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ホワイトディ・エチュード(前編)

 真っ青な空の下で学生カップルのように手を繋いで、琉は嬉しそうに三葉に声をかける。 「次はこれ乗ろう!」 「えぇ、琉せんせいまた絶叫系ですか?」 「土日に行くと混雑していて乗れないんだぞ。せっかく空いているんだし、楽しまないと」 「ん、それもそうですね!」  三月十四日木曜日。病院のシフトが休みの琉は、この日のためにと隣県にある遊園地のワンデーパスポートを手配していた。休診日が多い木曜日なら、調剤薬局の仕事もそれほど忙しくないし、月末月初の繁忙期からもはずれているため、三葉も休めると配慮してのことだ。  先月のバレンタインのあと、叔母にシフトを調整してもらい今日を迎えた三葉は、平日の朝からの健全なデートという社会人になってからは経験することのなかった新鮮な状況に心をときめかせている。クリスマスのときも映画を見たりご飯を食べたりしたが、彼の車に乗せてもらうのは初めてだった。  早朝からアパートの前まで車で迎えに来てもらい、高速道路に乗って約二時間半。サービスエリアで朝食をとった後、ゆるやかな山道を登れば緑の木々に囲まれた非日常的な世界が顔を出す。  ホワイトディだからか、地元の学生カップルの姿が多い。けれども平日の午前中から駅からわざわざバスか車で移動しなければ辿り着けない郊外の遊園地に遊びに来る客の数はまばらで、どこか閑散としている。  それにいまの季節はスギ花粉のピーク。軽度の花粉症の三葉はマスクにだて眼鏡、つばの深い帽子を被り、事前に眠くなりにくい一日一回の内服薬を飲み、水筒には家から淹れてきた甜茶を用意してこの日にのぞんだ。  辛いなら室内のアトラクションにするよ、とはじめのうちは花粉症のマスクをしている三葉を気遣ってくれていた琉だったが、彼女がせっかくこの日のために対策してきたのだと言い張ったこともあり、午前中だけでも外のアトラクションを楽しもうということになった。  都内よりも標高が高いからか、風は冷たい。けれど、あちこちアトラクションをめぐるにつれて寒さは気にならなくなった。  ジェットコースターにメリーゴーラウンド、海賊船にコーヒーカップ……  三葉の目元が心底楽しそうにしているのを確かめた琉は、クリスマス以来のデートらしいデートが彼女のお眼鏡にかなったことを確認し、嬉しそうに次の乗り物の列に並ぶ。  ふたりは子どものように次から次へとアトラクションに挑んでいく。    * * * 「っくしゅ」 「大丈夫? そろそろ室内に入ろうか?」 「で、でもまだぜんぶの乗り物制覇してませんよ?」  琉先生はせっかくの全休、ふだんはできないことを楽しみたいと言っていたのだ。学生カップルのような平日遊園地デートで全アトラクション制覇とか、子どもに混じってスタンプラリーとか、出店に並ぶホットスナックを買い占めるとか、パレードの列を追いかけ回すとか……  三葉が首を傾げれば、琉はくすりと笑い、彼女が被る帽子のつばをそうっとめくり、ちゅっ、と額に口づける。 「――!?」 「今日がなんの日か忘れたの?」 「ホワイトディ、ですけど」 「なんだか俺ばっかり楽しんでいるみたいじゃないか。俺は三葉と一緒に楽しみたいんだ……まさかきみがそこまで花粉にアレルギー症状を持っているとは思っていなかったんだよ。ごめんよ、花粉が辛いなら今度は花粉がない時期にまた休みを取って行けばいいんだから」 「いえ、そ、そんな謝らないでくださいせんせ……っくしょんっ!」  くしゃみが止まらなくなった三葉に潤い効果がある高級ポケットティッシュを手渡し、琉はマスクを持ち上げちーんと鼻をかむ恋人に優しく告げる。 「時間的にも遊園地はここまでだな。美味しいご飯を食べに行こう」  こくりと頷く三葉を引き連れ、琉が向かったのは遊園地から車で五分のリゾートホテルだ。十年前に遊園地に遊びにきた観光客向けに建てられた別荘風の宿泊施設は、古いものの手入れがされていて、駐車場には日本語だけでなく英語や中国語の表記の案内板も掲げられている。  三葉たちがロビーに入ったときにもおおきなスーツケースを持った外国人の家族連れの姿が見受けられた。  ロビーで休憩のための部屋を取った後、宿泊客でなくても利用できるレストランでようやく三葉は帽子とマスクをはずしてふぅと息をつく。 「花粉さえなければなぁ」  まだ肌寒さは残るものの、山の涼しい空気はとても美味しかったのにと残念そうに呟く琉に、三葉はだて眼鏡を外しながら微笑を浮かべる。 「でもでも、久しぶりの遊園地、楽しかったです!」 「そう? 喜んでくれたなら、いいけど」  はっくしょん、と可憐なくしゃみをひとつしてから、三葉はこくこくと首を縦に振る。恋人の愛らしい仕草を見つめながら、琉はテーブルに並ぶ料理に舌鼓を打つ。  車の運転をしているため、琉はノンアルコールビールだが、三葉には赤ワインを注文する。どうして自分だけアルコール? と不思議そうな表情をする三葉に、琉はくすくす笑っているだけだ。 「赤ワインを見るたびに、バレンタインの夜のかわいいきみを思い出すからだよ」 「あれは……っ!」 「それに、仔牛のステーキに赤ワインはよく合うだろう?」  先月のバレンタイン。よかれと思ってワインレッドの扇情的な下着ベビードールを着た三葉だったが、昼間からその話題をふられると恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまう。  黙りこんでフォークとナイフを使いはじめる恋人を見つめながら、琉はバレンタインの淫らな夜を思い出す。  彼女が渡してくれたチョコレートの味などもはや覚えていない。琉が覚えているのはいつものホテルでふだんとは違う姿で現れ身体を重ねた恋人のことだけだ。ベビードールを脱がずに及んだ行為は刺激的で、彼女と貪った快楽はチョコレートよりも甘くて美味。彼女が意識を飛ばすまで蜜壺を貫いた楔の熱い感覚は、今思い出しても心を躍らせる。  あのとき告げた「ホワイトディも覚悟しとけよ」という言葉を、彼女は覚えていないだろう。けれど、琉は彼女をもっと悦ばせたいと、バレンタインの翌日から舞台を整え、今日を迎えたのだ。彼女はふつうのデートだと思っているようだが、お楽しみはまだまだこれからなのである。  ステーキを美味しい美味しいと頬張る恋人に、この後さらに甘いホワイトディのお返しをするのだと、ほくそ笑む琉の下半身は既にズンと重たくなっていた。
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