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七夕番外編 * 短冊より愛を込めて

 薬局のカウンターの横には場違いな大きさの笹の葉が立てかけられている。  レジを締めおえた三葉は折り紙で作られた鶴や輪飾り、紙テープを使って編んだ星やハートのオーナメントをうんうん唸りながら飾り付けていた。   「もう七夕の準備か……」 「そうなんですよ琉せんせ、一緒に飾りつけします?」  六月最後の金曜日の夜、地域医療センターでの仕事を終えた三葉の恋人はいつものように閉店間際に訪れて、白衣姿の彼女を待っている。  閉店後にいそいそと七夕飾りの準備をはじめた三葉を見て、琉もまた頷き、そうっと折鶴を手に取る。 「立派な笹だな。棚の商品が隠れそうだ」 「飾り付けがおわったら自動ドアのところに置くので、カウンターの商品棚には影響しませんよ」 「そうか」 「先生が手伝ってくれて助かります、ひとりでこれぜんぶ飾るとなると九時半すぎちゃうだろうなって思ったから」  三葉は苦笑を浮かべながら輪飾りを笹にくくりつける。折り紙を細く切って作られた輪飾りは、調剤事務の叔母が仕事の合間を縫って作ったものだ。毎年この季節になると、叔父夫婦は七夕飾りを店頭に出している。クリスマスのときはカウンターの上にちっぽけなオブジェを置いただけだったのに、なぜ七夕飾りがこんなに立派なのかは謎のままだ。   「それなんだが」 「はい?」 「来週は、学会で一週間くらい東京にいないから逢えない」 「そうですか」 「え、それだけ?」 「残念だけど仕方ないですよね、お仕事なんだもの」 「……」  淡白な恋人の反応を前に琉はため息をつく。  一年に一度の逢瀬を楽しむ織姫と彦星のようにロマンチックな展開をすこしだけ期待していた琉だったが、三葉の困惑した表情に気づいて首をかしげる。   「どうかしたか?」 「あれ、短冊がないなぁ……」  毎年鈴なりに飾られる思い思いの願い事がしたためられた短冊が、見当たらない。まだ一週間以上余裕があるから今すぐ飾らなければならないわけではないが、飾りが入った段ボールのなかに入っていなかったので、三葉は戸惑っている。 「三葉くんも短冊に願い事を書くのか?」 「子どもの頃から叔母に頼まれて毎年書いてますよ……」  そういえば今年はまだ書いていない。七月に入ってから準備するのかもしれないな、と三葉が頷いたのを見て、琉は笑う。 「どんな願い事?」 「子どもの頃は物欲的な願い事ばかりでしたね、学生時代は受験合格や国家試験合格、あと就職祈願」 「……そっか」  真面目に返すと、琉が遠い目をしている。なにかへんなことを口にしてしまっただろうか。 「ちなみに今年の七夕は何をお願いするつもりだったの?」 「商売繁盛」  きっぱり言い切られて琉は苦笑する。店頭に飾られる短冊だからプライベートなことは避けているのかもしれない。 「先生だったら何て書きます? 短冊」 「そうだなぁ……」  ちゅっ、と軽く三葉の唇を奪って、琉は呟く。 「ずっと三葉くんと一緒にいられますように、かな?」    * * *  六月最後の逢瀬に選んだホテルは、繁華街の大通りからすこしはなれた場所にあった。琉がラブホ検索アプリで見つけてきたらしい。 「こんなところに、こんなホテルありましたっけ」 「改装工事かなんか行ってたんじゃない?」 「はあ」 「雰囲気あっていいと思わない?」  夜でもライトアップされているからか、白っぽい……クリーム色みたいな明るい色合いの建物の入り口には、『ファッションホテル・ルナティックラブ』とちいさく記されている。  琉がいうにはひとつひとつ趣向がこらされている内装がウリだそうで、パネルに表示された部屋はどれも個性的だ。  あいにく空き部屋が限られていたため、今回は二階の比較的シンプルな部屋になった。  三葉は「ピンクの部屋なんてのもあるんだ……!」と目を輝かせている。 「残念、ピンクの部屋は人気だからなかなかとれないんだって」 「空いてるときに来られたらラッキー、ってことですね」  ふふ、とエレベータに乗り込んでキスをして、三葉は微笑む。ふだんとは違うラブホテル、はじめのうちは戸惑いもあったけれど、いまでは琉と自然に楽しめるようになっている。  扉を開ければそこは森林浴でもできそうな爽やかな内装の部屋だった。まるでジャングルにダブルベッドを設置したみたいな、ハダカで生活していても誰からも文句を言われなさそうな悪く言えば原始的で、良く言えば開放的な部屋。 「パネルで見たときはもっと淡い色合いだと思ったんだけど、なんだか熱帯雨林のなかに迷い混んだみたいだね」 「だけどこれはこれで素敵……」  そういえばホテルのロビーにもボタニカルな絵が飾られていた。どことなくエキゾチックな内装は、まるで南国に旅行しに行ったかのよう。 「新婚旅行みたい?」 「……っ!」 「冗談だよ。まだプロポーズもちゃんとしてないのに気が早いよね」  そう言いながらとっとと服を脱ぎはじめる琉。慌てる三葉に、彼は囁く。 「七夕の夜に、織姫と彦星は逢えるのに、俺は君に逢えないんだ。そのぶんいっぱい抱いてあげるから、覚悟して」 「……もうっ」    * * *  ――結局、朝まで抱かれっぱなしだったなぁ。  早漏をセーブした努力の成果か、最近の琉は三葉を啼かせるだけ啼かせてからコンドーム越しに果てるようになった。もちろん、ゴムは三葉が自分のお店で琉のためにセレクトしたものだ。  先日の夜も体位を変えては三葉の悦いところを擦りたて、よがらせて、快楽の波をコントロールした。深緑の熱帯雨林のような部屋で、彼によって淫らに仕立てられ、最後は備え付けの麻縄で両手首を拘束されたまま、さんざん苛められるようなセックスをしてしまった。泥のように眠って、目覚めたらひどい腰痛だ。  おまけにその翌日から月のものが訪れた。チェックアウトの際に気づいた三葉が告げれば、琉にひどく心配されてしまった。  さいわい生理痛は軽いし、琉に逢えないあいだに終わるから大丈夫、と告げれば、無理するなよ、と甘い口づけを返してくれた――……  カレンダーは七月に入っている。琉は大阪の方で行われるという整形外科学会、だったかリハビリテーション学会、だったかその両方だったかとにかくお仕事のため先ほど上野から新幹線に乗ったとのメールを送ってきた。体調は大丈夫か? と心配する一言も添えて。あの夜のことを思い出すと身体が疼いてしまうのは、彼による調教にも似た愛の行為の帰結だろうか。  はぁ、とため息をこぼす三葉の背後から、叔母の声がかかる。 「三葉ちゃん、いまお客さんいないみたいだから、レジ横の引き出しに入ってる短冊飾っといてよ」 「あ、こんなところにあったんですね」  琉と飾りつけをした笹の葉は自動ドアのところに設置済みだ。あとはこの短冊をひとつひとつ飾るだけ。  馴染みの客や親戚の子どもたちに頼み込んで作る二十枚前後の短冊には「借金返済」や「競馬で勝てますように」というアダルティなものから「プリンセスになりたい」「ゆーちゅーばーになりたい」という子どもたちのものまでさまざまで、思わず読みふけってしまう。  接客をはさみながら短冊を笹の葉に吊るした三葉は、見慣れた人物の筆跡を見つけ、目をまるくする。  ――これ、先生の文字、だよね? 「叔母さん、今年も馴染み客と親戚の子たちの願い事を短冊に書いてもらったんだよね?」 「そうよー、三葉が仲良くしてる地域医療センターのお医者様、三葉ちゃんが早帰りした水曜日の夜にたまたまふたりでいらしたからそのときに一筆書いてもらったのよー」 「!?」  たしかに琉が書いたものらしき橙色の短冊ともう一枚、黄緑色の短冊にも馴染みのある丸文字が……これは飛鷹先生だ。 「ふたりとも面白いこと書いてたわね」 「……これ、お店の笹の葉に飾っていいんですか」 「いいんじゃない? へるもんじゃないし」  琉の職場の同僚である飛鷹は「三葉ちゃんみたいな彼女がほしい」……いやこれ単純に「彼女がほしい」だけでいいよね? なんで固有名詞を短冊にわざわざ書き込むかな? ……という願い事だし、恋人の琉に至っては「三葉さんを俺にください」と……いやだからこれ短冊だから! なんでお客さんが見てくれる短冊に固有名詞をばっちり書き込むかな? しかも俺にくださいってなんで結婚を申し込む体で短冊に書くの!? 「三葉ちゃんモテモテね。おばちゃん結婚式に呼ばれる日も近いかしら?」 「……あ、あはは」  乾いた笑みを浮かべる三葉だったが、空白の短冊を拾い上げ、真顔に戻る。 「最後の一枚は三葉ちゃんに残しておいたから。すきなこと書いて飾りなさい」 「すきなこと……」  商売繁盛、と書こうと思っていた三葉は、思い直し、ボールペンを走らせる。 「……よし」  うん、と頷いて笹の葉のてっぺんに飛鷹の短冊を飾る。その下に、琉の短冊と並ばせるように自分の短冊を吊るして。 「写真撮っていいですか?」 「いいわよー、彼氏に送ってあげなさい」  三葉の願い事を確認したわけでもないのに叔母は楽しそうに快く応えてくれた。パシャリ、スマホで撮影した写真をメールに添付して、琉に送る。  ーーこれがいまのわたしのせいいっぱい。  七夕の、星祭りの夜が終わったら、彼はどんな顔をして逢いに来てくれるだろう?    * * *  新幹線のなかでうとうとしていた琉は、恋人からのメール着信で覚醒し、先日飾りつけした笹の葉の写真を見てほくそ笑む。  あの日の夜も素晴らしかった。もはや彼女にしか欲情できない自分は、さまざまなシチュエーションで彼女を淫らにうつくしく魅せて、貪るように堪能してしまう。遅効性の毒薬みたいにいまもなお彼を翻弄させる彼女の艶姿を、今週は味わえないのだなと思うと残念だが仕方ない。 「ったく……なにが商売繁盛だよ」  添付された笹飾りの写真をズームアップすると、短冊の願い事も難なく読み取れる。きっと琉に対する意趣返しなのだろう。苦笑を浮かべ、いとおしそうに画面を見つめる彼の瞳は優しく凪いでいる。  琉が書いた「三葉さんを俺にください」の橙色の短冊の隣に、三葉が書いた薄紅色の短冊が並んでいる。その文面は……  ――琉せんせいのお嫁さんになれますように。 “劇薬博士の溺愛処方 七夕番外編 fin.”
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