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第11話 梓、出会いを拾う ④

   ***  生まれて初めてのデートは、梓が緊張し捲ってしまって上手く歩く自信もなく、折角久しぶりの美術館だからと、絵画を観て回った。  ゆっくり絵を観ているうちに少し落ち着きを取り戻し、何とか普通に歩けるまでに回復すると、近くの公園を散策した。  城田は色々と連れて行ってくれる心算のようだったけど、梓の心臓が保ちそうになかったので、開放的で木々のある場所が良いとお願いした。 「退屈、でしたか?」 「いや。全然。俺も公園とか好きだから」  言いながら、城田は先刻から梓の写真を撮っている。  初めは恥ずかしいから止めて欲しいとお願いしていたのだが、何だかんだと丸め込まれて現在に至る。さすがプロのカメラマンはその気にさせるのが上手い。  如何にもなデートじゃなくて、少し離れて話しながら歩いていると、余計な力が抜けた。それこそ写真を撮られていることも気にならないくらい。  日曜という事もあって、公園内は家族やカップルが目立つ。  周囲から自分たちはどんな風に見られているのだろう、そう考えて梓は羞恥で赤くなった顔を手で扇ぐ。 (どうも何も、今日会ったばかりの人だし~ぃ。あたしって、何て恥ずかしいヤツ! 自分が痛すぎるわッ)  いくら夏で外気温が高いと言え、急激にここまで真っ赤になったら変に思われてしまうではないか。  焦って顔を扇いでいる傍から、城田の声が掛った。 「ちょっと木陰で涼もうか?」 「大丈夫ですよ?」 「でも顔真っ赤だし、何か飲み物を買ってくるから」  梓の手を取って城田は彼女を引っ張って行く。それは決して強引な力ではなく、滑るように足が動き出した感じだった。  木陰のベンチに腰掛けると、城田は「待ってて」と走って行った。  暑いのに元気だなぁと見送り、引かれていた手に視線を落とす。  梓が手を引かれる時は、決まって強制連行の時だ。当然梓も反発するので、滑るようにとはいく訳がない。 (昔はお兄ちゃんも、優しく手を引いてくれたのになぁ)  小学校に入った頃から、兄の過保護が酷くなり、両親が亡くなって更にエスカレートした。  二人きりの家族だから。  翔は両親が亡くなった時、梓の前では一切泣かなかった。 (あたしがギャーギャー泣いたから、泣くタイミング失ったのかも知れないけど)  翔の傍に怜がいてくれて、兄は大分救われたと思う。  行き成り家長になって、梓を養う事になり、やらなければならない事も沢山あって、翔の心労は半端なものじゃなかったのは、想像に難くない。  両親の時の様に、突然梓を失う事を恐れているのは知っているけど、近くに置こうが遠くに置こうが、突然去らなければならない時はある。  囚われて、その割り切りが出来ない兄を哀れだと思う。 (あたしなんかさっさと追い出して、怜くんと暮らせばいいのに……)  二人が一緒に暮らさない理由が自分だから、余計に自責の念に駆られてしまう。  三年前、怜が一緒に住んでもいいか訊かれた時、邪魔したくないから家を出ると言った梓に二人は激怒し、同居の話は立ち消えとなった。 (あたしのことに気を回すくらいなら、二人の時間をもっと有効的に使ってくれればいいのに)  その方がよっぽど妹思いだと思う。 「…ぅひゃ~うぅぅっ!」  考え込んでいたら、急に襟足が冷たくなって変な声が出、ベンチから崩れ落ちて座り込んだままビクビクして振り返ると、目を丸くした城田が両手に飲み物を持って立っていた。 「そんなに驚くとは思わなかったよ」 「は……はははッ。ホントビックリしましたよぉ」  腰が半抜けの梓に手を貸してベンチに座らせ直すと、ストレートティーを彼女に差し出しながら隣に腰掛けた。 「考え事?」 「え…あ。ちょっとぼぉっとしてました」  紅茶のペットボトルを頬に当て「気持ちい~」と満面の笑顔になる。城田はキャップを捻りながら「先刻は驚いたくせに」とニヤニヤ笑った。 「あれはっ。誰だって驚くと思うの!」 「くくっ…だよね」 「もおっ」  膨れっ面になって城田を睨むと、顔を背けて笑い出した。 「そんなに笑わなくたっていいじゃないですかッ!」 「ごめ……先刻の、思……ぶはっ…くくくくくっ」  完全に笑いツボだった。  腹が痛いと言いながら彼の笑いが止んだのは、それから十分後だった。  梓が帰って来たのは、夜の八時過ぎだった。  文句の一つも言ってやろうと待ち構えていたが、酒が入って機嫌が良くなっていた梓がいつも通り話し掛けて来たので、翔も怜も怒るのを止めた。  また機嫌を斜めにされるよりは、堪えた方が良い。  ほぼ三週間。無視され続けたのは、相当堪えたのだ。  ヘラヘラと締まりのない笑顔でソファにしな垂れかかっている梓の頭に翔は鼻を近付け、「やっぱりか」と眉を寄せた。  梓が帰って来てからそこはかとなく漂う匂いの元。 「おまえ油臭い」 「あ~ぁ。焼き鳥が無性に食べたくなって、ガッツリ」 「その服、クリーニングな。で、さっさとシャワー浴びて来い」 「……了解」  翔に急き立てられて、梓はシャワーを浴びに行った。  怜が消臭スプレーを噴霧している向かいで、翔はソファの背凭れに腕を預けて寄り掛かった。天井を仰いだ顔に安堵の色が浮かんでいる。  大分気分が晴れたようだ。  これが酒故でなければ良いのだが、と微かな不安が過る。  翔と怜が並んで缶ビールを飲んでいると、頭にバスタオルを被った梓が戻って来た。 「アズちゃんも飲む?」 「飲むぅ」  怜が冷蔵庫に向かい、翔が梓に手招きする。梓は何の疑問も持たずに近付き、更に手招きされて前傾になると、バスタオルを引っ張って臭いを確認した。 「OK。しかし。お前は中年サラリーマンか。焼き鳥とかって。まったく」 「だって食べたかったんだもん」  翔の臭いチェックが済んだ梓は向かい側にドカッと座り、肩越しに差し出されたビールを受け取った。  梓はゴクゴクと一気に半分を空け、「ぷは~っ」と吐き出した。翔たちがいつも梓のことを “残念女子” と思う瞬間だ。しかしそれもまた可愛いと撤回している兄たちも、可なり残念な男たちだという事実に気が付いてない。 「ちょっと日に焼けたか?」  酒で赤くなっているのとは少し違う肌の赤味。翔がしげしげと見ながら訊くと、梓は左腕を見ながら擦った。 「あ、そうだね。長い時間、公園ブラブラしたから」 「公園? 何でまた」 「美術館で写真展があったの。それから近くの公園を散策したんだけど、久しぶりに沢山の緑に囲まれて気持ち良かったよ」  思い出して満面の笑顔になる。 「写真展? ああ。だからCooさんと一緒だったのか?」 「うん。トークさんと双子ちゃんも一緒。フウハルちゃんまた大きくなっててね、可愛かったな~あ」  今度は双子を思い出しているのだろう。トロンとした顔になって「ふふふっ」と笑いを漏らした。  すると突然梓の顔が厳しいものになり、翔と怜は思わず息を呑んだ。 「ホントは二人の事すっっっっごく怒ってたんだけどね、Cooさんがお兄ちゃんの顔色悪かったって心配してたし、トークさんが許してあげたらって言うから、今回は特別赦してあげるわ」  高飛車な物言いなのに、それすらも可愛いく思える。翔と怜はお互いをバシバシどっ突きながらすこぶるいい笑顔だ。 ((トーク偉いッ! でかした!!))  二人が心の中でギュッと拳を握りしめる。しかし。 「そのうちお兄ちゃんたちがどんなに邪魔したって、へこたれない人が現れるからって言うしね。ならそれまでしょうがないから、二人の相手してあげても良いかなって」  クピクピと喉を鳴らしてビールを空けている傍らで、二人は舌を打ち、余計な事をと心の中で今度は十玖にゲシゲシ蹴りを入れた。本人にはとてもじゃないが蹴りを入れる訳にいかないので、想像の中だけで辛うじて溜飲を下げる。  あっという間にビールを空にした梓が立ち上がり、「二人は?」と缶を振りながら訊ねた。  二人がまだ大丈夫だと答えると、梓はパタパタとスリッパを鳴らしてキッチンに行く。  翔はキッチンの方向を見たまま。 「アレどう思う?」 「そうだねぇ。あんなに怒っていたのに、Cooさんたちと話しただけで、こうまで軟化するというのは、ちょっと癪かな」 「確かにな」  とは言え否があるわけではない。  今日梓が二人に会っていなければ、まだ冷戦状態だったろう。だから感謝はしている。  感謝はしているのだが、なんかこう胸の中で蟠っているような気がするのだ。  ビールを持って来た梓は、じっと見る二人にキョトンとしながら腰掛ける。 「…何よ二人とも」 「梓が赦してくれて良かったなって、話してたんだよ」 「ふ~ん。でもこれだけは言っておくけど、あたしへの干渉は程々にして。お兄ちゃんたちの心配してくれる気持ちは有り難いと思うけど、赦すのは今回限りだから」  意志の篭もった眼差しで見返してくる梓に、不承不承ではあるが、本当に仕方なくではあるが、翔と怜は頷いた。  頷くしかあるまい。  梓を怒らせてしまったが為に、仕事の効率は下がるし、スタッフたちには心配掛けてしまうし、鈴木由美には徹底的に弄られて煮え湯を飲まされた。  私生活なんて本当にグダグダだったのだから。  とにかく今は多少弛めてやれば、そのうち梓も落ちつくだろう。ただその間に変な虫が付かないように、こっそり監視すればいい。  チラリと怜に視線を送れば、ゆっくりと瞬きで頷いた。
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