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はちみつの日番外編 薬用ハチミツにまつわるエチュード

「第三種医薬品 ハチミツ」と記された箱を手に、大倉三葉ははぁ、とため息をついていた。 「三葉ちゃんどうした? ハチミツの箱なんか持って」 「ん、医薬品としてのハチミツって栄養剤的な一面があるでしょ、あと皮膚の保湿?」 「箱には口唇の亀裂って書いてあるぞ」 「だけどそれ以外にも効能があるって琉先生が言っていたんですよね」 「生薬としてのハチミツか?」 「たぶん。天然物のハチミツは諸外国での臨床試験でピロリ菌への殺菌抗菌作用が注目されてるんですって」 「だが彼は整形外科医だよな、なんでいきなりピロリ菌?」 「それがわからないから首を傾げていたんです。とりあえずその箱買って帰るんで、テープしといてください」 「あいよ」  三葉が昨年末に婚姻届を出し、苗字を日下部から大倉へと変えた後も、彼女は変わらずここ、新宿広小路薬局で働いていた。酔っ払いの相手をしたりラブホへ突入するカップルに精力剤や避妊具を売りつけたり、近くにある病院の処方箋を取り扱ったり、毎日がバタバタである。  クリスマスのダブルプロポーズ以来、学生時代から住んでいたアパートを引き払って琉が賃貸契約した中央線沿線のワンルームマンションで夫婦となったふたりは暮らしているが、互いに仕事が忙しいためなかなか落ち着く暇がない。  それでも結婚し、一緒に暮らしだしたことで、以前よりも絆は太く、強固なものへと進化している。  ――ときどき何考えているのかわからないのは相変わらずなんだよなぁ。  出勤前にテーブルに置かれていた「薬局のハチミツ買ってきて」という謎の伝言。義父がピロリ菌の除菌を考えていると言っていたときにハチミツも良いとのはなしは耳にしていたけど……  スーパーやコンビニでもハチミツは買えるのに、あえて薬局のハチミツを所望する夫が何を考えているのか、未だに妻はわからない。    * * *  お正月明けに琉の実家へ顔を出してから三ヶ月。新年度がはじまったことで病院勤務の琉も外来のシフトが変わり、金曜日の夕方までしっかり働かされるようになっていた。  前まで金曜日は午前で外来が終わっていたこともあって、琉は定時上がりで恋人の三葉を職場まで迎えに来てくれたのだが、いまは金曜日も夜遅くまで病院にいることが多い。世間では新婚と呼ばれてもおかしくないふたりだが、結婚したとはいえ恋人気分はまだまだ抜けそうにない。 「あれ、琉、せんせ?」 「今日は俺の方が早かったな」  鍵をまわして玄関のドアを開いた途端、待ち伏せていた琉に抱きしめられる。 「早かったんですね」 「当直のシフトを飛鷹に交換させられてな」 「それはまた珍しい」 「月末の合コンに目当ての子が来るんだと」 「あぁ、なるほど」  何がなるほどなのかはわからないが、結婚して一緒に生活をはじめた琉と三葉に対抗心を燃やして自ら婚活に目覚めた同期の泌尿器科医、飛鷹のことが簡単に思い浮かんだ三葉である、くすりと笑いながら琉に頷けば、彼も苦笑しながら彼女に告げる。 「まったく。俺の奥さんに目をつけていたくせに変わり身の早い奴だ」 「それって……ン」  いや、さすがに同期が恋人と結婚したら横恋慕なんかしませんよと三葉が不服そうに顔を見上げれば、ひょいと顎を掬われ、口づけられる。  脳髄まで届きそうな深い接吻に絡みとられた三葉は、鞄を玄関に落としてしまう。ガチャン、というガラスの音で、琉と三葉は顔を見合わせる。 「……ハチミツ、瓶割れてないかな?」 「……お、おぅ」    * * *  箱のなかのハチミツは無事だった。瓶の周りに保護用のビニールクッションが巻かれていたからだ。 「けっこうゴツい音したけど大丈夫だったな」 「開封前だったのが幸いでしたね」  ソファでくつろぎながらふたりはハチミツの小瓶を見つめる。滋養強壮、唇をはじめとした皮膚の保湿に、と記された箱を一瞥した琉は、「まあこんなもんか」とつまらなそうに呟いて小瓶を手に取る。 「お義父さまに送るのですか」 「まあね、興味があるみたいだからとりあえず薬局で取り扱っているものの方がハズレがないかなって」 「でも、生薬としてのハチミツの効能を求めるなら別に薬局のハチミツじゃなくても天然物なら大丈夫だと思いますよ?」 「そうなのか?」  キュポ、という小気味良い音とともに瓶がひらき、独特の香りが部屋に漂いだす。  ティースプーンで一杯掬いとった琉は、楽しそうに説明をつづける妻を見つめている。 「ハチミツの国際定義は『植物の花蜜、植物の生組織上の分泌物、植物の汁液を吸う昆虫が排出する物質からミツバチが集め、物質を変化させ、貯蔵・脱水を経て熟成させた自然のもの』なんです。だから食べやすくするために栄養分となる花粉を取り除いたものや加熱処理したもの、でんぷんなどを加えた加糖ハチミツや脱色や脱臭の処理をした精製ハチミツは薬品にならないので、お義父さまが健康のために継続して摂取するなら天然物に勝るものはな……って聞いてます?」 「うん、これは雑蜜かな」 「そこまでは知りませんよって勝手に何味見しているんですか!」 「俺のためにわざわざ調べてくれたんだね、ハチミツが消化性潰瘍の伝統的な民間薬として知られていることを」 「そうです、イギリスで胃がんの発生率が極めて低いのは天然ハチミツを日々摂取する機会が多いからじゃないかという研究データが……っ?」  ハチミツを口にしていた琉がふいにこちらを向き、三葉の身体をソファへ押し倒す。ふれあう唇から、とろりとしたハチミツが流れていく…… 「蘊蓄は親父に聞かせてやれ。それより薬用とはいえ美味しいよな?」 「んっ、な、甘……っ!」  口移しでハチミツを飲まされた三葉は薬とは思えない甘味に目を丸くして、琉を見つめる。  いつの間にか三葉に覆いかぶさりハチミツ味のキスを唇以外の場所にもはじめた琉に、彼女の思考も霧散する。 「天然ハチミツも良いけど、天然な三葉のことも食べたくなっちゃったな」 「……そ、それはいつものことじゃ」 「身体にハチミツ塗ってもいい?」 「生クリームで凝りました!」  クリスマスにケーキのクリームを裸の胸にこぼされ、それを舐めとられたことを思い出してぶんぶんと首を振れば、琉はニヤリとほくそ笑む。 「口移しだけで満足なの?」 「……満足ですよ?」  そもそも薬用ハチミツはラブローションじゃない、と三葉が言い返せば、琉はじゃあ、ローション使おうか? とワクワクした表情で問いかける。  身体中にハチミツを塗られるのと、ローションを塗られるのと、どちらがマシかと考える暇もなく服を脱がされた三葉は、結局彼のハチミツ味のキスに惑わされながら、ヌルヌルローションプレイに興じる羽目に陥るのであった…… “劇薬博士の溺愛処方――はちみつの日番外編・薬用ハチミツにまつわるエチュード”fin.
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