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第13話 梓、出会いを拾う ⑥

   由美との別れ際に「健闘を祈る」と応援されたけど、何を健闘したらいいのか分からないまま、繁華街に程近い最寄り駅近くのカフェで、頭を悩ませながら城田を待った。  初心者に言い捨てて帰らないで欲しい。  十分もした頃、急いで来たのだろう城田が席に着くと同時に大きく息を吐き出し、出された水を一気に飲み干すと、「久々に本気ダッシュした」としんどそうな笑顔を浮かべた。  城田はコーヒーを頼むと、徐に紙のショッピングバッグを梓の前に差し出して「良い出来だよ。さすが俺」と得意げに笑った。その笑顔に釣られて梓は笑いながら、大きな白い布に包まれた物を取り出した。  丁寧に布を開いていくと、A3サイズの額に入った写真。  光の射し込んだ木立の中を僅かに顔を上向かせ、微笑んで眺め歩いている梓がそこに居た。この時何を思って微笑んでいたのか分からないけど、とてもリラックスしたいい笑顔をしている。  ぽーっとして写真を眺めていると、「良い出来でしょ?」と城田が訊いてくる。梓は言葉にならず忙しなく頷いた。  梓はしばらく見入っていた。  ほうっと溜息を漏らし、城田の顔を見る。 「ありがとうございます。こんなに綺麗に撮って貰ったのって初めてで、すごく嬉しい」 「良かった。そう言って貰えると、俺もすごく嬉しいよ」  城田はコーヒーを口に運びながら微笑む。梓も紅茶を飲みながら、隣の椅子の上に鎮座し衝立に立て掛けた写真を見た。 「大事にしますね」  振り返って城田に満面の笑みを見せると、彼は口元を押さえて梓を見返して来た。目の周りが微妙に赤い。  梓が目を瞬いて城田を見ていると、すっと目を逸らされる。それを少し悲し気に見ていた彼女に気付いた城田が「ごめん」と謝って来た。  自分がどんな顔をしていたのか分からなかった梓は首を傾げ、 「何がです?」 「え…あ、うん。意味も解らず目を逸らされたら、俺もちょっと悲しいかなと思って」 「あたし、悲しそうでしたか?」 「でした」  城田が少し困った顔で微笑む。  梓は自分の頬に手を当て「やだなぁ」と呟いた。 「あたし目を逸らされるのとか慣れてなくて。身近な周りの人、目を見て話す人ばかりだから」  翔や怜は勿論のこと、剛志や郁美、香子と由美も梓の目をじっと見て話してくる。だからそれが当たり前だと思っていたけれど、そうじゃない人もいるんだと思ったら、少しだけ悲しくなった。それが顔に出ていたとは思わなかったけど。  城田は頬をぽりぽり掻いて「それってさ」と言を継ぐ。 「アズちゃんが目を見て話す人だから、だと思うけど」 「あたし……?」 「そう。話す時、じっと見ること多いよね」 「そっかなぁ?」 「そうだって。…だから男はちょっと勘違いする。アズちゃんみたいな美人に見詰められて、もしかして俺に気があるのかもって」 「また冗~談」  城田の目が真剣な様相を浮かべていて、梓はワザとらしくケラケラ笑って否定した。けれど城田は笑い返してくれず、バツが悪くなって口を噤んだ。 (……やっちゃった? あたし)  恐る恐る上目遣いで城田を見ると、嘆息して梓を見返し、口端を少しだけ上げた。怒ってないようで安堵に胸を撫で下ろす。  城田はコーヒーで口を潤し、ゆっくりと言葉を紡いだ。 「写真は、会うための口実だって、言ったの覚えてる?」  つい先刻のことだ。梓は小さく頷いた。 「アズちゃんが美術館に入って来た時、偶々目に入ってね、見惚れちゃってレンズカバー落とした。そしたらそれが君の足元に転がってって、内心 “マジかッ!?” って焦った反面、“ラッキー” とか思って近付いたら、“何コイツ” って目で見られてさ。ちょいビビった」 「“何コイツ” なんて思ってないですよ? 確かに…ちょっとだけ警戒したけど」 「やっぱりか。パッと見、軽薄そうなオッサンだもんな」  城田は日に焼けたパサパサ髪の頭を抱え、大きな溜息を吐いた。梓は「そんな事ないですよ?」と、大きな体を丸めてすっかり項垂れている城田の顔を下から覗き込んだ。  驚いて身を起こした城田に、「あたしの場合、構えちゃうだけで」申し訳なそうな面持ちで梓が言うと、彼は何やら呟いてまた溜息を吐いた。 (……なんか、呆れられてる?)  城田の気も知らないでボケたことを考えしゅんとなった。  梓は身内以外の男性と接近することに慣れていない。  通勤は決まって誰かがガードしているか、車に乗せられ、会社では適正距離をみんな心得ている。うっかり梓に触れようものならば、翔と怜の怒りを買うので、慎重にならざる得ない。  城田は梓の頭に大きな手を置いて、 「はぁ……で、話し戻すけど、Cooちゃんと知り合いで、しかも彼女から指令を受けて、降って湧いたラッキー逃す手ない。もお次に会う口実頭ン中でいきなり考えて……って引いてる?」 「……引いては、ないけど」 「ないけど?」 「これって、どーゆー事になっているんでしょうか?」  真剣に訊いたのに、城田は豆鉄砲でも喰らった顔をして梓に見入っている。  じっと見ている梓。  城田はベシッっと自分の額を叩き、「ああっ!」と唸った。ビクリと肩を震わせた梓に城田は安心させるよう微笑んだ。 「つまりね。アズちゃんからしたらオッサンだけど、こんな俺で良かったら付き合って欲しいなんて思ってるんだけど。あ、もちろん返事は直ぐにじゃなくていい。ゆっくり考えてくれていいから、答えが出たら返事聞かせてくれるかな?」  焼けた肌でも判るくらい城田の顔が赤い。その自覚もあるようで「いい年して真っ赤とかって恥ずかしいッ」と更に自分を追い込んでいる。  茫然自失、だった。  人生初の告白は、青天の霹靂とも言える事態だった。  一番最初は確かに警戒したものの、好みのタイプだとも思っていた。その人に付き合って欲しいと言われ、脳の回路が一瞬で焼き切れた。  考えることも動くことも、瞬きすら忘れて正面の男性を見る。 「アズちゃん?」  城田の手が梓の手に重なって、熱を熱として脳が理解した途端、顔が爆ぜた。  衝動的に逃げを打とうとして手を掴まれていることに気付き、梓はあうあうと口を動かし、城田が微笑んでいるのを見てテーブルに突っ伏した。  耳も首も熱い。頭にまで熱が回って、ぐつぐつ煮えている感じがする。 (ね、熱が出て来た…かも)  握られた手も溶けていきそうに熱くて解きたいのに、ギュッと掴まれて解けない。  嫌われてはいないだろうと思っていた。  けど城田は梓よりずっと大人で、いいとこ妹扱い、後輩に面倒を任された子程度にしか思われていない。当然、彼の恋愛対象から外れているものだと勝手に思いこんでいた。  なのに。  目の前の男性は、真っ赤になって告白してきた。  展開が早過ぎて、頭と心臓が着いていけない。  耳の中に心臓があるような音が頭に響き、動機もしてくる。 (あたし死期が近いのかも知れない。これって最後のご褒美的なものだからって、神様に言われたら絶対に信じる。それでご褒美受け取った瞬間に、幸せ絶頂の場面を一気にスルーして人生の終幕を迎え、お疲れさまとか労われて…)  そこまで考えて、城田に呼ばれていることに気が付いた。うっそりと顔を上げて、涙目の上目遣いで彼を見ると、城田が心配そうに眉を寄せた。 「…大丈夫?」  訊かれたままに頷く。城田は空いた手で梓の頭に手を置いて、やんわりと微笑んできた。その表情をうっかり見入ってしまった梓は「はうっ」と胸を押さえ、テーブルに撃沈しそうになったのはギリギリで堪えた。  手を離してくれたら、脱兎の如き勢いで逃げ出せる自信がある。  そんな梓の心中を知らない城田を気弱に見ると、微苦笑して彼は続けた。 「急だったから、そりゃ驚くよね。三回しか会ったことないのに何考えてんのって思われても仕方ないし。アズちゃん免疫ないってCooちゃんに口酸っぱく言われてるから、焦るつもりないよ? ゆっくり。まずは友達って事で」  ね? と首を傾いで顔を覗き込まれて俯いた。  城田は握り込んでいた手を開いて、改めて握手してくる。その様子をぼんやり眺めていた梓は、まだほんのり赤い頬に手を当て、次いで涙目を擦った。
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