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第8話

 視界が拓く。至近距離に焦った顔の夫がいた。犬とも猫ともいえない大きな耳が垂れていた。 「ごめんヨ…ちょっと離れたばっかりに…」  息苦しさから解放され、夫へ抱きついた。鼻腔いっぱいに我が家の香りを吸い込んだ。彼の腕の中にいたがベッドへ戻されていた。夫のすぐ傍にはビニール袋が落ちている。 「あなた…ごめんなさい」 「大丈夫だヨ…お嫁さん…大丈夫…大丈夫…」  愛しい人の掌が背を摩る。 「お腹空いた…?すぐあっためるヨ…待ってられる…?一緒にリビング行こっか」 「一緒に行く…」  夫は小さく頷き起きるつもりらしい妻を毛布ごと抱き上げた。 「あなた…自分で…」 「ボクが…お嫁さんのコト感じてたいの…」 「あなた」  桔梗は何度も恋してしまう相手に見惚れながらも頬を赤らめて彼を呼んだ。 「なぁに?」 「重くない?」 「他の女の人のコト…分からないから…分かんないっ!」  リビングのソファーにゆっくり降ろされる。待っててネ、と夫は笑って台所に向かう。 「あなた…」 「うん…お嫁さん。ボク…ここにいるからネ…」  台所から夫は言った。大きな耳がぴんと上を向いている。寡黙で無愛想ながらも礼儀正しい隣人に聞こえそうで恥ずかしくなった。台所で動く姿を目に焼き付ける。 「一緒に…お風呂…入る?あっ!お風呂!」  夫は飛び上がって浴室へ向かった。落胆の悲鳴が上がり、戻ってくる。 「ごめん…お風呂…」 「いいの。ありがとう、あなた」  傍で跪く夫の耳を撫でた。ぴんっ、ぴんっと指を弾かれるのが好きだった。艶のある癖毛を指で揉んだ。 「全部…水なの…」 「じゃあ洗濯物に使うから、今日はシャワーだね」  電子レンジが鳴り夫は慌てて向かっていった。 「ゆっくりで大丈夫だから。気を付けてね。火傷しちゃだめだよ」 「うん」  運ばれてきた麻婆豆腐が湯気を上げる。他にも統一性のない惣菜が次々と開けられていく。 「ありがと」 「うん…いっぱい食べて…元気になってネ…」  安堵感に満たされ、桔梗は泣きそうになった。 ◇  風呂の最中に鏡で見た自分の姿に、桔梗はベッドの上で狼狽た。髪を拭いている夫を目で追う。片目は青く痣を作って腫れ、唇も同じく熱したトマトのようになっていた。他にも傷や痣が目立ち、夫と睦むには日を要することを知る。夫は彼女の視線に気付き、屈託のない笑顔を浮かべる。 「手…繋いで…寝ようネ…」  ドライヤーの轟音が室内に響いた。丸みのある大きな耳を覆う毛と明るい茶髪が温風に靡いた。水気を含んだタオルを被り、彼は髪を乱す。鼻歌が聞こえた。どさくさに紛れ桔梗は口を開いた。 「…大好き」  突然夫は俯き、ドライヤーを止める。轟音の余韻が静寂を引き立てた。半乾きの髪がいつもとは違う雰囲気を作り、桔梗の胸は大きく鳴った。タオルの裏から顔を真っ赤にした夫が顔を見せる。 「ボクも……その………大好き……だ、ヨ…」 「…聞こえてたの?」  咄嗟に口を押さえてしまう。どういう顔をし、どういう態度をとっていいのか分からなくなった。夫は躊躇いがちに頷く。 「あなた…その、えっと…」 「お嫁さんから…初めて聞いた…もっと…言って…ほしい…」 「その、今のは…」  顔中が熱くなり、傷が疼いた。中毒を起こしそうなほどの鼓動と緊張。夫の照れた顔はあまり見たことがない。 「でも…嬉しすぎて…溶けちゃいそうだから……もう…寝ようネ」  ドライヤーを片付け、夫はふさふさの尻尾を左右に振った。電気を消すとベッドに上がり、桔梗の隣に横たわる。夫の温かい手に髪を撫でられていたが、ものの数秒で彼は寝息を立てる。桔梗の髪に指が絡んだままだった。 「あなた…」  大きな耳に息を吹きかけると、丸みのある三角形はぴんぴんと枕を引っ叩いた。寝顔を間近で眺める。唇を奪いたくなったが触れる寸前で留まる。毛布を静かに捲る。夫の寝間着は翻り、割れた腹筋を晒していた。腹を隠してから下半身を覆う寝間着を下着ごと腰からずらした。そこに佇む夫の大きな器官を手で包み。耳や尻尾とはワントーン濃いがまだ明るい色の草叢からは自身と揃いのボディソープの香りと夫の匂いがして鼻先を埋めた。少し頭髪よりも硬い毛を撫でる。彼が好きで好きで呼吸ができない。身体が火照り、鼓動が高鳴る。まだ芯もなく垂れていく部分の先端に唇を当て、手で扱いた。それは徐々に腫れ、硬さを持ち赤く染まっていく。半分ほど勃ち、桔梗は再び張り出た果実のような粘膜に口付けてから頬張る。夫の匂いが鼻腔を抜けてくらくらした。内膜で圧迫し、頭を動かす。毛布がはためき、夫の腹だけ覆うように掛け直す。 暗い室内に穏やかな寝息と忙しい唾液の音が響いた。咀嚼音に似た生々しく卑猥な湿った摩擦に夫は小さく呻いた。 「ぅ…っん」  艶を帯びた夫の声に桔梗はさらに燃え、口を窄める。舌全体を茎に沿わせ、喉奥まで迎えるとゆっくり引いていく。夫の腰が浮き、さらに桔梗の喉に入りたがる。彼の鼻から抜けた甘ったるい声に苦しさが紛れた。脚の間で尻尾がたんたんと揺れて夫の匂いを漂わせ、桔梗の胸元に長い毛束が入り込む。肌にその柔らかな毛が触れると胸が張り裂けそうなほどの夫に対する情が湧いて、息苦しくなった。圧死させてしまうほど抱き締めたくてたまらない。尻尾に肌を撫でられながら夫の熱と舌で戯れる。天を穿つ(すもも)のような先端を舌先でいじめ、滲む蜜を舐めた。質の変わる境目の窪みが夫は弱いらしく、その箇所を抉るように突つくと夫の雄軸は戦慄いた。根元から唇で愛撫し、また喉奥に迎えた。 「ぁ…、ぁっ…ぅ…」  夫は戸惑いの声を上げ、口元を拭った。限界が近いらしかった。口淫の時に聞けるこの声が桔梗は大好きで、髪を激しくはためかせ、喉で扱きあげる。尻尾が落ち着きなくシーツを彷徨い、ぴんっと張った。腰が浮き、桔梗の喉奥のさらに奥へ進む。下生えが肌を擽る。頬擦りしたいくらいに夫への恋慕に中てられる。迸りが注がれた。喉と鼻で感じる分には濃く、量が多い。暫くの間、疎かになっていたことが窺える。抑えきれない相手への気持ちが爆発しそうになる。自身の身体には触れていないくせただこの行為と感情だけで性感帯とは違う何かに快感が芽吹いた。まだ勢いのある雄芯に舌と上顎で最後まで搾り出す。微かなえぐみと夫の風味を嚥下する。喉に絡む感じも気にならなかった。先端とその頂にある鈴口の白濁を舐め取ると、そこに再び唇を落として夫へ返す。布団を掛け直し、昂った身体を冷ましながら何事もなかったように横になった。 「…お嫁しゃ……」  寝返りをうって夫に背を向けた時、彼のしなやかな腕に抱き竦められた。尻尾が布団の中で跳ね、彼女の尻や腿の裏側に当たった。背中に顔を埋められる。 「…お嫁しゃ…だいしゅき…」  舌ったらずな寝言と共に巻き付く腕が強まり、桔梗は彼の手に自身の手を重ねて眠った。  朝日に目蓋が開き、手の温もりに安堵する。隣で夫が眠っていることに幸福感を覚え、寝顔を眺めいた。だが落ち着きのある呼吸とは裏腹に布団が一点張り詰め、盛り上がっていた。夫は夜中に出しても朝にはこうなっていることが多々あった。中途半端に垂れた耳は分かりやすく、夢の中でいやらしいことをしているようだった。悪戯心が芽生え、桔梗は布団を捲った。寝間着を押し上げる部分に触れた。尻尾が彼女の手を嫌がった。夫は腰を揺らし、桔梗の手に委ねたいのか逃げたいのか分からなかった。芯を持ったそこを寝間着の上からなぞり、繊維で扱く。夫の素直な眉が寄った。手を運動させるたび面白いほどに夫は表情を変える。下肢が暴れ、掠れた声が漏れる。寝間着に手を滑り込ませ、すでに湿り気を帯びた下着の上から先端部を集中して擦る。 「ぁっ、ぁっ…おちんちんだめ…っ」  下半身が別の生命を持ったように上半身を置いて悶える。夫は情けない声を零し、聞き取れた言葉に反して桔梗の手にそこを擦り付ける。 「だめ、だめ、っお嫁さ、ぁっ!」  淫靡な夢に耽っているはずの想い人から呼ばれてしまうと悪戯の域を超えてしまった。親指で繊維越しに先端の頂を押す。夫は腰を突き上げ、自ら抉られにきた。 「ぁうっ!」  下着の色が変わった。衣擦れが止む。ベッドの小さな軋みも止まった。繊維の下から濃い白濁が出てきている。生き物のようにその蛹は波打った。びくらびくりと茎全体で呼吸している。桔梗の息も弾んだ。長い吐精と濃い欲望に結ばれても焦がれて已まない人を想って切なくなった。すぐ真横にいるにもかかわらず、()んで消えることがない。 「あ……お嫁さん……」 「おはよう、あなた」  夫の腹に跨がり、彼の目元を手で隠してから唇を塞いだ。柔らかい。離し難い感触に下唇を吸って離した。 「なんで…」 「ごめんなさい。反応していたものだから…」 「すごく…気持ちよかったヨ……?…っじゃなくて!なんで…顔…見せてくれないの?」  夫は目元に置いたままの桔梗の手を剥がそうとした。だがそうされると外すわけにはいかなくなった。 「わたし今、顔、ひどいことになっているから…」 「お嫁さんの顔…見たい…お嫁さんとキスしてるって…味わいたい…」  甘えた声で乞われると桔梗は手を離す。しかし夫はその手を引いて、指や手の甲に口付けた。 「お嫁さん…気にしないでヨ…お嫁さんが思うより…ずっとネ…ボクお嫁さんのコト…好きなの」  夫は起き上がった。座っている桔梗に首を伸ばして唇を当てた。 「あなた…」 「お嫁さん…大好きなの…だぁいすき」  触れて離れ掛けた夫の唇を追った。人差し指に止められる。彼の匂いと彼の体温、質感のある指を舐めた。甘噛みする。 「ダメだヨ…止まらなくなっちゃう」 「いいよ?」  夫はぶんぶんと首を振った。 「お嫁さんに…無理させたくないからネ……今は」  逞しい身体付きで幼い表情をしていたが、突然嗜虐的な笑みを浮かべ上目遣いに捉えられる。愛しい人との激しい情交を予期させ、甘苦い期待が胸に溶けていく。 ◇  日が経つにつれ段々顔の傷がほとんど痕も残らず消えていった。だが恐ろしい妄想はすぐにはやめられず、囚われるたび苦しむ桔梗の傍に夫は付きっきりだった。彼との睦み合いが少しずつ彼女の大きな見えない傷痕を癒していったがそれでも消えることはなかった。夫は過敏にそれを嗅ぎ取り、桔梗から触れない限りは触ろうとしなかった。しかし同じことでも幻影と夫ではまったく違う名前の行為だというのにそれが言い出せず、求められず、桔梗の身体は燻った。すぐ傍にいる夫の姿に愛しさを煽られ、身も心も焦がれていく。 「お嫁さん…大好き」  いつものように背後から抱き竦められ、彼は桔梗の耳や頬に髪を擦り付ける。上機嫌に丸みを帯びながらも尖った大きな耳が揺れた。生々しい熱が伝わる。抑えていた夫への恋慕に火が点いてしまいそうだった。 「どうしたの」 「お嫁さん…お嫁さん…」  尻尾が揺れ、惚れたまま抜け出せない相手の香りが強くなる。明るい茶髪を擦り寄せ、肌理細かい皮膚を彼のしっかりした手が摩った。同じ我慢を感じる。 「あなた…」  彼の顎を捉えて振り向きざまに眼前の唇を求めた。だが夫が首を引いたことによって届かない。 「なんで…」  淫らな熱と希求を感じる腕。嫌われているわけではないことは明白だというのに夫は接吻を拒んだ。 「今キスしたら…ダメ…」  夫の腰が動き、桔梗の背に昂りが押し当てられる。 「いいよ…?キス、したい」 「ダメだヨ…お嫁さんのコト…大事にさせて…」  言葉に反し、乱れた息遣い耳にかかる。手が惑い、腕の彼方此方を撫で摩る。それだけで高められてしまう。胸の小さな膨らみが張ってしまう。腹の奥も夫を待って切なく疼いた。桔梗の身体が強張っていく。夫に悟られてしまいそうだった。格闘技みたいに彼は妻の身体を固く抱き締めた。背中が汗ばんだ。低く掠れた吐息が首筋を擽る。 「あなた、いいよ。このままして、いいよ。このまま、して」  お願…い。唇を攫われる。蕩けた感触が生まれた。柔らかさを確かめられ、舌を挿し込まれた。 「ぁっ…ぁっ」  夫の腕に縋り付く。久々の深い口付けに桔梗の身体は均衡を崩す。彼の手が胸に回った。 「ぅ、ん…」  服の上から紅粒をいじられる。指先で繰られ、じわりじわり起こる痺れが腰骨を痺れさせ、溶かしていく。舌が絡まり、上顎を撫でられると力が抜けた。暑さに服が邪魔になる。素肌で夫を感じたくなる。裾から手が入り、ブラジャーの上から潜り込んだ指に直接胸の小さな実を捏ねられる。 「あっ…んんっ」 「かわいい…お嫁さん…」 「あなた…あなた…」  夫の脇腹に触れる。筋肉の凹凸と張りのある肌を愉しむ。 「このまま…しちゃうよ?いいの…?」  潤んだ目に覗き込まれる。明るい色の瞳の中に映る自身と見つめる。夫が生唾を飲むのが聞こえた。 「いっぱい、して…」  背中を支えられながらラグに倒される。前の物によく似ているが血と胃液に汚れたラグは翌日には違うものへと買い替えられた。他の男に抱かれ、体内を汚された記憶が駆け巡る。夫に触れている間ならば安堵感に包まれ、掃いて捨てられそうだった。スカートとショーツを脱ぐ。 「いっぱい…お仕置きして…あなた…」  服を捲り上げ、ブラジャーを晒した。自ら胸を出すが、羞恥に瞳を逸らした。普段温厚な夫の目の色が変わる。凶暴性を湛えている。猫のような犬のような耳が外側を向き、反っている。 「うん…お嫁さん…いっぱい気持ち良く…なって…ネ…?」  掠れた低く声に腹奥が飢えた。穏やかさが消え、その表情はまだ柔らかいというのに眼光は鋭く、桔梗は彼に食われる悦びと期待に身を任せる。夫の指が秘裂をなぞる。潤みが満ち、親しんだ指を迎えた。待ち望んだ者の指に蜜肉はそれだけで収縮した。関節の形を感じ、官能の波をやり過ごす。面構えの変わった想い人に前髪を撫でられ、顔中を啄まれた。 「気持ちいい…?」  喋る余裕はなかった。こくりこくりとと頷くけば指が中を優しく掻いた。夫の動きを追って甘い声が抜け、夫から与えられる刺激をねだる。
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