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第一章 偶然と必然*第四節-03

「まだ文句あるんですかっ?」  青年にぶつかってしまった無礼など忘れ、今度は振り返りざま、声を荒らげた。  青年はやはり、動じる様子が全くない。  それどころか、「別に」と、あっさり返されてしまった。 「俺も同じ方向に向かってる、それだけだ。そんなに俺が気になるなら、お前が別のルートを行けばいい、藍田美咲」  初対面の青年にフルネームを言い当てられた美咲は、目を剥き、餌を求める鯉のように口をパクパクさせた。  青年はそこで、初めて表情を崩した。  口の端を上げ、さも面白そうに美咲を眺める。 「『どうしてあんたが私の名前知ってんの?』、とでも言いたげだな」  美咲は相変わらず絶句したまま、大きく頷いた。  青年はなおも、笑いたいのを必死で堪えるように口元を歪めている。 「いずれ分かる。楽しみは最後まで取っておくことだ」  青年はそう言うと、呆然と立ち尽くしたままの美咲の前を、ゆったりとした足取りで去って行った。  取り残された美咲は、少しばかりぼんやりしていたが、青年の姿が小さくなってゆくにつれ、怒りが沸々と湧き上がるのを感じた。 (なあにが『楽しみは最後まで取っておくことだ』よっ! エラっそうにあの野郎! 結局ただのストーカーじゃん!)  一瞬でも、あの青年に見惚れてしまった自分が情けなくて悔しい。  美咲は心底思った。 (二度と私の前に現れんな!)  本音を言えば、本人に吐き付けてやりたかったが、青年の姿はほとんど見えなくなっている。  さすがの美咲も、公衆の面前で無駄に大声を出そうとは思わなかった。 (チョー最悪!)  美咲は、早足で再び歩き始める。  つい数分前まで感じていた心地良さは、完全に消え去っていた。
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