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第10話

 目が覚めると、すぐ側に光がいる。  それを嬉しく思いながら、綾は寝ている光をじっと見た。  しかし、いつの間にベッドへ移動したのだろう。光と一緒にデニッシュを食べたあとの記憶がほとんどない。起きたばかりの頭で記憶を遡ってみるが、やはりそれ以降の記憶がなかった。ということは、ソファに座ったまま眠ってしまった可能性が高い。  光に腕枕をされながら考え込んでいるうちに、なんだか落ち着かなくなってきた。いつも寝ているベッドとは堅さが違うし、シーツの感触や毛布の柔らかさも異なっている。綾は無意識のうちに、体を光にすり寄せた。光の匂いと体温のおかげで、すぐに落ち着いた。すると程なくして、光がわずかに身じろぎした。どうやら目が覚めたらしい。 「おはようございます、綾」  寝起きのかすれた声が頭上から急に聞こえてきたものだから、恥ずかしくなって逃げだそうとした。綾は体を離そうとしたけれど、強い力で抱き締められしまう。背中と肩に添えられた手によって、しっかりと体を押さえ付けられているものだから、綾は光の胸に顔を押しつけられたようになっていた。忙(せわ)しなく脈打つ鼓動を感じながら、綾はおどおどとなりながら朝の挨拶をする。 「お、おはようございます、光さん」 「なぜ逃げだそうとしたんです?」  わずかに不機嫌が滲んだような声がして、綾は顔を引きつらせた。体が自然とすくみ上がる。だが、それまで背中や肩を押さえ付けていた手の力が緩まった。恐る恐る顔を上げてみると、のぞき込まれていた。向けられた顔には苦笑が浮かんでいる。 「ずっとこうやって抱き締めていないと、どこかへ逃げられてしまうような気がして仕方がないのですが……」 「そっ、そんなことしませんっ!」  綾が勢いよく言い放つと、光が嬉しそうな顔をした。 「じゃあ、もう少しこのままでいてください。今日は休みですし」 「はい? 休み? え?」  意味が分からず、綾は問いかけた。 「綾と一緒にデニッシュを食べたあと、今日の予約をチェックしたところゼロだったんです。それで定時のメールで休みの連絡をいれたので、今日は一日ベッドの上でゴロゴロできますよ」  光は毎朝会員全員にメールを送っている。本日の予約状況がメインだが、たまに開催されるイベントの告知にも利用している。それで休みと連絡したのなら、光の言う通りゴロゴロできるだろう。だが、綾としては複雑だ。ゴロゴロしたい気持ちもあるけれど、そうしたら貞操の危機に瀕(ひん)してしまいかねない。 「綾の気持ちがちゃんと固まるまでは、一緒に寝るだけに留めます」  顔をはっとさせて光を見上げると、優しい笑みを向けられていた。まるでこちらの気持ちが筒抜けになっているような気がして、途端に恥ずかしくなってくる。しかし、掛けられた言葉は嬉しかった。  それから数時間後、二度寝から起きると窓の外は茜色に染まっていた。それぞれシャワーを浴びたあと、二人は揃って外に出る。クリスマスムードに溢れた街を歩きながら、パーティ用の酒や食材を買い求めたのだった。  光の自宅で過ごした翌日、綾は光とともに店の地階にいた。  明日に迫ったクリスマスパーティ用のセッティングをするためである。  この際だからと言われて、綾は光とともに地階へ降りた。階段を下りる途中、バーフロアの二倍はあろうかという空間が見渡せた。階段を下りるとすぐにロッカールームがあって、その向こうにあるパブリックスペースには半円形のソファが幾つか置かれている。その一つに近づいたあと、光は天井からつり下げられている白い布を手に取った。 「これをこうすると、テントみたいになるんです」  布をソファに掛けると、光が言うとおりテントみたいになった。 「中に入ってみましょう」  光に続いて中に入ってみると、さほど狭く感じない。綾が中を見渡していると、光がテーブルライトを着けた。オレンジ色の淡い光が辺りを照らす。 「こうしてライトを付けると、利用中というサインになるんです。同時にゲストが集まってきます」 「暗いところから明るいところは見えるけれど、その逆ってどうなんですか?」 「結構見えないものらしいです。でも気配は感じますよ。それに影程度なら分かります」  白い布に目をやると、向こう側が透けては見えるがはっきりとは見えなかった。照明を付けていてもこの程度なら、薄暗くしたなら目を凝らさないと見えないだろう。しかし、それとはまた違う不安がある。 「あ、あの。外にいる方が中に乱入したりは……」 「それは部屋を利用しているゲストの許可がないと、中に立ち入りできないルールになっています。もしもそういったルールがないと、トラブルばかりが起きて安心して遊ぶことができないですからね」  光から聞かされて、綾はほっとした。 「それと、大事なルールがもう一つあります。地階では女性からのお許しがないと、何もできないことになっています。なんだかんだ言っても女性は弱い。女性を守る為にルールは存在していると言っても過言ではないでしょうね。特にこういう店は」 「そうなんですか……」 「ええ。だから女性の利用料金をかなり低く設定しているし、単独女性が楽しめるようなショーなどを開いています。明日明後日開催するショーは、いずれも女性のファンが多いショーです。綾も時間を作って見てください」 「どんなショーなんです?」  綾が尋ねると、光は至って普通に返事した。 「二十四日は緊縛、二十五日はSMショーです。どちらも見応えがあるショーです。それぞれ二回ショーが行われますが、合間にプレイルームで講習会を開く予定です。安全にその行為を楽しむためにね。ってそうだ。綾に頼みたいことがあるんですが、聞いていただけますか?」  急に光から尋ねられ、嫌な予感がしたけれど、綾は取りあえず聞くことにした。 「あの、これってどう見てもサンタクロースではない気がするんですが……」  綾はプレイルームの鏡に映る自分の姿を見ながら、光に問いかけた。綾がそういうのも無理はない。彼女が着ているものは、ミニスカートタイプのサンタのコスチュームである。しかも肩や背中が開いているデザインだ。その上赤いガータータイツまでセットになっている。  綾はかなり短いスカートの裾を気にしながら、背後にいる光に目をやった。すると光は嬉しそうな顔で綾の姿を眺めている。鏡越しに全身を見つめられ、どんどん恥ずかしくなってくる。いたたまれない気持ちになりながら、光からの頼みを断れば良かったと後悔していた。 「かわいいですよ、それにセクシーです。恭子さんに頼んでおいて本当に良かった」 「はい?」  綾は勢いよく振り返った。 「当日はその姿で、来店するゲストにプレゼントを配ってくださいね。みんな喜びますよ」 「ちょ、ちょっと待ってください。いやです、はずかしいです、無理です!」  勢いよく光に詰め寄ると、子供のように「えー」と不満を訴えられた。無理なものはどうしたって無理である。不満そうな光に一歩も引かない態度を示すと、突然光が顔をはっとさせた。そしてすぐに笑顔になったが、綾は嫌な予感しかしなかった。 「じゃあ、こうしましょう。非常に残念ですが、その格好は私だけ楽しむことにしましょう。その代わり、もう一つのお願いを聞いて頂けますか?」 「恥ずかしいやつはやめてください、お願いします」 「難しいことじゃないですよ。大みそかに水城さんのお店で年越ししませんか? それで手を打ちます」  コスプレの代わりの頼みだからと身構えていたけれど、綾は拍子抜けした。 「本当に?」 「ええ、本当です。私はあなたに対しては嘘は言いません。三十一日はこの店は休みなので、ミロワールでお手伝いしながら年を越しましょう。水城さんも喜んでくれると思います。そして一日は三人で初詣に行きましょう、いかがです?」  光から提案されたものを断る理由はない。それに、光の一端に触れられる良い機会だと思った。 『あなたに私という人間を知ってほしい。理解してほしい。それに綾さん、あなたのことも知りたい』  そう思うようになったから、光は深紅の夫に対して向き合うように言ったらしい。だが、深紅が夫の倒錯的な嗜好を受け入れるかどうかは分からないだけに、最悪離婚してしまいかねない。だから光は、時間を掛けろと伝えたようだった。  誰だって出会ったときから相手の全てを知っているわけではない。時間をかけて、時には衝突しながらわかり合っていくものだ。光から好きだと告げられて一か月が過ぎた。けれど、まだまだ彼について知らないことが多い。でも、二人で過ごす時間を増やしていって、少しずつ知っていけばいい。綾はそう思い至ったあと、光をまっすぐ見つめる。 「ええ。それなら大丈夫です」  すると、光は本当に嬉しそうな顔をしたのだった。
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