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マーガレット

 わたしたちは伸びる草と一緒 風に揺れる花と一緒 強い日射しを避けたり、雨雲が通り過ぎるのを葉の下でじっと雨宿りしながら待っていたり お腹を空かせた空から降りて来る者や、気の荒い仲間に気を付けながら なんにも待ってないけど なにか待ってる 膨らんでくるお腹は段々重くなってきて、なぜか大地にスタンプしたくなってくる  きみは季節 薄曇りの肌寒い日も 目も眩むような熱い太陽も どこかに飛ばされてしまいそうに強い風の日でも そんなに小さなカラダで受け止めている。 そして何かを呼んでる 待ってる 眠りながら 歌いながら  僕は君を見つけてしまった かわいい かわいい僕だけのマーガレット 机の上の小さな夏――  きみの名前はお花の名前 かわいいお花の名前 きみの話を誰かにする時僕はきみをそう呼ぶ きみは僕の名前を呼ばない 声を出さない でも友だちに会ったら自慢して ”かわいい名前をつけてもらったの” ナマエってなあに? そう聞かれるかもしれないね そしたらこう答えるんだよ 「自分だけのとっても特別なもの」  僕がずっと忘れないものでもあるんだよ たくさんいるきみの仲間たち けれど僕が忘れないでずっと覚えているのはきみのことだけだよ *  お盆も過ぎた八月忘日 それは夏の雲を小さくちぎってポケットに入れたような気分。 それは掴むことは出来ないと思っていた世界のひとかけらが、机の上に出来上がった気分。 遠く過ぎた日に逆戻りした懐かしさと愛おしさ。 絶対に守ってあげるから。    ゆらゆら うとうと  むしゃむしゃ がさごそ きみのことがもっと知りたい    ゆらゆら うとうと むしゃむしゃ がさごそ もっと知りたいなあ……      ……きみずうっとこっち見てるよね…… 僕がきみを見ようと思ってたのに まるで逆だ……  ある日僕は家族にこう言われて笑われた 「犬とか猫をダッコしてるみたいだね」  僕は自分の部屋を出る時、彼女をケースごと抱えて出ることにした。 だって彼女を残して部屋を出て行く時、彼女が僕を追い掛けて来たような気がしたんだ。  そして部屋に戻ると僕が帰るのを待ってたように、ドアの方を向いてケースにくっ付いていた。壁にペッタリくっ付いてる彼女を僕は、ケース越しにダッコしているようだ。 家族が言う言葉そのままだ。  居間に連れて来た彼女を僕がそばにいない時は、ダイニングテーブルの上に置く。 風呂上がりに彼女をそっと見ると、家族と一緒にテレビを観ているようだった。 僕がパソコンを使っているとモニターを観ているようにしていて、画面を変えるとビクッとカラダを震わせたこともあった。  彼女の部屋の天井は台所から失敬した網を張っている。 そこに彼女がお腹を見せてくっ付いているから、お腹をそっと指で撫でてみた。 触覚が何かに反応したように動き出す。 バタバタと手足を動かしてまたお腹を見せにやって来る。 彼女はそんな脚をしていながら移動は壁伝い。  もっとやって欲しいって?  彼女のお腹をくすぐったり、天井からはみ出す触覚を撫でたり、そのうち彼女は背中のマントをバサバサっと震わせた。 それは声を出さない彼女が、声の代わりに僕に全身で見せてくれた感情のように思えた。  彼女が部屋の奥からやって来て、僕の顔を覗き込むように自分の部屋を行ったり来たり。 僕と目が合うと全身で応えて頭のアンテナがクルクルと動き出す。 天井の網に思いっきり近付いて鼻の頭を付けてまた離すと (もっとやって) と言ってるように壁をノックする    もっとやって もっとやって     こっちこっち  サクサクと手足を動かして、楽し気な音楽が聴こえてきそう。 ねえきみたちの世界ってこんなことして友だちと遊んだりするの? 僕は思いもしなかった きみたちは交尾が済んだらきっとひとりで自由に生きてる そう思ってた  ヒトのように笑った顔になったり ビックリして目をまるくしたりもしない ましてや話をするわけじゃない うるさいのはニンゲンの方だ  クルクルしてるアンテナを見て僕は ゴキゲンなんだね… 僕がきみをここに連れて来た よし、遊ぼう 遊ぼう! (キャハハハハハ……)  なんて声が聞こえて来そう お腹をくすぐって 網越しにキスをして 僕の指とハイタッチ 壁をアッチ行ってコッチ行ってと僕と追いかけっこ  時々 (わああああ。。。。) なんて声が聞こえそうにカラダ一杯で教えてくれることもあった  僕は夜眠くなるけど、きみは昼間に眠くなる。 電気を消した真っ暗な部屋で、何時間もきみはひとりでなにしてるんだろう。 なにを考えてる?  僕は自分の寝床のそばに彼女の部屋を置いた。  おやすみ  朝 目を覚ますと、きみは昨夜僕がおやすみをした同じところにくっ付いて、 アンテナをクルクルさせながら壁をノックする。    おはよう おはよう   そして今度はきみが眠る  ある日あまり地面を歩いて移動しないきみが、珍しく地面を行ったり来たり忙しなく動いてた。僕が見てても僕の近くに来てくれない。 そしてバタバタと慌てたように行った水飲み場で、お尻にあるタマゴのストローを地面に突き刺し始めた。  それはやっぱり大変そう。 チカラを込めてフーフーとカラダを上下させてる。 そしてピタリと動きを止め、どこかを見ている。  自分に何事が起きたのか? そんなことでも考えているのかな。 ヒトと違ってきみたちは誰かに教えてもらってるわけじゃないもんね。 全て自然に湧き起こること そうなんだよね……  毎晩毎晩遊んで遊んで その内そとは静かになり、葉っぱの色も変わり出す。 それでもきみは元気だね    遊ぼう 遊ぼう まだ遊びたい  覗き込むように僕を見る (ねえ遊ぼうよ) ああ でも… お休みの回数が増えてきたね    遊ぼう 遊ぼう まだ元気 きみが遊びたいのか 僕が遊んでもらってるのかもう分かんないよ きみはタマゴのストローが使えるもう立派なおとな ふたつのもしかしたらが僕の中にあった でも… でもさ……って、僕は考えていた。  そとはすっかり冬を迎える景色。 きみのともだちや顔見知りはそれぞれの場所に行ってしまったかもね……。 僕が遊んでもらってたのかな…… ねえマーガレット (おはよう! おはよう!!)  マーガレット こんな時ぐらいお休みしてたっていいのに……。  もう立ち上がれる体力はない 腹ばいで だけどやっぱりアンテナはクルクルしててノックも元気にしてくれる。  きみの元気は朝僕が目を覚ますまで残しておこうって、決めてたのかな……  トボトボ自分の寝床に向かう彼女を、天井の網を剥がして捕まえた。 本当の事を言うと、少しだけきみのことが怖かった。  あんなに元気に手を振ってくれたのに もうきみは……。 もしかしてそのまま起きなくなってしまうかも。 彼女はそうするつもりで、チカラを振り絞って最後の挨拶をしてくれたのかもしれない。 僕のもしかしたらは、僕の都合のいいように思い込んでいただけのことだっだのかな。  君は自然、そして季節。 外の自由からきみを引き離してしまった、僕のわがままとこれは同じかもしれない。 でもこれが最後なんて絶対にいやだ。  彼女を掌に乗せたのは実は初めて。 毎日遊んでいても、触られることは好きな事ではないらしい。 一度思い切って触ろうとして、跳ねるように逃げられていた。 彼女の方も、僕のことが怖いと感じていたのだろうか。  簡単に彼女を捕まえる事が出来た。 堅そうに見えた彼女のカラダは、気をつけないといけないほどにやわらかく、鼻でキスした時に知った体温は庭の花と同じ温度。 ヒトとは違う。  きみも自分とは違う ヒトって熱い…… そう思っていただろうか……  僕はきみを触りたかった 遊びもいいけどダッコしたりなぜてみたり 外に出る時はきみを胸のポケットに入れたり ブローチのように僕にくっ付けて出掛けてみたかったな  もっときみの事が知りたかった  どういうお部屋だったらきみは過ごしやすい? なにが食べたい? お話出来たらもっと楽しかったね      ねえお外に帰りたい?  ごめんね… 本当はってずっと思ってた でもきみと一緒にいたかった  掌に乗せて彼女がいた世界を見せてあげた ごめんね ごめんね   大好きだよ  手足のチカラが入らないきみは、アンテナだけを動かす。 それは遊びをせがんだ僕の相手をまだしてくれてるよう。  そのうちにアンテナも眠くなったように動かなくなり、自分の胸にお星さまを作るように腕を組み合わせた。      お星さまになろうとしてるの?    「マーガレット…」  言葉がなくても成立していた関係は、普段名前を呼んだりはしない。 声に出してきみを呼んだのは、初めてかも。 「死んだの?」  僅かに花のしべのような口元が動く (だいじょうぶ…)  僕がこんなに見てたらきっと君は眠れないよね でも… (だいじょうぶだよ……)  寝かせてあげたいけど眠ってしまったらきみは…… (だいじょうぶ……)  段々擦れるようになって行く口元のしべの揺れは、やっぱり僕のために動かしてくれてるようで そして (遊ぼうか) そう言ってるみたい  違う 遊びたいって言ってるんじゃないよ きみはまだここにいる まだいる? って僕は見てるだけ  きみはずっと僕を見てるから 僕もきみを見てる 行かないで 行かないで 大好きだよ行かないで  お願いだから行かないで  この日、一緒にお昼寝して僕が目を覚ました時、君は眠らず僕を見ていた。 毎晩そうしてたの? 真っ暗な中でずっと僕の目が開くのを何時間も待ってたのかなあ…… まるでお母さんみたいだね 「マーガレット… 」  僕が少し離れた間にきみは行ってしまった いや…  もしかしたらまだここにいる? 動かないだけで僕のことを見ているかもね おやすみしただけかもしれないね…… もしかしたら明日また遊べるかもしれないよね ね… ね……      マーガレット  きみのそばにいたのにきみのことはまるで分からなくて きみの手足の区別も分からなくて これがきみの手 これがきみの足 お星さまを抱くようにして初めて分かった……  きみはお星さまになったの?  寂しいなあ…… すごく寂しいよ…… だってきみは最初から特別だった 「マーガレット……」  きみの名前だよ かわいいでしょ忘れないで 僕がきみに渡すことが出来るただひとつだから  僕は輪廻転生を信じてる きみは? 僕が今の僕じゃなくなっても そしてきみが今のきみじゃなくなっても また会いたいと思ってる その時はもっと近くがいいな…… そしてもっと長く一緒にいたいな その時はお話しようね  きみがひとりでゆらゆら揺れてるのを見るのが好きだった ゆらゆら ゆらゆらって なにを考えて揺れてたの?  来年 きみの目が覚めて、夏になったら一緒にお散歩しようか 僕の胸ポケットに君を入れて 歩いてるうちに君が気に入った原っぱを見つけたら僕に教えて そこで僕は寝転びながら空を見て そして眩しいなあ って目を閉じていつの間にか眠ってしまう  遊びに疲れたら、僕のところに帰って来るんだよ 約束だよ 絶対戻ってきてね 分かった?  そんなことを考えてた  わたしたちは伸びる草と一緒 風に揺れる花と一緒 強い日射しを避けたり、雨雲が通り過ぎるのを葉の下でじっと雨宿りしながら待っていたり お腹を空かせた空から降りて来る者や気の荒い仲間に気を付けながら なんにも待ってないけど なにか待ってる  聴こえて来る音楽に誘われることがある その音楽になにかを感じる わたしもなにか自分から溢れて来るように感じる時がある そんな時わたしは大地に座って自分から零れるのを待つ わたしから零れたものが大地に沁みたらそこから離れる それがなにになるのかまでわたしは知らない ゆらゆら揺れたくなるのはわたしだけに聴こえて来る音楽があるから ゆらゆら ゆらゆら うとうと うとうと 夢うつつ  大きなものに溶けてしまいそうになりながら わたしはここにいる  伸びた草の陰になっても 咲き乱れる花の迷路で迷っても 空にいってしまった顔見知りや、あの子の匂いがするお洋服 なんにも待ってないけど わたしを待ってもくれない  今日は向こうの日向に行ってみようか そして次はとなりの葉っぱの下でお昼寝しよう お腹が空いたら葉っぱを食べちゃおう 毎日毎日変わり続ける カラフルな世界もわたしもみんな  眠くなるおひさまの魔法は、カラダをおとなにしてくれる お月さまの灯りの下でわたしの為に素敵な音楽を聴かせてくれたともだちは、どこにいるのかもう分からない  わたしのカラダはきれいな草の色 ジッと動かずおとなしくしていたら、わたしもお花になれたよう  それなのにどうしてだろう その日わたしはレンガの階段で、お昼寝してしまいあの子に会った 「わあ! トノサマバッタだ!!」 違う わたしは『クビキリギス』 この名前もあなたたちが付けたもの……   マーガレット  終
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