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ハロウィン番外編 コスプレ博士と包帯乙女(前編)

 残暑が落ち着き長雨の季節も終わり、ようやく過ごしやすい季節になった十月半ば。  新宿広小路薬局の店頭で、今日も薬剤師日下部三葉は恋人たちや屈強なおじさん相手に精力剤を売りつけている。 「そういえばもうすぐハロウィンなんですよね」 「ああ、ショーウィンドウや街のディスプレイが笑っちゃうほどオレンジ色になってるアレね」  むかしはそれほどオレンジ色に染まってなかったのになぁと店長が苦笑を浮かべているのを見て、三葉も頷く。  交通事故で長いこと入院していた叔父、日下部薫は九月にリハビリを終え、無事に職場復帰した。一年ちかく主が不在の薬局で店長代理を勤めていた三葉に、病院に戻りたいなら戻っても構わないぞと言ってくれた彼だったが、辞表を叩きつけてこちらに雇ってもらった身としてはそう簡単に戻れるはずもない。事情を知っている調剤事務の叔母の一言で、三葉は引き続きこの薬局に残って仕事することになった。 「三葉ちゃんはコスプレしないの?」 「しませんよ」 「可愛いと思うんだけどなぁ。若いうちだけだぞ?」 「店長、四捨五入して三十路になる姪っ子にコスプレをオススメしないでください」 「じゃあ、恋人の前だったらするの?」 「それセクハラですよ……と、とにかくコスプレはしません!」  恋人であり前の職場の整形外科医である琉との交際も順調だ。ホワイトディにもらったペンダントは肌身離さず毎日のようにつけているし、毎週の逢瀬も変わりなくつづいている。  今年の夏は仕事で忙しくてふたりでゆっくりすることは叶わなかったが、遅い夏休みを取った琉が先月末に実家に帰って部屋の片付けをしたという話を聞いてからはなぜか落ち着かない気持ちになっている。  ――夏休みはバラバラだったけど、年末年始なら一緒に休めるよな。俺の両親に、三葉を紹介したいんだ。  珍しく真面目な顔で口にした彼の言葉を思い出して、三葉ははぁと溜め息をつく。ちゃんとしたプロポーズはまだだけど、自分たちの結婚は秒読み段階に来ているらしい。彼のことだから、クリスマスあたりにまたサプライズを準備してそうだなぁ、なんてことを思いながら棚に置かれている商品の配置を直していたら、店長に止められる。 「あ、こっちのはそろそろ廃棄処分だからダンボールに入れておいて」 「え、まだ使えますよね?」  叔父が指さしたのは一般的な、どこにでも売られているような包帯である。通常、包帯に使用期限はなかったはずだが……裏返して納得する。ああ、これは商品にならない。 「滅菌処理の使用期限は三年だ。たとえ開封されていなくても、これはもう店には出せないよ」 「そうですね。次のゴミの日にまとめて出しちゃいましょう」  棚の上で埃を被っていた売れ残りの滅菌包帯を取り除き、三葉はがらんとしたスペースを雑巾で水拭きして、新しく入荷した商品を並べていくのであった。    * * * 「……ってことがあったんです。琉せんせ?」 「包帯の使用期限か。考えたこともなかったなぁ」  金曜日の夜。マンネリ化しつつも居心地の良いいつものラブホテルでピザを注文してアダルトコンテンツを眺めながら夕飯をしていた三葉が琉に包帯の話をすれば、彼もほう、と面白そうな顔をして聞いてくれる。  ちなみに今日は三葉に月経が訪れているため、性的な接触はお預けの日だ。ラブホの室内にあるおおきなベッドの上で穏やかに過ごしながら、ふたりはいちゃついている。 「まぁ、病院の備品関係は俺が受注しているわけじゃないからな。薬局に卸すのとはまた事情が異なるんだろう」 「だけど勿体無いですよね、滅菌の効果が失われただけで、包帯としてならふつうに使えるんですよ? 琉先生、使いません?」 「こらこら、医療用として使えないから処分しろって店長が指示したんだろ? 三葉くんが勝手に俺に横流ししたところで、病院では使えないよ」 「ですよねー」  もったいないなぁ、と呟く三葉を見つめていた琉は、そうだ、と何かを思いついたように彼女に告げる。 「その包帯、まだゴミに出してないんだよな」 「うん、ゴミの日は火曜日だから……先生?」 「いいこと思いついた。週明けに引き取りに行くから店長に伝えておいて」 「え? 仕事じゃ使えない包帯ですよ?」 「いいのいいの、むしろ好都合さ」  ふふ、と不敵に笑う恋人を見て、三葉は目を白黒させる。こういう表情をしているときの彼は、危険だ。いったい何に使うのだろう…… 「今度逢うときに三葉にも説明するよ。あー、楽しみだなぁ」  そう言って機嫌良さそうにキスをはじめる琉にぎゅっと抱き寄せられたから、結局深く問い詰めることもでいないまま、三葉は彼とのキスに溺れてしまうのだった。    * * *  十月下旬を迎えて、世間はハロウィン一色に陥っている。薬局も、叔母が趣味で作っている折り紙のお化けやカボチャのディスプレイによって、全体がふだんよりも明るいオレンジ色になっていた。  月末のハロウィンの夜に琉と約束した。街はきっと騒がしいから、俺の部屋に来ないか、と珍しく誘われたのだ。  琉がいま暮らしているワンルームマンションは、八月にできたばかりの新築物件である。職場から近いからとあっさり引っ越した彼の新居に、三葉が遊びに行ったのは一度きり。あのときは家具も置かれていないダンボールばかりの部屋で、真っ昼間から立ったままセックスしてしまい、恥ずかしい思いをしたものだ。  あれから二ヶ月。彼の住処はいま、どうなっているのだろう。 「いらっしゃいま……あ、琉せんせ」 「迎えに来たよ、三葉」  仕事を終えた黒いスーツ姿の琉が、ふだんどおりに閉店間近の薬局に現れる。既にレジをしめようとしていた叔父が彼を見てニヤリと笑い、三葉をせっつく。 「あとはこっちでやっておくから、早くいっておやり」  白衣を脱いで、カウンターで待つ琉の傍に行けば、彼もまた嬉しそうに三葉の手を取り、いそいそと店の外へと連れて行く。  ふだんより言葉数の少ない彼を不審に思いながらも、そのままタクシーに乗せられた三葉は彼によっかかっているうちにうとうとしてしまった。  時間にしてみればほんの十分ほどだが、ぐっすり眠っていた三葉は、着いたよ、という彼の声でようやく意識を浮上させ、一足先にタクシーから降りていた彼の背中を慌てて追いかける。 「……琉せんせっ、待ってってば!」 「ごめんね、先に出ちゃって……だけど三葉くんを驚かせたかったから」 「――え」  彼が部屋の扉を開いて三葉を招き入れ、ようやく視線が合わさったそのとき……琉の目の色が、異様なまでに赤いことに彼女は気づく。それはまるで、血のようなあか。 「ハッピーハロウィン、三葉くん。怪物の部屋へようこそ」  恋人を抱き寄せてニヤリと笑う彼の口許からは、にょきっと鋭い牙がのぞく。黒いスーツに紅玉のような瞳に尖った牙……あろうことか彼は吸血鬼のコスプレをしていたのだ! 「今夜のキミは生け贄の乙女になって、俺と気持ちいいことをするんだ……いいね」  驚きで目をまるくする三葉に、怪物と化した恋人が、淫らなイタズラを仕掛けてくる――……!
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