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第4話 梓、過保護な兄たちに宣戦布告する ③

   郁美からのメールは、今朝話していた店の地図と、兄たちの様子を伺うものだった。  梓は今日に限って剛志が内勤だとメールすると、郁美からは剛志への罵詈雑言を書き立てた文面が届いた。追って待ち合わせ場所の連絡が来た。  少し早めにそこで落ち合って、剛志を油断させるために目晦ましの女子会をするらしい。ある程度時間を潰したら、会場であるレストランに移動すると言うものだった。 (居酒屋とかじゃなくてレストランてところが、お医者さまって感じよねえ)  そんな感想を浮かべながら、洋服を買い替えたい旨を伝えると、レストランに行く前にみんなで立ち寄れば、万が一剛志が張り付いてても、違和感なくそのまま着て行けるのではないかと提案され、そうすることにした。  兄たちから梓の予定を聞いているのであろう剛志が、時折こちらを窺っている。梓は敢えて気にしていない振りを続け、定時までに自分の仕事をきっちり片付けた。  郁美からのメールは、見られても当たり障りのないもの以外は、完全に削除する。勿論、兄対策だ。  学生で起業するような目端の利く彼らに尻尾を掴まれないために、念には念を入れる。握り潰される度に梓たちも学習してるのだ。  終業時間をカウントダウンしながら、兄たちに引き留められないことを祈る。  由美が目配せし、梓がこくりと頷いた。 「加藤くん。この請求書だけど」  間際になって由美が立ち上がり、ゆっくりとした歩調で剛志の元へ。  帰り支度を始めていた彼はうげって顔をして由美を見上げ、涼しい顔でタイムカードに打刻し、早々に出て行く梓の背中を焦りの浮かんだ目で追った。 「ちょっと由美さん! それ明日でもいいですかッ!?」 「今日出来ることは明日に延ばさない。さっさと確認、訂正して」 「お願いします。この通り! でなきゃ俺、翔さんと怜さんのフルボッコに遭うぅ」 「君も有段者でしょ。掛かって行きなさいよ」 「そんな事したら、二度と陽の目が見られなくなるから~っ」  由美に縋りつくと、剛志は手をバシバシ叩かれる。堪らず放すと、由美が半眼で彼を見下ろしていた。 「こんなことしている暇があったら、サクッと片付けた方が良いんじゃないの?」 「鬼ッ!」 「ほほほっ。何とでも仰い。あたしは君より断然アズちゃんが可愛いんだもの。翔や怜? そんなもの怖くも何ともないわね」 「そりゃ由美さんはね!!」  由美の旦那は、翔と怜の一年先輩だ。体育会系の上下関係は絶対である。  デスクの上の請求書をバンバン叩きつけ「早くッ」と睨まれれば、剛志は観念してそれを手に取った。  大急ぎで見直し、訂正し終わった頃には大分時間が経過していた。  もう今更追い駆けても、梓がどっちに行ったかも判らない。  二人の代表に締め上げられることを覚悟した時、剛志のスマホが鳴った。  着信を見て天を仰ぎ、この世の無情さを呪った剛志だったが、チャンスの神様は前髪を掴ませ……抓ませてくれたらしい。  梓がカフェに入って行くのを怜が戻る車から偶然見掛け、剛志の姿が見えなかったので所在確認の電話だった。怜はどうしても会社に戻らなければならず、直ぐに駆け付けるように言われた。  怜のお陰で、首の皮一枚で繋がった剛志は、命があることの喜びを噛みしめて、梓が向かったカフェに急ぐのだった。  梓と郁美がカフェで合流し、少し遅れて香子が友人二人とやって来た。  梓の都合で予定が色々と変更になった事を謝罪すると、四人は全く気にしてなく、初めて会う香子の友人ともすぐに打ち解けた。  二人とも香子の同僚で今回の合コンの女子側幹事、西田朱音が医者の一人と親戚の縁で、話を持ち掛けられたそうだ。  お喋りに花が咲き、これぞ女子会的な空気になった頃、唐突に郁美が黙り込み、彼女の左肘が梓の腕を突っついて来た。 「ん? どした?」 「アレ」  郁美が顎をしゃくって示した方向を四人が一斉に見た。  走って来たのだろう剛志が、肩で息を整えながら店舗内をキョロキョロと見回している。梓は思い切り舌打ちした。 「何でここが分かったんだろ?」  今回は完全に出し抜いたと安堵していたのに、まさか怜に目撃されていたとは夢にも思っていない。  あまり意味は成さないと思いつつ、剛志から顔を隠す。 「あんた兄たちにGPSとか付けられてるんじゃない?」 「やだ。まさか……」  悲しいが、翔たちが相手だと、ないとは言い切れない。  郁美がテーブルに腕を着いて身を乗り出せば、全員がそれに倣う。顔を突き合わせコソコソ話し出した。 「兄たちのシスコンは、執愛のレベルよ。持ち物に仕込んでんじゃない?」 「嘘。やだ」 「見たことない物がバックに入ってたりしない?」 「…ないと思うけど」  郁美に言われて、咄嗟にバックの中身を出して確認する。しかし変わった物は見当たらなかった。  テーブルに並べた物をバックに戻しながら、離れた席に座ってこちらをチラチラ窺っている剛志を盗み見、何故バレたのか首を傾げた。  朱音が動いたのが目の端に入ってそちらを見ると、「ねえねえ。お兄さんって噂の?」と朱音が目をキラキラさせて香子に確認し、期待を込めた眼差しで今度は梓の顔を食い入るように見詰めて来た。 (噂って、どんな噂を流してるんだ。香子?)  口元を引き攣らせて香子を見れば、二人の顔を思い出しているのだろう。うっとりとして何処かにトリップしている。 「お~い香子。帰っておいで~ぇ」  彼女の前で手を振ってみたけど、全くの無反応。梓は徐にスマホの写真フォルダを開き、彼女の前にチラつかせる。すると梓の手を掴み、香子は画面をガン見して奇声を上げた。 「うっ、ひゃ~ぅ。おうおうおうっ。翔さま怜さま麗し~。何なのこの神アングルぅわっ!」  香子はじゅるりと音を立て、涎を拭う真似をする。その両サイドから友人二人が覗き込み、生唾を呑んで画面を見入っていた。  先週、ソファで寝ていた翔に寄り掛かって居眠りしていた怜が、こてっと膝の上に倒れた絶妙アングル。  けど、これから合コンだって言うのに、先にこんな物を見せても良いものだろうかと、ちょっと後悔する。 「寝ている翔さまに膝枕して寝る怜さま、いいッ! アズこれちょうだ~い」 「ダメ。香子、悪用するから」  ぷいっとそっぽを向くと、「もおしませんから~」と泣きついて来る。  以前、香子に二人の写メを送ってあげたら、写真編集ソフトで合成し捲り、彼女好みの耽美なものになっていたことが有り、二人の目に留まる前に全て削除させたのである。その時の香子の目から鼻から体液を垂れ流した号泣は、インパクトが強すぎて忘れられない。きっと死ぬ時まで記憶に残ることだろう。  黙っていれば美人の部類に属するのに、本当に勿体ない限りだ。  泣かせてしまった心苦しさは有るものの、香子にとっては妄想から派生した事でも、それが事実だと知っている梓には、とてもじゃないが放っとけない。二人の関係は秘密であり、梓の為に今後も公にすることはないそうだ。  しかしバレて困るような相手がいない。 (あたしの為を思うなら、それより先ず、男女交際を認めて欲しい)  まだ仕事をしているだろう兄たちを思い浮かべ、梓は盛大な溜息を吐いた。
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