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2-1:とってもいじめられています……

 次の日の朝、泣き疲れて眠ったニナを叩き起こしたのはレンドだった。 「夫より遅く起きるなんて、よほどこの結婚を舐めているらしいな」 「ち……違います。ごめんなさい……」 (いつもだったらもっと早くに起きられるのに)  今朝起きられなかったのは間違いなく昨日の影響だろう。  ただ、それを口にするのはためらわれた。レンドの前であの失敗を引き出したとき、どんな顔をされてしまうのか見たくはなかったからだった。 「あの……メイドは……ユーノは……?」 「初夜に失敗した夫婦のベッドを見せるわけにはいかないだろう。君は頭が悪いのか?」 「……ごめんなさい」 「昨日までは庶民のくせに、王家に迎え入れられた瞬間メイドに頼ろうとするとは思わなかった。君は厚かましいんだな」 (そうじゃないのに……)  彼女ならニナに寄り添ってくれると思った。だから名前を出しただけなのに、悲しい勘違いをされてしまったらしい。  どう言葉にしていいかわからず、ニナはただうつむいた。 「起きたならさっさと支度をしてくれないか。今日から君のするべきことは山ほどあるんだ」 「そう……なんですね」  急かされるまま、ニナはのろのろと動き出した。  そもそも、城で朝を迎えた事実すら受け入れきれていないというのに、早く動けという方が無理というものだろう。  それをレンドは隣で小馬鹿にする。その言葉のひとつひとつはニナの心に突き刺さった。 「なるほど、君は高貴な身分となったにも関わらず、自分で着替えをするのか」 「え……でも、レンド様がメイドを呼ぶわけにはいかないと……」 「口答えだけは一人前なんだな」 「ごめんなさい……」  途中まで着替えをしていたニナの手が止まる。  確かに昨日、なにからなにまでされた。あれが身分の高い人間にとって当たり前の環境なのだとしたら、自分ひとりで着替えを済ませようとしたニナの行動は間違っているのだろう。 (じゃあ、今から呼べばいいのかしら。でもそうしたらまた怒られてしまいそうだし……) 「着替えに何時間かけるつもりなんだ、君は」 「ご、ごめんなさい」  どうやら急いで着替える方が優先されるらしいと判断し、ニナは戸惑いつつ服を身につけた。 (私、ここにいたら『ごめんなさい』が口癖になりそう)  不甲斐ない自分にしゅんと落ち込むニナに、レンドは冷たい言葉を叩きつける。 「この国のプリンセスとして君を鍛えるために、午前中は作法や心のあり方を勉強してもらう。この国にまつわるすべてを覚えてもらうし、必要な教養はなにもかも頭に入れてもらうことになる。君の頭の出来はあまりよくなさそうだが」 (昨日、紹介された家庭教師の皆さんのことね) 「頑張ります」 「頑張ってなんとかなるような人間には見えないな」 「ごめん、なさい」 (ああ、また)  責められているように感じて、つい謝ってしまう。 「午後はなにをすればいいんですか?」 「俺の世話だ」 「レンド様の? どんなことをすればいいんでしょう。お食事の用意とか……?」 「君の手が触れたものを王子の俺に食べさせるつもりなのか? 大体、既に料理を担当する者は城にいくらでもいる」 「あ……そうですよね。だとしたら……あと、私ができるのはお掃除でしょうか」 「それしかできない、の間違いだろう。だが、ちょうどいい。君に掃除を頼みたい場所があるからな」 「本当ですか? ありがとうございます!」 (私、やっとレンド様のお力になれるんだわ)  これで粗相続きだったニナの印象を少しは変えられるかもしれない。  ぱぁっとニナの表情が明るく変わる。それを見て、レンドは鼻で笑った。 「君にはお似合いだろう。終わるまで休憩も食事もなにもかも許さない。それを肝に銘じておけ」 「……はい」  言われなくてもニナは途中で投げ出したりしないつもりだった。  休憩すら許されないというのは気にかかったものの、その分、急ぎで掃除が必要な場所かもしれないと考える。 (お城でも普段の生活を活かせる場所があるのね。よかったわ)  その事実にほっとしながら、ニナは無意識に笑みを浮かべる。  それをレンドが見ていたことには気が付かなかった。  ――食堂で昼食を終えたニナは、気遣わしげなメイドの視線に首を傾げた。 (どうかしたのかしら……?)  午前中は粗相をしなかったはずだった。そもそもメイドたちと関わる時間すらなかった。  次から次へと現れる教師たちにみっちり勉強を叩き込まれ、ほんの短い休憩すらぼうっとしていることしかできなかったせいで。  ニナの世話を主に担当すると言っていたユーノとさえ、会話は最低限だった。 (みんな、なにをひそひそ話しているの?)  その理由をニナだけは知らない。  ニナの昼食として用意されたものは、国のプリンセスが与えられるようなものではなかった。  それこそ、城に勤めるメイドや使用人たちと変わらない質素なもので、王子からの命令だと知っているメイドたちはどういうことかと囁き合っている、というところになる。  黒いパンが二つと豆のスープ。そして一応デザートなのか、リンゴがひとかけら。  元庶民のニナには当たり前の食事で、むしろリンゴがある時点で贅沢ですらあった。 (やっぱりお城のご飯っておいしいのね。あのスープ、豆以外の味がしたけれど、なにか隠し味でも入れているのかしら)  もし教えてもらったら家族に同じ味を食べさせてあげたいと考え、少しはマシになっていたニナの心に暗い影が差す。 (また……会えるわよね)  一生会えないということはない、と思いたかった。  だが、それをレンドに言える日は遠そうに見える。 (……レンド様の妻になったのに、実家のことばかり考えてちゃだめよね。でも、みんな元気にしている? 私が帰って来なくなって、不安になっていないといいんだけど……) 「ニナ様」  名前を呼ばれ、ニナは顔を上げた。  そこに立っていたユーノが、なんとも言えない苦い顔をする。
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