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第8話 梓、出会いを拾う ①

 あの合コンから二週間。  翔、怜、剛志の三人とは、仕事以外の会話は一切していない。  梓のご機嫌を取るのに三人は必死だが、そんな事知ったこっちゃない。勝手に回っていればいいんだと思う。  梓一人に翻弄されている代表二人に、スタッフの嘆かわしそうな溜息が、ここ最近の定番になっている。  二人と旧知の仲の鈴木由美だけは『いい薬よ』と実に楽しそうだ。  合コンの翌日、西田朱音に電話を入れ、謝罪した。  彼女は怒っている風でもなく、寧ろ翔たちを聞きしに勝ると爆笑してくれたのが、せめてもの救いだ。  流石に男性陣は、暫く翔たちを悪し様に言っていたようだが、郁美と香子が取り成してくれたとのことだった。後は楽しく終わったらしい。残念ながら誰一人纏まらなかったみたいだが。  男性陣曰く、あの兄共がいなけりゃなぁ、とのこと。折角の出会いを完全に棒に振ってしまったようで、本当に口惜しい。  日曜日。ちょろちょろと様子を見に来る翔と怜が鬱陶しくて、取るものも取り敢えず的に家から逃げ出した。  出てから、さて何処に行こうかと街中をぶらぶらしていて、本屋の窓ガラスに貼られていたポスターが目に入った。  美術館の別館催事会場で、カメラメーカー主催の写真展が開催されているらしい。  梓は何となく惹かれて、足を運んだ。  美術館なんて、学生以来でちょっとワクワクする。  会場に向かうホールを歩いていると、何かが足元に転がって来た。梓はそれを拾い上げ、首を傾げた。  直径十センチ大の黒くて薄めの丸い物体。ひっくり返して見ると、梓でも知っているカメラメーカーの名前が入っていた。どうやらレンズカバーらしい。 「あ…すみません」  斜め前方から声がしてふとそちらを見ると、三十代前半と思われる男性が、小走りで近寄って来る。 「ポケットから、思いの外転がってしまって」  人好きのする笑顔の青年が頭を掻きつつ、ペコペコ頭を下げている。梓は彼にレンズカバーを手渡しながら「ここって撮影OKでしたっけ?」と疑問を投げかけた。すると彼は「写真展を見ている人を撮る仕事だったんで」あっけらかんと言った。梓は「あ~ぁ」と声を漏らしながら小さく頷く。ちゃんと意識をしてみれば、胸元に “スタッフ” のネームホルダーがぶら下がっていた。  じゃあと梓は会釈して立ち去ろうとした。 「写真展ですか?」  訊いて来た彼につい警戒心Maxの眼差しを向ける。彼は苦笑して「ごゆっくり」と軽く頭を下げ、元居た場所に戻って行った。 (ちょっと好みのタイプかも……あ)  折角のチャンスを棒に振った事に今更気が付き、かと言ってわざわざ話しかけに言ったら、今度は梓が変に思われそうだ。 (はぁぁぁ……経験値低いとこれだから……あたしのバカ。威嚇してどうするのよ…)  梓は肩を落として催事会場にトボトボと歩き出した。  入り口前の受付でお金を払い、パンフレットを片手に中に入った。  日常の風景がテーマらしく、プロアマ関係なく展示されている。  ゆったりとした時間の流れを感じ、心が癒されて行くのを感じた。  梓が半分ほどの行程を消化した時、背後から「アズちゃん?」と聞き覚えのある女性の声がして振り返った。 「あ……Coo(クー)さん」  声の主はAZデザイン事務所で、時折仕事を依頼する女性カメラマンCooこと三嶋美空(みしまみくう)だった。梓はお辞儀をしながら彼女に近付き、笑顔を浮かべる。  光の加減で金髪にも見える栗色の緩やかに波打つ髪と、鳶色の瞳。抜けるように白い肌はお母さんがアメリカ人だからと言う彼女は、日本人離れした面立ちのキュートな美人だ。 「観覧ですか?」 「それもあるけど、出展してるの」 「そうなんだぁ。どの辺りですか?」  ぐるりと見回せば、一際背の高い男性が目に入った。じっと見入っている後ろ姿は、なかなか威圧感がある。 「あそこですね」 「あそこです」  梓が無表情で指を差せば、美空が苦い笑いを浮かべた。  見入っている男性は、彼女の旦那様だ。  二人並んで、見入っている彼の元に行く。梓が声を掛けると、驚いたように振り返ってやんわりと微笑んでくれた。 (く~っ。いつ見てもいい男だわ)  百九十センチにあと少しと言う長身に見下ろされると、威圧感に及び腰になりそうだが、柔和な面差しに見詰められるとそれも忘れてしまう。  彼女とは正反対に艶やかな黒髪と大きな黒目がちの瞳。高校の頃までよく女装をさせられていたという彼は、今でもイケそうなほどの美人だ。何しろ彼はAngel Dust(エンジェル・ダスト)と言うバンドのイケメンヴォーカルで、モデルもしているくらいだ。  二人とも高校の時からプロとして活動している。  梓はすっと視線を落とし、彼こと三嶋十玖(みしまとおく)の脇に回り込んだ。  横長のベビーカーで、すやすや眠っている二卵性双生児の赤ちゃんを前にして、梓はしゃがみ込む。昨年末に生まれたばかりのほやほやだ。 「風歌(ふうか)ちゃんと陽歌(はるか)ちゃん、また大きくなりましたね。可愛いなぁ」 「でしょ!? うちの娘たち殺人的に可愛いでしょ!?」  そう言ったのは、生まれた瞬間から『嫁にはやらない』と宣言したらしい十玖だ。  身近で嫌というほど聞いて来た言葉に、男ってと思った瞬間だった。  確かに十玖の言う通り、綺麗な赤ちゃんに間違いない。 (二人とは同じ年なのに、こうも違うと嫌になるわぁ……はぁ。切ない)  二人が結婚したのは、十玖が十八になった日だそうだ。紆余曲折あって、家族になりたかったから結婚したと言う。  二十四になった二人は、今や一気に二児の親だ。  運命的に出会って、二人の様に結婚する人もいれば、梓みたいに出会いが悉く潰される人間もいる。理不尽だと思う。  梓が写真もそっちのけで双子に見入っていると、美空が「そうだ」と何か思い出したらしい。 「この間タロ先生のスタジオで翔さんに会ったんだけど、顔色が土気色だったわよ? 体調悪いの?」  心配気に眉を寄せた美空。  因みにタロ先生と言うのは、美空の師匠で、AZデザイン事務所の仕事はほぼ彼にお願いしている。  翔の名前はしばらくは聞きたくなかった。  梓が嫌な顔をして美空を見上げると、彼女は納得したらしい。何とも言い難い笑顔で、しみじみと梓を見下ろす。 「あたしもダッドとお兄ちゃんの過保護に悩まされたけど、翔さんや怜さんほど酷くなかったからなぁ」 「いや、酷かったでしょ。僕が被害者だからね?」  水掛けられるわ、凶器持って追い駆けられるわ、とブツブツ言って昔を思い出した十玖のなんとも苦々しい表情。  そうは言っても今二人は幸せそうだ。  未だに新婚のような熱々ぶりを目の前で展開する二人を、梓は恨めしそうに見上げる。 「でも結婚してるじゃない。あたしなんて、それ以前の問題だよ? この間なんか合コンの会場に乱入してきて、強制送還だからね!? もお流石にこっちもキレて、あたしに構わないでって、それから口利いてやってない」  十玖の口が声を出さずに「うわ~ぁ」と言っていた。何に対してうわ~なのかは聞いてないけど、彼の表情を見る限り、酷似した内容を十玖も経験していると見た。 (めちゃくちゃ仲の良い二人でも、喧嘩とか、するんだ……?)  それはまあ、そうだろう。  翔や怜も意見の衝突はままある。梓の目の前では痴情絡みの喧嘩はないけど、十四年も一緒に居たら、一つ二つの喧嘩もあった筈だ。  梓は項垂れて溜息を吐いた。 「あたしだってもおいい大人なんだから、ちょっとくらい信用してくれてもいいと思わない?」  プロの世界で大人になることを余儀なくされた二人を見上げる。  美空が膝を抱えて梓の隣にしゃがんだ。 「信用して欲しい人に、信じて貰えないのはツライよね」  こくりと頷くと、美空は聖母のような微笑みを浮かべ、梓の頭をそっと抱き寄せる。彼女の掌が優しく髪を撫でるのが心地良くて、梓は目を閉じて感じ入った。 「でも自棄を起こさないでね。良い事ないから」 「……Cooさん、奥さんに欲しい」 「僕のだからね?」 「ケチ」 「そういう問題じゃないから」  本気でムッとした顔をしている十玖に、梓は思わず吹き出した。彼が “奥さん激ラヴ” なのは、数々の武勇伝でファンすら周知の事実だ。と言うか、夫婦のファンが結構多い。  梓はニヤニヤ笑って、十玖を煽るように美空に抱き着くと、彼は口角をへの字に下げて不満を露にした。女にまでヤキモチを妬く十玖に、梓はクスクスと笑い、そして静かに口を開いた。 「あたしにも、命を張って愛しあえる人、現れるかな…?」
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