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三
空港の近くのホテルのロビーに私はタクシーで駆けつけた。
時間は21時を回ったところで、そのホテル内のレストランは殆どがラストオーダーが終わっているのは調査済みだ。
唯一25階にあるBARが開いていることまで確認している。
「伊織さん」
エレベーターが開くと、息を切らして現れた男。鷹上 啓一。
地元の朝と夕方のニュースキャスターをしている渋くてちょっと悪そうな38歳。
有名大学卒業、年収ウン千万、おまけに髭が似合うダンディなイケメンの癖に身体はしっかりした筋肉と、女性のエスコートが上手でおまけに……。
「伊織さん? どうしたんですか?」
じいっと顔を見つめながら分析に夢中になってしまったことに気付き慌てて紙袋を取り出す。
「す、すいません。またお会いできると思っていなかったので。これですよね。啓一さんのお要望の『春夏秋冬(ひととせ)』」
紙袋の中には、四季を表した和菓子セット『春夏秋冬』が二箱。
ここら辺では直営店がなく、唯一空港内の高級和菓子店『濡れ椿』でしかお目にかかれない品だ。
「ああ。本当に助かったよ。入院中の母が最近食べたい食べたいううるさくて」
財布を取り出そうとした手を、私は掴むと首を振る。
「貴方の助けになれただけで嬉しいの。……渡してさよならってことはないですよね?」
甘えた声で撫でるように、首を傾げながら言う。
すると目を細めて、小さく口笛を吹くのが分かった。
「ああ。良ければ上のBARにでも」
「……貴方の取った部屋じゃあ駄目かしら」
目と目で駆け引きをする。遊びなれた大人のおことの方が、そんな回りくどいことをしなくても、女性が喜ぶ行動を熟知していると思う。
そして何と言ってもこの人の――声。
心まで濡れてしまいそうなほど、低く掠れてセクシーだ。
「こんなおじさんをからかうなんて、悪い人だ」
「連絡くれた時点で、期待してたの。……貴方みたいな魅力的な人、こうして会うチャンスなんてもうないしね」
「分かった。じゃあ部屋にさらうよ」
腰に手を回され、ぐっと耳元に唇を寄せられ話されたら、昇天してしまいそうなほど甘く痺れた。
ああ。イイ。
その声で全身を溶かされたい。
「うわーん。鷹上さあん。酔ったぁぁ」
「まだワイン一本も開いてないよ」
部屋に入った瞬間、いつでもベッドになだれ込みやすい、またはソファでそのままできるようにポジションを決めた。
もちろんトイレでウォシュレットで綺麗に洗っておいた。
シャワー無しでなだれ込むかもしれないしね。
部屋は、なぜかベッドが二つあったけれど、全く汚してない。
ただテーブルの上に充電中の携帯があるだけで、いつでも飛びだせそうなほど整っている。
「うわあん。酔ったのひゃあ、鷹上しゃんが、トイレ行ってる間に、ワインに何か薬入れたからやひょ」
「はは。入れないよ。それに俺は明日4時からリハだから飲めないし。君が飲むんだよ」
「もう飲めなひょー」
「俺が飲んだら、……起たなくなるかもよ」
「飲みまひゅ!」
鷹上さんのワインの注ぎ方は上手くて、口も上手くて。声も甘くて。
ああ、きっとセックスも上手いんだろうなって身体が甘く痺れた。
一本飲み終わるときには、もう鷹上さんの腕に自分の腕を絡めてソファでイチャイチャしていたのだから。
ああ、大丈夫よ。いつも何があっても大丈夫なように勝負下着だから。
年収ウン千万と結婚できるならば、私は――。
貴方に恥ずかしく足を広げても構わないの。
「……蛙みたいですね」
蛙……?
ぼうっとした意識の中、鷹上さんの為に足を広げて誘う。
早く、来て。
早く私と結婚してと。
なのに、なんでだろう。
ベッドにしては背中が硬い。
「安心していいですよ。急性アルコール中毒ではないですね」
何の話をしているんだろうか。
「この人には、私からきつくお説教しておくので、どうぞ、リハに行かれてください」
え……?
視界がぐるぐるする。何、この展開?
待って鷹上さん、私、胸もFカップなんですよ。
リハに行く前に、ぜひ揉んで下さい。
「……蛙みたいに足を開き、牛のような乳を押しつける。貴方って……本当に残念な人ですね」
さっきから私に敵意を向けて発言してるこの人はなんだろう。
薬品の匂いがする。
ふわふわとする。
まだ意識が朦朧とする中、私は確かに感じた。
腕にちくりと小さな痛みが走ったのを。
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