャロアもだった。  彼女たちにはわかっている。  ブルームがなににここまで怒っているのか――。 「この間もそうやってこそこそ抜けがけしようとしてたわよね!? ニナの笑顔が見たいからって……!」 「だって! ブルームも一昨日ニナに髪飾りをプレゼントしたわ!」 「あ……あれは別に抜けがけしようとしたわけじゃないわよ。たまたま……そう、たまたま目に入ったの」 「あんな素敵なお店、あなた絶対行かないじゃない! きらきらして頭が痛くなるっていつも言うくせに……!」 「たまに行きたくなるときもあるのよ!」 「嘘つき! ニナのためでしょう! ずるいんだから……!」 「あ、あの、お姉様たち……」  ――二人の義理の姉が競ってニナのご機嫌を取ろうとする。  これはこの家では珍しくない光景だった。  そして、二人よりも更にニナを溺愛するもう一人が姿を見せる。 「なんなの、騒がしい……。こんなひどい臭い、ニナに嗅がせたら承知しませんからね」 「お義母様、お姉様たちが……」  まだぎゃあぎゃあ言い合いをする二人の姉を見とがめて、ニナは現れた義母に助けを求める。  金髪碧眼にグラマラスな肢体の彼女はカーラと言った。  シャロアとブルームの実の母親であり、今はニナの義理の母親でもある。もっとも、三人の娘がいるとは思えない若さと美しさだった。惜しむべくは気の強さが顔に出てしまっていることだろう。これは次女のブルームに引き継がれたらしい。
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