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第3話

 桜はシャワーまで付いてきた。しかしそれは日常だった。風呂も食事も着替えに至るまですべて桜が寝る間を惜しみ、手間を惜しまず桔梗の世話をした。 「僕が掻き出しますから、痛かったら言ってください」  シャワーが降り注ぐ。桔梗はタイルに手をつき、桜は彼女の背中に覆いかぶさりながら脚の間に手を通し、秘所に侵入する。彼の指先が潤みに触れたのが分かった。さらにその奥へ向かって中で関節が曲げられる。桔梗は入浴中には外されるため手枷の無い両腕に顔を埋めた。シャワーに色の変わった雄の体液が溶け、排水口に流れていく。少年に突かれた腹の奥が重苦しい。 「御主人、痛くないですか」  桔梗は頷いた。肩や背中を啄まれながら、ある程度、名も知らぬ少年の精が掻き出され、高い部位に置かれたシャワーヘッドが桜の手に移り桔梗の秘部に当てられる。肉芽に細かな水筋が当たるともどかしい感じがあった。 「ぅん…っ」 「痛いですか」  内股を擦り合わせると桜はその挙動を気にし、シャワーヘッドが戻された。首を振って否定する。 「御主人」  睫毛に水滴を絡ませ、重げに桜は瞬いた。 「桜…?」  桜は桔梗に倒れ込むように抱き付いた。あまり筋肉質ではない裸体にシャワーが跳ねる。 「もう少しだけ…もう少しだけこうしていたいんです」  胸の膨らみが桜の胸板に当たり形を変えた。 「明日鍵を換えます。危険な目に遭わせてごめんなさい…怖かったですよね。つらかったですよね…でも僕は、御主人を離せないんです…」  シャワーの音に消え、ともに排水口に吸われていきそうなほど弱々しい声音で、しかし桔梗を囲む腕は強く、さらに強さを増していく。 ◇ 「挿れないの?」  桜は桔梗の足に保湿クリームを塗り込んでいた掌を止めて、真っ赤に染まった顔を上げた。桔梗は彼の手の中から足を引く。桜が帰宅すれば男性器を模した挿入部のある猫の尾を付けられていた。しかし忘れているのか今日はそれがない。桜は動きを止めたまま桔梗を見つめる。 「桜…?」  桜の大きな目が泳いだ。惑いながら、唇が戦慄いている。 「御主人!」  急な重みにベッドが軋む。両肩を掴まれ、背中を柔らかな布団が包んだ。使用人としてならば気付かなかった色が灯り、熱い吐息が痣の浮かぶ頬を撫でる。肩にあった手が彼女の二の腕まで落ち、脇腹を摩ると腰を辿った。 「御主人…」  切なく呼ばれ迫ってくる桜に、桔梗は思わず後退ってしまう。布団の擦れた音が高く上がった。 「桜」  桜は桔梗に悲痛な面持ちを晒し、彼女の脚の間へ頭を潜ませた。手枷の鎖を掴まれ、彼は桔梗の隠れた色付きに舌を這わせた。シャワーで焦れた部分にざらついた質感があった。 「ぁ…っ」  桜は彼女の脚の奥に潜んでいき、開花したそこへ赤い舌を捻じ込んだ。加減しながら小さな実に歯が立てられる。甘い痺れが内股を駆け、彼のまだ濡れた髪を感じた。 「さく、ら…ぁ、っん、」  桜の手の中で鎖が揺蕩う。弱い疼きを残し、花路の愛撫が深まっていく。ちゅぷり、ちゅぷりと控えめだが卑猥な音が衣擦れの中に紛れている。 「ぅ…っぁ…」  静かな空間に漏れてしまう声を抑えようにも、鎖は桜に捕らえられていた。シーツを蹴って、敏感な箇所の刺激から逃げようとしてしまう。それを咎めるみたいにもどかしく疼き続ける紅尖を舌先で揺さぶられる。 「さ、くら…だめ、さく…ら…」  甘美な加虐が止み、弛緩した隙に昼間何度も甚振られた蜜孔へ舌が穿たれた。 「ぅんんっ」  音が水気を強め、収縮に桜のざらついた質感を巻き込んでしまう。 「御主人…」  少し困った様子で収縮の治まらないうちに桜は舌を抜いた。透明な糸を引いて唇を舐めているが、桔梗から溢れた愛蜜がさらに絡まるだけだった。 「さくら…」  粘っこい目交(まなか)いに浸り、快感はまだ腹の底に燻っていた。夫だけが導くことを許されたそれを使用人だった者から与えられる。身体は火照り続けているというのに頭のどこか遠くから冷めていき、左手の指輪に触れた。結婚指輪とは言えないほどの安物でも、夫と揃いであるのならただのシルバー製でも構わなかった。夫は今頃、どこを彷徨っているのだろう。会いたい。だが会う資格はもうないのかも知れない。何故逃げられなかった。たとえ別れを告げられても謝るしかない。鼻腔が沁みた。 「御主人…泣かないでください…」 「泣いて、ない…」  覗き込まれ、桜から顔を逸らす。華奢な身体に包まれると、彼の体温に流されそうだった。 「ごめんなさい、御主人。でも、離せないです」  指が慣らされた腹の奥を目指していった。 「あの玩具がいい…」  人の動き、人の肉感、人の体温。夫と違えば、桜が色濃く残ってしまう。ぎこちない昼間の少年のリズムすらまだ覚えていた。 「御主人…」 「夫じゃないなら、あの玩具がいい…」  桜の手を引っ掻いた。爪と肉の間に彼の皮膚を感じる。その腕や腹には無数の傷が走っていた。尾を模した玩具の責め苦に縋った時についた痕跡で、引き締まった腰や腿にまで及んでいた。瘡蓋になったばかりの4本の筋を指の腹でなぞった。 「気にしないでください。これくらいのこと、されて当然なんです。こんなことじゃ全然足らないくらい…」  瘡蓋に触れていた指を拾われ、可愛らしい香りのする保湿クリームが塗り込まれた指の背に桜は接吻した。夫と婚姻届を出した時も同じことをされた。永遠の愛を誓うと宣言されたところで、そしてそれを受け止めたところで呆気なく裏切った。他の人の指で、他の人の熱で、他の人の律動で陶酔し、溺れてしまった。  桜は尾を模した大型の玩具を手に取った。一度見つけてしまうと彼の腕には夥しい数の引っ掻き傷が至る所に散っていた。 「桜…っ」 「おやすみなさい」  腿を持ち上げられ、潤滑剤を垂らされた無機物の先端部が、嬲られ続けた花弁の深部を窺いながら押し込まれていく。 「ぅ…んっ」  桔梗は身悶えた。かちり、と音がして内部で荒れ狂う。 「ぁぁあっ!」  近付く桜を突き離す。シーツに爪を立て、枕に頭を埋めた。跳ね回る淫具が下腹部の反射を促す。 「あっ、あっ、ぅん…」  頭がぼんやりし、脳裏に夫との情事が浮かんだ。しかしこの玩具から夫は感じられなかった。指輪が重なりぶつかる感触が好きだった。熱く湿った掌に手を包まれて、夫は桔梗の耳や肩を甘く噛むのが好きなようだった。 「あ…っあぁ…」  だが夫とは違う。燻った官能は燃え上がることはなく、かといって消えることもない。夫だけが教えてくれる灼熱に辿り着くことなく、肉体と精神が乖離していく不安と嫌悪感が淡い快感に唆される。 「御主人」  桜がベッドへ乗り上げる。桔梗の肌へ肌を落とし、合わさっていく。腿に芯を感じる。 「夫に、会わせて…」  シーツを掴み、項垂れる。髪が視界を隠し、ただ背に桜の存在が伝わった。顔中の傷が高まった体温に痛んだ。会えるわけない。見知らない少年に暴行され、使用人だった者に全裸を晒し、痴態を見せている。 「夫に会いたい」  締めてしまうと無機物の形が明らかになる。夫でなければ達せない。夫でなければただ火照り、それは理性を置き去りにして残酷な心地が胸をずたずたに切り裂いていく。 「御主人…」 「会いたい…」  炙られるだけ炙られ、解き放つことはできず、蟠ったまま腹の裏側に留まり、夫への恋慕と後ろめたさに泥沼に引き摺り込まれそうになった。 「嫌です。だめです。御主人…僕の傍にいてください」  胸や腹とシーツの間に腕が滑り込み、桔梗の後頭部に桜の鼻先が埋められる。モーター音が蜜肉を焼く。夫との行為を思い出すとそこに淫猥な響きが加わった。 「御主人…捨てないでください。捨てないで。飼い続けてください。御主人…僕は貴方だけの奴隷です」  桜は尾を掴んだ。 「い、や…!やぁ…」  出し入れされる無機物の先端部の笠が焦らされた媚肉を刺激する。粘りつくような快感が広がる。 「いや…い、や!動か、さないで…ぁっん、」 「御主人…離しません」  桜の手が陰茎の玩具を抽送し、桔梗は髪を振り乱す。奥に強く押し込まれ、抜けそうになるまで引き抜かれ、目の前がちかちか光った。肉感と体温が欲しくなる。鼓膜を離さない上擦った声が恋しくて堪らない。 「やめて、やめて…やめてぇ…!」  桜は制止の声にすぐ反応したというのにもう叶えてはくれなかった。収縮してしまう淫部に無機物が見え隠れする。夫を想うたびに溢れてしまう潤いがさらにその運動を早め、淫靡に照りを与える。官能の波が押し寄せ、桔梗は悩ましげに眉を歪めて固く目を閉じた。飲み込めない唾液がシーツの色を変える。 「ごめんなさい、ごめんなさい…」  絶頂に達した快感が脳天を突き抜けていった。四肢が小刻みに震え、戦慄する。腰が揺れ、桜の隆起を皮膚と肉で擦り上げた。脳味噌が溶けるような余韻が長く、状況が上手く呑み込めなくなった。 「御主人…」  混乱した頭は愛しげに呼ぶ知り合いだった若者を、恋人か何かと錯覚しはじめる。 「さ……くら…」  唇が寄せられ、応えてしまいそうになった。 「御主人」  桔梗が寸前で首を引いたにもかかわらず、桜はさらに首を伸ばして、逆剥け唇が触れ合った。 ◇  曇り空がベランダには広がっている。素肌に心地いいくらいの温もりを奪われ、珍しく布越しの桜の体温が代わりに彼女を包んだ。 「ただいま帰りました、御主人。先輩を連れてきたんです。御主人も知っている方ですよ。会いますか」  眠い頭と気怠い身体は首を振ることも面倒になった。猫耳と手足や首に枷を嵌められ、何よりレースショーツと桜のホワイトシャツしか身に纏っていない状態で他人と会えるはずもなかった。肌触りの良い羽毛布団に沈む。 「御主人」 「誰にも会いたくない」  桜は桔梗の乱れた髪を耳に掛けながら穏やかに笑った。 「僕の尊敬している先輩なんですよ。御主人にも会って欲しかったな」  桔梗は無視した。桜は寝室から出て行く。曇り空の薄暗い部屋で鈍く照る指輪を眺めた。最初は違和感ばかりで苦手だった薬指の重量感が今では別の意味を持って彼女の意識を引いていた。夫と揃いで、夫から贈られてきたから意味のある小さな金属の輪。 「会いたい…」  顔を合わせると、奔放で自由で無邪気な夫を叱ったり、注意してばかりだった。それでもそういう彼が最も輝いていて、何より優しく、共にいて心地良い人だった。声を聞きたい。彼を感じたい。指輪を握って思い出に浸る。彼は毛並みが良くて、明るい茶髪が日の光に煌き、干したての布団のような快さをくれる。口が寂しくなった。少し近所の散歩に行くだけでも夫はキスをねだって、夜はそのような無邪気さを捨てて縺れ合う口付けが、桔梗の唇を今、空しくさせた。レースショーツの上を指が何方つかずに這って、一度無機物で呼び起こされてしまった夫無しの絶頂を遠く期待している。 『すき…』  指を咥えて、唇が動く。本人の前では言わない。本人を前には言えない言葉が声を伴わず、しかし小さな悲鳴を漏らしながら簡単に出てきてしまう。 「御主人」  足音にも気付かなかった。ドアが開き、驚きに桔梗は肩を震わせた。桜もまたその反応に驚いたようで、一度足を止めた。 「何してたんですか」  桜は柔らかく微笑むと、濡れた唇の狭間に関節の目立つ長い指を入れた。舌を摘まれ、口腔をなぞられる。ぬるついた唾液が滴った。 「ぁ…あ、」 「御主人」  熱を帯びた目に見下ろされる。次は何をされるのか、分かるようで分からない曖昧な関係だった。ただ混乱を誘うだけの桜に、桔梗は目を伏せ何も考えないことにした。 「ん…っ、」  桜の指が抜かれ、彼に纏わり付いた糸が切れて口元が冷たくなった。 「御主人」  目元に黒い布が当てられた。後頭部で縛られる。繊維に透けて星空みたいな極々小さい光が入るだけで視界が利かなくなる。 「さくら…?」  鎖をじゃらつかせ、両手を伸ばし桜を探す。 「ここです」 「何…?なんで…」 「御主人は会いたくないんですよね」  髪を優しい撫でられる。寝る前にされるような、一房一房確かめるような手付きで毛先まで丁寧に梳いていく。 「桜…」 「御主人。怖がらないでください。大丈夫ですよ」  視覚を塞がれ、さらに布越しの抱擁は桜をさらに華奢に思わせた。飯を食わせるにも風呂に入れるにも、帰ってきてすぐ面倒を看て、共に寝る夜以外は彼自身に時間はないように思えた。 「桜」 「なんですか」 「またちょっと痩せちゃった…?」  薄手のニットはおそらく制服で、その下にごつごつとした背骨があった。まるで小石が並んでいるみたいだった。頭を抱かれ、さらに強く抱き締められる。ある種の希求が感じられた。 「……ごめんなさい…」  崩れそうな不安定な声で囁かれる。そして「外したらダメですよ」と彼は言い残し、いやというほど肌に馴染まされたり温もりが去っていく。扉のほうで小さな会話が聞こえた。板ひとつ隔てていない。ホワイトシャツの裾を引っ張り、羽毛布団を抱く。誰かいる。そしてすでに見られている。会話が途切れ、台風の目に似た不穏な静寂が訪れる。 「さ、くら…?誰…?」  きょきょろと辺りを見回した。目隠しを外そうとした。 「俺です。覚えていませんか」  桔梗の心臓が大きく跳ねる。ほんの一秒にも満たない出来事だった。夫の声に似ている。しかし話し方はまったく違い、その調子は落ち着いている。 「貴女がここにいると聞いて驚いています」  夫と結婚する前に働いていた場所の別の部署に1人だけ思い当たる人物がいた。出世街道を歩む、一族経営の役員たちにも一目置かれていると噂の期待の若手で、叔父の部下だった。夫とは遠縁だと聞かされているが、夫本人は知らないようだった。声と彼の身の回りのことは覚えているが、名を含めそれ以外のことは忘れてしまったか或いは知らなかった。夫の声に似ていて、どこか容姿もわずかながら似ているという印象しかなかった。そしてそこに興味や関心を抱かせる要素もまた桔梗には見出せなかった。
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