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第弐幕 黒糖飴と歌姫修行 * 4 *

「はい?」 「こんな時間にごめんね、もしかしてもう寝るところだった?」 「アマネさん? どうぞ、お入りになって!」  百貨店営業も既に終わっている午後の九時半。撫子によるきつい歌唱練習を終え、社員食堂で軽い夕飯を食べた後くたくたになって寮へ戻った翡翠は、九時に閉まってしまう共同風呂に間に合わずその足でシャワーだけ浴び、自分の部屋に戻って荷物のなかに入れっぱなしになっていた薄紅色の夜着に着替えたところだった。  この寝間着は、父親が知り合いから付き合いで買わされたというリボンとレエスがふんだんにあしらわれた仏蘭西製のネグリジェと呼ばれている。西欧の姫君が着用するドレスを彷彿させるたっぷりとした作りになっていて、春から秋までそのまま素肌の上に直に着ることができる便利なものだ。絹の手触りが心地よく、翡翠も気に入っている。胸元がひらいたデザインなので、人前に見せるのは恥ずかしいが、同性のアマネなら、見せても問題ないだろう。 「失礼……ゎ、やっぱりもう寝るところだったんじゃないの!」  とはいえ、翡翠の格好を見て驚いたのか、アマネは扉の前で固まっている。 「大丈夫ですよ。せっかくアマネさんが訪ねてきてくださったんですもの、どうぞ寄っていらして」  朗らかに返せば、アマネは観念したかのように靴を脱ぎ、翡翠の部屋へと足を向ける。床張りの玄関を抜け畳張りの一角に入ると目の前には場違いな寝台と姿見、小さな椅子と文机が絨毯の上でひしめき合っている。アマネからすれば立花子爵邸の愛娘の部屋を無理矢理詰め込んだ忌まわしい場所だが、当の本人は自分の家よりもくつろげているようだ。  百貨店の従業員、歌劇団の歌姫候補としての生活をはじめてまだ一月にも満たないが、この環境に順応している翡翠を見ると、どうにかして追い出そうと考えている自分の方が間違っているのではないかと思ってしまう。  ましてや胸元の膨らみが見える薄紅色のネグリジェを堂々と着こなしている彼女の姿を見てしまった今、アマネの心臓は早鐘を打っている。 「もう……こんな可愛い夜着を着て部屋にいたら、悪い狼に襲ってくださいって言ってるようなものよ?」 「え?」 「……なんでもないわ。ところでお夕飯はもう食べたの? 親父さまが中華饅頭の差し入れを持ってきてくださったから、翡翠にもあげようと思って」 「夕飯なら軽く食べちゃいましたが……中華饅頭?」 「それじゃあお夜食にいかが? 肉まんふたつと、黒胡麻餡子の入った甘~いあんまんがあるわよ」  寝台に腰掛けていた翡翠はアマネに差し出された紙袋を受けとり、鼻孔をくすぐる香ばしい匂いを前に、目を輝かせる。  文机をずらし、アマネを絨毯の上へ座らせた翡翠は、自分は座らずに中身を確認し、文机の上へちょこんと紙袋を乗せる。 「いいんですか? おおきいのが三つもありますけど、こんなに食べられませんよ」 「だから一緒に食べない? あたしまだ昼間から何も口にしてないからお腹ぺこぺこなのよ」 「えっ、そうだったのですか……! じゃあ、お茶を準備しますね。たしか荷物のなかに鹿児島産の紅茶があったから」 「翡翠が淹れてくれるの?」 「はい、そうですけど?」  子爵令嬢としてちやほやされてはいたものの、幼い頃に母親を亡くしている翡翠は、こう見えて一通りの家事を女中から教えてもらっていた。どれも母親がいない寂しさを紛らわすためにはじめたことだったが、父親にお茶を淹れてあげると喜んでもらえたことから、特に緑茶をはじめとした茶葉の淹れ方に興味を持ち、自分でもあれこれ試すようになったのである。  叔母のみどりは翡翠が集めていた茶葉に興味がなかったのか、屋敷に置いておいても無駄だと思ったのか、翡翠の部屋にあった荷物同様、茶葉のコレクションもこちらに運んでいた。そのため、横濱での生活がはじまってからも、一日に一回は自分でお茶を淹れて心を落ち着かせている。翡翠の部屋の隣が給湯室になっているので、ありがたいことにお湯は使い放題だ。 「ちょっと給湯室にお湯もらいに行ってくるので、待っていてくださいね」  パタパタと嬉しそうにネグリジェ姿のままポットを持って部屋を出ていく翡翠を見送り、文机の上で頬杖をついていたアマネはふぅ、と溜め息をつく。 「……手を出すつもりはない、断じてないぞ。だ、だがあんな格好されたら、悪い狼になってくださいって言ってるようなものだぞ?」  そして無造作に中華饅頭が入った紙袋に手を伸ばし、おおきな肉まんを手に取る。  誠から手渡されたときには紙袋からしゅうしゅうと湯気を立てていた肉まんは、まだ温かい。勢いよくかじりつくと豚肉の甘味と肉汁がぶわぁっと口のなかへ拡がっていく。 「んまい。翡翠も喜んでくれるといいな……」  陶器のような素肌をふんわり包んだ薄紅色のネグリジェを着た初々しくも可憐な翡翠の姿は、アマネを欲情させるのには充分な威力があった。  一緒に中華饅頭を食べて、練習で疲れている彼女を労いそのまま帰るつもりだったアマネだったが、彼女の思いがけない姿に興奮し、律していた自分の下半身が重たくなってしまった。  胸元からのぞく柔らかな乳房がまるでふたつの中華饅頭のようで…… 「いけない、いまのあたしはアマネだから、そういうことを考えちゃダメ……だけど」  不意打ちで接吻してきた金城朝周を嫌いだと言っている彼女に、いまの小鳥遊愛間音の姿で言い寄ったらどんな反応を見せてくれるのだろう。演技指導、歌唱指導だと言い聞かせたら、素直に受け入れてくれるかもしれない。初な翡翠を自分の手で甘く啼かせて歌わせて、それから……  思わず不埒なことを考えていたアマネは、翡翠がお湯を持って戻ってきたことに気づき、たるんでいた表情を引き締める。 「アマネさん?」 「あっ、翡翠」 「どうかしました?」 「ごめんね、お腹が空いていたから先に肉まん食べちゃったわ」 「気にしないで大丈夫ですよ、アマネさんずっと食べてなかったんでしょう?」  自分は撫子と食堂で食べてきたからあんまんひとつで充分、と笑って応える翡翠を前に、アマネの複雑な気持ちが揺れ動く。  翡翠はそんなアマネを見てきょとんとした表情を浮かべながら、お茶を淹れる。こぽこぽという音が、沈黙しているふたりの間を流れて、途切れる。 「この鹿児島紅茶は、夜に飲んでも大丈夫なんですよ。どんな食事にも合うお茶だから、中華饅頭にも合うと思います!」 「へえ、紅茶というと外国のものばかり飲んでいたけど、日本でも茶葉が生産されているんだね」 「生産量が少ないから、緑茶と違って有名じゃないんだと思います」  たわいもない話をしながら、アマネは心のなかで問いかける。今から自分がしようとしていることの卑劣さを正当化するために。  ーー静鶴のこともある。これ以上深入りするのは危険だ。けれど、すこしくらいなら、彼女にさわっても許されるのではなかろうか。歌姫になろうとしている彼女を教えられるのは、歌姫である自分にしかできないことだから。 「……そう。ところで翡翠」 「はい?」 「歌の練習、進んでないんでしょう?」  アマネのその言葉に、翡翠の表情が凍りつく。率直すぎる彼女の責めるような視線を前に届いたのは、あまりにも弱々しい返答で。 「……あ、え、う……は、はい」  アマネは不敵な笑みを浮かべる。そしてーー…… 「秘密の歌唱特訓、つけてあげましょうか?」    * * * 「あ……あんっ、うっ……」 「恥ずかしがらないで。声、もっと出してよ」 「あ、あま、ね、さん……っ! 胸元で喋らないでっ」 「ふふ、照れちゃって可愛い」  ーーどうしてこんなことになっているのだろう。  アマネが提案してきた歌唱特訓に素直に頷いた翡翠は、自分のおかれた状況に混乱したまま、彼女の繊細な指と舌によって追い詰められていた。  ふたりで中華饅頭を食べ終え、紅茶を飲んで一息ついたのを見計らったかのように寝台に押し倒され、そのままアマネの手によってネグリジェの胸元から両方の乳房を出されてしまったのだ。中心で結ばれていた薄紅色のリボンもほどかれ、いまも所在なさげに揺れている。  ネグリジェの胸元をはだけさせたアマネは、綺麗なお胸ね、とうっとりとした表情でちゅっ、と左の乳房に口づけてきた。  アマネの仕草ひとつひとつにドギマギさせられ、抵抗することもできずにいる翡翠は、これが彼女なりの歌唱特訓なのだと悟り、恥ずかしそうに目を伏せて首を振る。  けれど、そんな翡翠をアマネは許さない。 「さっきも言ったでしょう? おおきな声を発生させるには、羞恥心を失くすのが効果的。特に、気持ちいいことをされると、高音域が出やすいのよ。今夜はあたしが翡翠を楽器のように奏でてあげるから……」  妖艶な笑みを浮かべるアマネの前で、翡翠は淫らな楽器に変わる。  そのまま両方の乳首をつま弾かれたかと思えば、しっとりとした触感のものにきゅっと吸い付かれ、翡翠は目を見開き悲鳴をあげる。 「な、何を……っ!」 「もっと素直に感じて、声をあげてよ。ほんとうなら、結婚する殿方にしてもらうと気持ちよくなれると思うんだけど……」  意地悪そうに笑いながら乳首を舐めるアマネを前に、翡翠は顔を真っ赤にする。  ーー結婚する殿方と、このような破廉恥なこ、と、を?  思い浮かんだのは金糸雀百貨店に来て間もない頃に出逢った御曹司、金城朝周の姿だ。  けれど、強引に口づけてきた彼に、こんな、肌をまさぐられるようなんて…… 「嫌……アマネさんがいい!」 「あらあら、朝周もずいぶん嫌われたものねっと……」 「あぁっ! あっ! そこ、ダメですっーー」  はぁはぁと息を弾ませる翡翠の乳首を絶えず舐めまわしていたアマネは、彼女の声色に艶が混じりはじめたのを確認して、腰元に絡みついたままのネグリジェをゆっくりと脱がしていく。素肌を包んでいた夜着を失った翡翠は、自分が素裸になっていることに気づき、唖然とする。 「ふふ……宝石と呼ばれるだけあるカラダね。綺麗な形の胸は勿論、吸い付くような白い肌にドレスが似合いそうな腰のくびれ……歌姫になる素質は充分よ。あとは歌唱力と演技力を磨けば、完璧」 「あ……はぁんっ」  全身をくまなく撫でられながら、アマネは翡翠を褒め称え、するりと太もものあわいへと指を進めていく。柔らかな茂みを通り抜け、隠れていた突起を探しだして、指の腹でちょい、と刺激すると、翡翠のちいさな身体がびくりと悶え、あえかな声が漏れる。 「そ、そのような場所……いけませんっ」 「気持ちいい場所だからさわっているの。痛かったらやめるから、いい子でいて」 「ひぃあ……んっ、あぁんっ!」  聞き分けのない子どもを窘めるように、アマネは翡翠に言い聞かせ、秘芽を優しく捏ねていく。  まだ、誰にもふれられたことのない場所を弄られて、翡翠は困惑しているのだろう。けれど、これも歌姫になるための特訓の一環だというアマネの手は止まらない。 「ゃ……アマネさん、な、なんかへんっ」 「濡れてきたみたいね。あたしの指も湿ってきたわ」 「な、なに舐めてるんですかっ……!」 「んー、翡翠が出した甘い蜜、美味しい」  秘芽を弄られたことで翡翠の秘処からじわりと零れてきた愛蜜を指先で掬い上げたアマネは、彼女に見せつけるように口先に運び、ちゅるりと淫らな音を立てて舐めしゃぶる。  その背徳的な仕草に、翡翠の身体がひくんと疼く。 「今夜は、翡翠が上手に声をあげて達することができたらおしまいにするわ」 「達……する?」 「そ。気持ちよくなれると、絶頂に達することができるのよ。あたしが、連れていってあげる」  そして、ふたたび翡翠の秘芽へ指を伸ばし、捏ねたかと思えば、ふいにつまみ上げ、自身の顔を近づけ、れろりと舌で包み込む。 「っ!?」  驚く翡翠をよそに、アマネは彼女のぷっくらと膨らんだ秘芽を舌先で器用にしごきはじめ、その傍らで彼女が逃げ出さないように両方の乳首を手で摘まみ、左右に捻り出す。  三つの場所から与えられる快感に、翡翠の身体は呆気なく陥落する。 「ぁ、ぁあああ――……っ!」  ざらりとした舌先が秘芽の先端を擦れ、勃ちあがったままの乳首も朱鷺色に染まる。  美しく絶頂を迎えた翡翠は、自分でも驚くような甲高い喘ぎ声を発して、そのまま寝台の上へがくりと沈む。  ひくひくと無垢な身体を痙攣させ、失神してしまった彼女を見て、アマネは苦笑する。 「……やりすぎたかな」  何もかもがはじめての彼女に、強烈な快楽を与えてしまった。絶頂を迎えた際に高音域の甘い声を発することは叶ったが、本人はきっと気づいていないだろう。  気を失ってしまった翡翠にそうっとネグリジェを着せ、敷布を被せ、アマネは彼女の耳元でそっと囁く。 「おやすみなさい。特訓のつづきはまた明日……ね」  そしてそうっと部屋から出て、鍵をしめる。今夜の出来事が夢ではないとわかるよう、わざと中華饅頭が入っていた紙袋はそのままにして、アマネは帰る。男子寮の方向へ。  ーー帰ったらこの下半身の猛りを宥めてやらないといけないな、と心のなかで毒づきながら。
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