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第一章 偶然と必然*第一節-01

 気が付くと、藍田美咲(あいだみさき)は一本の桜の前にいた。  辺りは宵の闇に包まている。  空には黄金色の満月が浮かび、その中で、桜は薄紅の花弁をゆったりと舞い躍らせる。 (ここは……)  ずっと、記憶から消え去っていた場所。  しかし、再び目の当たりにすると、幼い頃の出来事が一気に脳裏を駆け巡る。  美咲は無意識に、両腕で自らの身体を抱き締めた。  今は四月の上旬だから、真冬に比べたら暖かさも増しているはずなのに、急激に寒さを覚えた。 (ここから離れないと……)  そう思うものの、あまりの恐怖心からか、身体の自由が全く利かない。  美咲は、全身を硬直させたまま、固唾を飲んで桜を凝視する。  すると、その幹が少しずつ動きを見せた。  不自然なまでに歪み始め、まるで、そこから湧き出るように一人の男が姿を現した。  地に着いているのではと思えるほどの銀の長髪は癖が全くなく、肌も、髪の色に違わず透明感がある。  だが、一番に印象的なのは、今宵の満月を思わせる金の双眸だ。  明らかに〈ヒト〉とは異質であるそれは、時々、ギラリと鋭い光を帯びる。  背中に、冷たい汗が絶え間なく流れてゆくのを感じた。 「久しいな」  男はそう言うと、ゆったりとした足取りで、一歩、また一歩と美咲に近付く。  美咲はやはり、立ち尽くしたままで、男が自分の側へ来るのを待つ。  逃げることなど、出来るはずもなかった。 「何故、それほどまでに怯えた目で私を見る?」  男は白い手を伸ばし、美咲の頬に触れる。  記憶に残っている通り、凍りついてしまいそうなほどの冷たい手だった。
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