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第参幕 嘘ツキたちの革命前夜 * 2 *

 いっぽう、翡翠は夕刻になって合流した他の仲間とともにお喋りをしている。  演出の静鶴と役者のアマネが揃わないと次の段階に進めないため、基礎練習と台本読みを終えて一息ついた撫子も一緒だ。  ――頑張って隠していること、教えてあげようか?  あのとき、アマネがうたうように口にしていた言葉が、翡翠の心の奥で燻りつづけている。  だからだろう。あの日以来、翡翠はことあるごとに歌劇団の関係者に希代の歌姫、小鳥遊アマネそのひとの謎めいた出自について尋ねるようになっていた。  とはいえ、百貨店での売り子を主要な仕事としている彼らからすると、アマネの存在は異様なもので、案の定、胡散臭いものばかりが目立つ。  だがーーその数日後。  信憑性の高い情報を探った結果、両親が金城家に仕えているという双子の少女たちの発言に辿り着いたのだ。 「あたいたちが歌劇団のお仕事をはじめる前から彼女はここで働いているみたい。親父さまの隠し子って説が一番しっくりくるんじゃないかなぁ? 本人もそれっぽいこと言ってたし」 「そういえば、お母さまとアマネちゃんのお母さまが姉妹だ、なんて話もあったよねぇ」 「御曹司の怪物じみた聴力に」 「アマネちゃんの七色の声音!」 「琉球国の神通力を持つ母君の血の成せる技よねぇ~」 「琉球国の神通力?」 「あれ、翡翠ちゃん知らないの?」 「しっ、ひばりちゃんそれ地雷です!」 「えっ、そうなのすずめちゃん?」  ひばりとすずめと呼ばれる少女たちは翡翠の左右で囀りつづけていたが、首を傾げる彼女を見て、焦りだしている。 「お二方、わたしがここに来た経緯なら知ってるんですよね? なら遠慮はいらないですよむしろどんどん口にしてください」 「と、翡翠ちゃんも言ってますし」 「言っちゃおう言っちゃおう」  翡翠が嬉しそうに肯定すればふたりはふたたび喋り出す。まるで螺子まわしのオルゴールのようだ。 「いまは昔の明治末期、薩摩の国の属国に」 「自治を認められた琉球国が、あったとさぁ」 「そこへ政府がやってきてぇ」 「琉球処分がありましたぁ」 「国をおわれた王族はぁ」 「華族の称号いただいてぇ」 「一族郎党東京へぇ~……」  変な節回しをつけたまま説明をしているふたりを余所に、翡翠はようやく自分がとんでもない場所に嫁ごうとしている現実を|識《し》ることになる。  ――金城って、琉球王国の宮家のひとつだったんだ!  蛮族の浅黒い巨人というのは、琉球国の人間を指していたのだろう。たしかに朝周の傍で臣下のようにしていた靭という名の男性が、まさしくそのような外見だった。 「親父サマは横濱でぇ」 「商売はじめて大繁盛!」  いやぁめでたいねぇと口笛を吹きはじめるひばりとすずめを見て、このふたりもまた、琉球国に先祖を持っているのだろうかと疑問に思う翡翠である。  そんな翡翠の思考を遮るように、低くて心地よい男性の声が割り込んでくる。 「あれあれ? 神通力の話はどうしたの?」  するとぴぃぴぃ口笛吹きながら歌っていたふたりの少女は仔犬のようにじゃれあいながら青年の前へ駆け込んでいく。  アマネよりひとまわり小さい、けれど同じ雰囲気を抱く品のあるスーツ姿の男性が舞台俳優のように現れ、翡翠へ爽やかな笑顔を向ける。 「出ました! お耳の早い御曹司」 「相変わらずの地獄耳ですねぇ」 「|珠洲命《スズメ》に|日波吏《ヒバリ》、お喋りはそのくらいにしておいた方が身のためだよ。怪物じみた聴力を持つ俺サマはあろうことか耳栓を外している。翡翠は俺たちを探っているようだが、すべて流出していることには気づいてるよな?」 「わかってますって、|朝周《ちょうしゅう》サマ!」  ね、と双方から笑顔を向けられ翡翠は硬直する。 「わかっていませんでした……って、ちょう、しゅう?」  彼が並はずれた聴力の持ち主であることすら初耳だった翡翠にしてみれば、自分が彼を探っていることを知られてしまったのは恥ずかしいことなのだが、それより。  彼の名は朝周じゃないのか? 不審に思う翡翠を見て、青年は騎士のように膝を折り、瞳を伏せて彼女に告げる。 「彼女たちの言っていることも事実だよ。俺の名の別の読みは金城、朝、周。朝ってのは|外《と》つ国でいうミドルネームのようなものさ」 「そうなんですか……」 「まあ、親父はそれがイヤだから誠と名乗ってるんだけど……できれば俺も、君だけにそう呼ばれたいな」  だから静鶴だけが誠を朝誠と呼んでいたのかと納得する。そして翡翠の耳元に甘く囁かれた言葉に、鼓動が跳ねる。  ――じゃあ、彼のほんとうの名前は金城、周……しゅう? あれ? もしかして。  あ、ま、ね……?  核心に触れたような気がして、翡翠は隣に立つ朝周の方へ顔を向ける。  けれど翡翠が問いただそうとする前に、ひばりとすずめに遮られてしまう。 「ねぇねぇ、ふたりが結婚するって本当?」 「静鶴さん言ってましたよぉ、どうせ結婚する気ないわよ、って」 「翡翠ちゃんの方から願い下げじゃないのぉ、こんななよなよっとした女みたいな優男、ウチナーンチュとしては残念な限りだしい」 「こらこら、翡翠ちゃん困ってるでしょうふたりとも。で、結婚の話はどうなってるの?」  ひばりとすずめを諌めながらもちゃっかり撫子は追及の手を休めない。翡翠と朝周は互いに瞳を見合わせ、ふっ、と笑いあう。  ――姉弟なんかじゃない、同一人物だ。  琥珀のような彼の双眸に頷かれ、翡翠の青みがかった|黒橡《くろつるばみ》色の瞳が瞬かれる。  ばらばらの情報がここにきてひとつに繋がる。  アマネが毎日履いている靴は舞台映えがするように踵が高い。靴を脱いだら背の高さはいまの朝周と同じになる。それに、ふだんから髪を結い上げているアマネだが、髪を下ろしてひとつに束ねたら、朝周の長さと同じになるはずだ。  極めつけは化粧だろう。毎朝化粧を施したアマネしか見ていなかったから、朝周を初めて見たとき翡翠は気づけなかったのだ。彼女もまた、素顔が幼いことに。  毎日顔を合わせて練習していたアマネが、毎晩翡翠を甘く淫らに啼かせていたアマネが、何を考えているのかわからない自分の婚約者だった。  そのことを確信し、翡翠は愕然とする。  誠が翡翠に結婚させようとしている息子が結婚を拒んでいる理由。それは舞台に歌姫として立ちつづけたいがため。  だから誠は翡翠が歌姫としてアマネを出し抜けば解放すると言いながら、アマネに結婚を受け入れさせるという矛盾した提案を出して息子を試したのだ。どっちにしても結婚という結末に行きつくよう、脚本を描いて。  そしていま、彼は名乗りをあげた。金城周という、真実の名を、翡翠にわかるように……それは、なぜ?  翡翠の身体を愛でながら、しきりと朝周のお嫁さんになっても構わないのよと囁いていたアマネ。  彼は、たしかに最初から翡翠を気に入ったと言っていた。でも、だからといって、アマネの姿で騙し討ちのように自分の身体にふれていたなんて……  翡翠はふつふつと沸き起こる感情が怒りによるものだと悟り、泣き笑いを浮かべる。 「……ありえない」 「え」  押し殺した声が出ていた。自分が立派な歌姫になるためだなんて言いながら、アマネは乙女の純潔を弄んでいただけの最低な男だった。  こんな男と自分が結婚する? ありえない。いくら家の為だからって、素直に頷けるものですか。こんな男性、やっぱり嫌い、大嫌い。  冷めきった表情を浮かべて、翡翠は告げる。目の前で凍りついている朝周を傷つけようと、精一杯の虚勢を張って。 「結婚なんか、しません! ……わたしは、歌姫になって、小鳥遊アマネを追い抜いて、自由を手に入れます」  そして、唖然とする朝周の横を見もしないで通り過ぎていく。和やかな雰囲気をぶち壊して姿を消した翡翠に、残された劇団員たちも、思わず黙り込む。  朝周を襲った翡翠の言葉に、声が震える。 「なんだよ、それ……!」  不埒な想いを隠していたものの、あれだけ翡翠の身体にふれていたのだ。彼女が許してくれるとは思っていなかった。だが、そこまで厭われるとは思いもよらなかった。  ましてや、歌姫になって自由を手に入れてやると、アマネを蹴落とすなどと口にするなんてーー……  嫌悪の感情を真正面から向けられ、恋心を粉砕された朝周は、役者のように台詞を紡いでいた。 「翡翠……歌姫になって俺を拒むというのか……?」  ふだんの自分では口にすることのない、荒れた感情を露出して。 「ならばもう……俺も我慢するのをやめるからな」 「ちょ、朝周サマ……?」 「親父どのに伝えておけ。この公演が終わったら、俺は歌姫業をつづけながら、翡翠を花嫁にする、ってな!」  いまにも泣きそうな表情の朝周が発した押し殺した声に、周囲に戦慄が走る。彼が本気で、翡翠を娶る気だと悟ったのだろう。あれほど嫌われているというのに。  けれども朝周からすれば、これ以上嫌われても怖いものは何もない。怖いのは、自分の前から彼女が消えてしまうこと。そのためならば、彼女を永遠に歌姫にさせなければいい。もう、アマネの姿になって彼女に特訓を施す必要もない。今度は、翡翠に思い知らせてやらねば。自分が歌姫になるために越えるべき壁がどれだけ高いものであるかを……  静鶴に文句を言われようが知るものか。もはや、彼女の幸せのためになどと言って、彼女を鳥籠から解放することなどできそうにない。  自分を拒絶した彼女を手放さないために、朝周はゆうらりと動き出す。  ――今宵自分は、彼女を抱く。  歌姫としてのアマネではなく、婚約者としての金城周として。  すべてをぶち壊す、覚悟を決めて。
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