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終幕 かわせみは籠のなか

「アマネの嘘ツキ。やっぱり嫌いっ……っ」 「ごめん、ごめんよ翡翠。もう嫌いだなんて言わないで」  皓介から翡翠を奪還したアマネは、帰りの車のなかで舞台衣装がぐしゃぐしゃになるのも構わず、翡翠をがむしゃらに抱いた。舞台に元婚約者を呼んだ彼のほんとうの心が見えないと嘆く彼女の誤解をとくために、一心不乱に愛を囁き身体をひらく。スカートのなかへ入り込む彼の指は冷え切っていて、秘処を探るそれはまるで氷の塊のようだったけれど、翡翠の火照った身体には心地よく、そのまま指で達してしまう。  アマネのもう片方の手に口を塞がれ、声を押し殺したまま達した彼女の濡れそぼる蜜口へ、ドレスをたくしあげたアマネが剛直で一息に貫く。初めて抱かれた夜以来の深い充足感に、翡翠はあぁ、と涙を零す。  つながった状態のまま、車のなか、翡翠は彼の上でがくがくと揺さぶられ、軽く意識を飛ばす。金糸雀百貨店に戻る直前に、アマネも翡翠の膣奥で果て、一緒に慌てて身なりを整えた。 「――おかえり、新たな歌姫どの」  アマネに迎えられ、金糸雀歌劇団に戻った翡翠は誠から話をきき、自分が試されていたのだと痛感した。  金糸雀歌劇団という組織の背後には旧王朝派の人間が関与しており、朝周の花嫁候補にあがった日の本の公家華族出身の翡翠を追いだそうとしていたのだ。  元婚約者と強引に引き離された彼女を哀れに思ったアマネははじめ、その計画に乗った。だからわざと彼女に嫌われるよう破廉恥な態度の金城朝周を演じていたが、誤算が生じてしまう。 「もう、嫌いだなんて言わせないから……ずっとこの鳥籠のなかで、俺のためだけに啼いて」 「――っ! アマネ、だめっ達っちゃうのぉ……」  周もまた、翡翠に恋してしまったから。  歌姫になるためなどという嘘を信じ込ませ、卑劣な手段で女装中に彼女の身体を調教し、自分の色に染めていくうちに、彼女のいない日常が考えられなくなってしまった。  嫌われても構わない、そう思いながらも心の底では嫌いにならないでと叫んでいた。  翡翠を誰にも渡したくないと、静鶴の計画に従うふりをした……アマネは皓介に彼女を諦めさせるため、蝶子とともに初日の舞台を観てもらおうと手配した。けれどもそれが裏目に出て、今回の騒動に発展してしまった。こうして鳥籠に舞い戻ってきてくれた翡翠を抱く都度、独占欲は深まるばかり。 「いいよ、何度でも達って。俺の腕のなかで」 「はぁんっ……ま、待ってアマネっ……また何か来る……来ちゃうのんっ」  金糸雀歌劇団に翡翠が橘かわせみという名の歌姫として華々しくデビュウしたことにより、金糸雀百貨店は連日客が押し寄せ、その結果、売り上げもあがった。  公演初日に起きたかわせみの誘拐未遂は警察沙汰にはならなかったものの、横濱港の現場を目撃した人間が華族のなかにいたのだろう、一部で歌姫に一目惚れした若き貴公子の暴走だと囁かれ、彼女を迎えに来た際に現れたアマネの態度から、今度の歌姫は首位歌姫のお気に入りだとまことしやかに噂されるまでになってしまった。 「ふふ。きつく締めつけちゃって……たまらないよ」 「アマネ、も、もう、腰、動かさないでっ……壊れて、しまいますっ」 「でも、気持ちいいんでしょう?」 「ぁああっ……それ、良い、良いのぉ……」  そしてまた観客が増える。売り上げもあがる。誠はよくやったと翡翠を褒める。けれど翡翠は褒められるようなことは何もしていないと苦笑する。  あれから何度もアマネと身体を重ねて、お互いの気持ちに素直になっているだけで。 「俺も、翡翠に締めつけられて、もう、限界……」  翡翠にあてがわれた部屋の寝台で、毎晩のように身体を貪りあう。  アマネは彼女の前で耳栓をはずし、衣擦れの音から寝台の軋む音から彼女の乱れた呼吸から体内から湧きだす淫らな水音から甘い吐息から絶頂の甲高い声から自分が果てる際の呻き声までつぶさに感じ取る。愛する彼女のすべてをこの一身で受け止めたくて。  彼女の膣奥へ注がれた白濁がふとももまで零れ落ちる。子どもができるかは神のみぞ知る状態だが、なるべく多くの子を成して、いつの日か訪れるであろう静鶴との訣別に備えたいという気持ちも、周のなかにはある。  だってかわせみはみんなの歌姫である以前に、周だけの|歌姫《はなよめ》だから。    * * * 「街中で大声あげられただけでも合格よ」  目論見が露見したというのに相変わらず静鶴はあっけらかんとしている。アマネとかわせみが懇意にしているという噂についても容認しており、美しい歌姫同士が互いを想いあうなんて絵になるじゃないとむしろ嬉しそうだ。  アマネの話から、翡翠は彼女が一連の事件を企てた黒幕だと知ってしまった。  それなのになぜだろう、まったくもって憎めない。  彼女は舞台を愛しすぎている。その結果、舞台の外でも羽目を外してしまうことがあるのだろう。 「静鶴さん……」 「――だけど、朝周くんのお嫁さんになるからって、正妻の座を認めるかどうかは別ですからね!」  そして静鶴が公家華族の令嬢を嫌っていて、朝周と翡翠が結婚することに反対の立場でいたことも知ることになった。結婚する前から姑としての彼女は花嫁をいびりたくて仕方がないらしい。  翡翠もまた、静鶴が結婚を反対する理由に朝周の複雑な生い立ちや事情が関係しているんだろうと理解している。その辺の問題については、近い将来彼とともに解決する必要も出てくるだろう。 「はーい」  けれど、彼女は翡翠が金糸雀歌劇団の歌姫としてアマネの傍にいることを認めてくれた。いまはそれだけで充分だ。 「さぁ、愛すべき歌姫たち。今日も金糸雀の鳥籠のなかで、美しい物語を囀っておやりなさい!」  今日もまた開演のベルが鳴る。  翡翠は舞台の中央に立ち、深紅の天鵞絨の緞帳が左右へひらくその瞬間、高らかに声をあげる。  それは、眠っていた大地が目覚めるようにも見えるし、お腹をすかせていた動物たちが満たされるようにも見える。さらには枯れかけていた植物がみるみるうちに勢いを取り戻し花をつけていくかのように……なにもない場所から色鮮やかな世界は生み出され、鳴動していく。  はじめてアマネを観たときに感じた感動を、今度は翡翠が歌姫となって、観客を魅せている。    * * * 「アマネさん、わたし、みつけました!」  それは『燐寸売り』の公演最終日のこと。新たな歌姫として認められた翡翠のその言葉に、アマネは一拍間をおいて、吹きだした。 「翡翠、あたしが結婚で引退しないですむ方法、まだ探してたの!」 「だって、大事なことじゃないですか!」 「そりゃ、まぁ……ね」  すでに誠に結婚の件を了承しているアマネだが、翡翠はそのことを知らなかったらしい。あれから自分なりに必死になって考えていたのだろう。 「親父サマが提示した条件は、アマネを越えることだけ。だったらわたし、越えなければいいんですよね?」 「でも、そうしたら翡翠は歌姫をつづけないで結婚を選ぶことになるじゃない……俺と」  アマネから周の地声に戻し、翡翠に告げれば、彼女は頬を赤らめ、微笑する。 「そ、そうですけど……そうなったら静鶴さんが黙ってないと思うし、わたしも子どもができるまではまだまだ舞台にも立ちたいから……」  周はいじらしい翡翠を見て思わず抱きしめたくなるがまだ舞台衣装のままだと思いなおし、彼女の言葉を待つ。 「だから、わたし、アマネさんに並ぼうと思います!」 「ならぶ?」 「同率首位歌姫なら、親父サマの条件には当てはまらないでしょう?」 「――だめだっ」  耐えられない。  周の漏らした声が、翡翠の内耳に届く。 「え?」  周の泣き笑いのような表情を見て、何か間違ったことを言ったかと翡翠は焦るが、その不安を口にする前に、周の柔らかい唇に蓋をされてしまった。 「――……っ?」  驚いた表情の翡翠に、ちがうよ、駄目じゃないよと微笑んで、彼女を抱きしめる。 「衣装が皺くちゃになりますっ!」 「構うものか、どうせ千秋楽だ」  そう言って、周はさらに翡翠を抱く両腕にちからを込める。彼女を外へ放つなどもはや考えられないと訴えるように。 「いいね。ふたりでなろうじゃないか、至高の歌姫に」  顔を真っ赤にしたままの翡翠は、彼の言葉に素直に頷く。こうして接吻されるのは嫌いじゃない。身体で愛を交し合うのとはまた違う安心感があるから。 「……はい!」  自分たちは観客に夢を魅せる歌姫。鳥籠のなかで囀り愛と希望を与える存在なのだ。  けれど、鳥籠のなかにいても、ふたりの心は、自由に飛翔をつづけ、声高らかに歌いつづけている。  恋し、愛する悦びをーー……  この先もこれからも何が起きてもきっと。  ふたりいっしょなら。  ――fin.
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