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第7話 梓、過保護な兄たちに宣戦布告する ⑥

   兄たちに強制連行され、帰りのタクシーの中で梓は泣き通しだった。  楽しかった時間が一変、闖入者が乱入したせいで不快にしてしまった事の申し訳なさと、いい年をした女が身内に迎えに来られ、強制的に連れ帰えられる事の悔しさと恥ずかしさ。そして成す術もなく、泣くしかできない自分の不甲斐なさ。  場をすっかり白けさせてしまって、誘ってくれた朱音や、気を遣かってくれた聖一に申し訳なさ過ぎて顔向けできない。  気を取り直して、楽しんでくれていたら少しは救われるのに、今は知りようもない。  メソメソしては文句を言い、文句を言っては号泣する。それに「はいはい、そうですね」と適当に相槌を打つ翔と怜にも腹立つが、助手席で運転手に「煩くてすみません」と平謝りする剛志にこの上ない憤りを感じる。 (シレっとどの口が言うかーッ! あんたのせいで……あんたのせいで、あたしはッ!!)  また涙がボロボロ零れて来た。 「ほらほらアズちゃん。あんまり泣くと目が溶けちゃうよ?」  よしよしと頭を撫でてくれる怜も、今は恨めしい。  最初に剛志を自宅前に下ろし、数分走った先の一軒家の前にタクシーが停まった。  翔が降りて、梓、怜と続く。  怜は近所のマンションに一人暮らしをしているが、これから始まるだろうお説教の為に泊りになるのだろう。 「……自分たちばっか」  門扉を開けていた翔の背中に、ボソリと呟いた。  振り返った翔が片眉を上げて、梓を見下ろしている。彼女はもう一度、今度ははっきりと聞こえる声で言った。 「自分たちばっかり狡い。何であたしばかり一人でいなきゃいけないのよ!」 「梓は一人じゃないだろ?」 「一人と一緒だよ。お兄ちゃんには怜くんがいるけど、じゃああたしは!?」  感極まって声が高くなる。梓の両肩に怜の手が背後から置かれ、「外でする話じゃないから、中に入ろう?」と耳元で囁かれた。有無を言わせない声音にゾクリとする。  肩越しに怜を振り返り、次に翔を睨み上げた。眉を聳やかした翔にイラっとし、梓はプイっと顔を背けると、門扉を通り抜けて玄関の鍵を開ける。一人でさっさと家の中に入り、勢いよく扉を閉めた。  踵を打ち下ろすように廊下を歩いている背後で、翔たちが入って来る気配を感じたが、梓は振り返りもしないで、リビングに向かう。  兄たちのお決まりのお説教が始まるだろうが、今日は。今日こそは。言いたいことを打ち撒けて、絶対に退くものかと心に決める。  内心では凄く怖い。  これまで二人に勝てた例などなく、そそくさと自室に籠って悔し涙に暮れたいところだけど。  一人の女性として扱いを受け、初めてときめいた。浮き立つ感情は面映ゆかったけど、心が温かいもので充たされて行く感じが心地よかった。  それを今まで理不尽に奪われてきたのだ。  この憤りは打つけて吐き出さない限り、ずっと燻り続ける。  梓は厳しい表情をし、ソファに座って翔たちが入って来るのを待った。  正面のソファに翔と怜が腰掛けるのを待って、主導権を取られる前に梓は口を開いた。 「これからは、あたしが誰と付き合おうと干渉しないで」 「無理だな」 「無理でもッ!」  梓は体重を乗せてテーブルを叩きつけた。前のめりになったまま二人を睨みつける。 「あたしもお二十四だよ? いつまでもお兄ちゃんたちに守って貰わなきゃいけないような子供じゃない! いい加減あたしを自由にしてよッ!!」  一気に捲くし立てた梓を二人はじっと見ていた。 「それで?」 「それでって何?」 「梓を自由にしてそれから? はっきり言う。梓は美人だし、性格だって良い。頭だって悪くない。ちょっと抜けたところ「うるさい。余計だからそれ」  つい食い気味に言葉を遮ると、翔は眉を持ち上げておどけた顔をする。 「まあそれも可愛いと言いたかっただけなんだけど。で。そんなおまえをいきなり野放しにして、集る男共を体よくあしらえるとも思えない。騙される可能性だってあるのに、傷つくと分かっててほいほい送り出せるか」  正論と言わんばかりに腕を組んで、翔は背凭れに寄り掛かる。そして言を継ぐ。 「男なんてお前が思っている以上に、エグイ事考えてるんだ。後になって後悔する姿は見たくないんだよ」  どうして他の男が、梓を傷つけることを前提で話してくるのだろう。  どうして今、自分たちが梓を傷付けていることを分かろうとしないのだろう。  恋愛に失敗して傷付いて、それでも少しずつ自分に折り合いをつけて、成長していく過程を辿る友人たちは、儚くも綺麗だった。  最初から取り上げられてしまっていた梓が、羨望したもの。 「そうなって傷付くのはあたしであって、お兄ちゃんじゃない。あたしは傷付くことなんて恐れてないから! あたしだって一人の人間として、女として、誰かに必要とされたいよぉ。けどそれはお兄ちゃんたちにじゃない!」  目頭が熱くなって、一度は止まった涙が滲んでくる。ちょっとでも油断したら、嗚咽になってしまいそうで、ゆっくりと深呼吸を繰り返し、目に力を込めて翔を見た。微かに唇が震えてしまうのは、どうしようもなかったけれど。 「もお、お母さんの呪縛から解放されたっていい頃だよ? お兄ちゃんはお兄ちゃんの人生を怜くんと歩んでよ。あたしは、お兄ちゃんが敷いたレールの上じゃなく、自分の人生を、いい加減歩きたい。歩かせて下さい」  お願いしますと頭を下げたけど、翔の返答はない。  僅かに赤くなった目を細めて、ただじっと梓を見ている。その隣で怜が脚の上に頬杖を着き、瞑目していた。  言いたいことは山ほどある。けどどう言ったらいいのか、頭の中で整理できていない。  返事がないのを返事とし、梓はゆっくり立ち上がった。 「それでも無理だと言ったら?」  リビングを出て行こうとした梓を、翔の静かな声が追って来て、肩越しに振り返る。兄の滅多に見られない情けない顔に、少しばかり心が痛む。 「お兄ちゃんの事、嫌いにさせないでね?」  それだけ言って、梓は静かにリビングの扉を閉めた。  それから直ぐに怜が追って来て、肩を掴まれるや振り向かされ、梓は咄嗟に首を竦めて目を瞑った。怜の微かな溜息が聞こえて、そろそろと目を開けると色香の漂う憂い顔の彼がいた。  大好きな怜が相手でも、今ばかりはいつもの様に笑って軽口は利けない。泣きそうに眉を顰めて、怜を上目遣いに見上げた。 「翔にとって、アズちゃんは特別なんだ。アズちゃんがいたから、ご両親が亡くなった後も頑張って来られた。アズちゃんが手から離れることが、あいつには一番堪えることだから…」  梓は右手をそっと怜に伸ばし、更なる言葉を紡ごうとした唇に指を押し当てた。目を見開いて見下ろしてくる彼に、やっとの思いで微笑みを浮かべる。 「お兄ちゃんが寂しくないように、その為に怜くんがいるんでしょ? お兄ちゃんを宜しくね?」  小首を傾げて怜の反応を見た。  首を縦にも横にも振らない彼が、瞠目したまま梓を見詰めている。  暫くそうして居たけど、梓は返事を諦めて嘆息し、踵を返すと自室のある二階へと向かった。  
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