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誰が為の自慰 第11話

「……バカだなあ、そう簡単に早漏が治るわけないだろ」  週明けの月曜日。  白衣姿でわざわざ報告してきた琉を前に、飛鷹は苦笑を浮かべ、慰めるようにぽんと肩を叩く。  だが、先週末のデートで互いの想いを確認しあえたからか、彼の表情は明るい。 「三葉にも言われた。オナニーカップを使った行動療法は自慰を週に二三回繰り返し行うことで自分の癖をつかむ必要があるから、早くても二か月から三か月くらいは様子を見ないと効果が得られない、って」 「――あぁ、BOUGA使ったのか」 「意外と気持ちいいものだな、あの容器」  ぼそりと呟く琉を見て笑いそうになったが、本人は真剣そのものだ。  いままで自分でオナニーすることすら懐疑的だった彼が、恋人のためにどうにかしようと努力しているのだ、笑うのは失礼だなと飛鷹は首を振り、同意する。 「悩んでいるのはお前だけじゃないんだから、そう気にするなよ」 「ああ。三葉にもそう言われたよ。早漏でも、一緒に気持ちよくなれるなら構わないって」 「あーはいはいごちそうさま」  あっさり一蹴する飛鷹を見て、琉は勝ち誇った笑みを返す。 「だからもう、彼女にちょっかいを出すのはやめろよ?」 「――大倉」  気づいていたのか? と驚く飛鷹に、琉はふん、と鼻で笑う。 「悪い虫が寄ってこないか確認するのは恋人の大事な仕事だ……あれは俺のだからな」 「知ってるよ。彼女はお前のことしか見てないし、想ってない。だから安心しろよ。でもな……束縛しつづけていたらまた逃げられるぞ?」 「うっ……そこは気をつける」  なんだかんだ、飛鷹も同い年の後輩が憎めないのだ。  調剤部に入ってきたスタイル抜群の新米薬剤師に目をつけていたのは琉だけではなかった。けれど恥を忍ばず滑稽なまでに求めて手に入れたのは琉だけだった。  そんな彼を知っている飛鷹だから、一途な恋情に巻き込まれた三葉が結果的に彼と関係を強めている姿を見て嫉妬してしまった。もしあのとき熱心に口説き落としたのが自分だったらと一瞬だけ考えてしまった。だからお酒を飲まなければ彼女を傷つけてしまいそうで怖かったのだ……結局それが仇になってしまったか。  そのことを知っていながら、琉は飛鷹を牽制するだけだ。寝取るほどの勇気もないのだから当然だろう。  あーあ、とわざとらしく溜息をつく飛鷹に、琉はなんだよ、と不機嫌な表情を浮かべる。 「今年のクリスマス当直なんだよな。つまらん」 「いい気味だ」 「そういうお前は三葉ちゃんと?」 「平日だから大したことはしない」 「でも会うんでしょ?」  ぽっ、と頬を赤らめる琉を見て、あーあ、と飛鷹は肩を落とす。  そして負け惜しみのようにぽつりと呟いた。 「……それまでにすこしでも早漏が良くなればいいな」 「ああ。頑張る」  誰が為の自慰かなど、決まっている。  彼女の為、琉は早漏に負けるものかと決意を新たにするのであった。        * * *          ときは先週の金曜日の夜に舞い戻る――…… 「ご、――ごめん」 「あ、謝らないでくださいっ。前より長かったし、わ……わたしも一緒に達けたから!」  がっくりと項垂れる琉を抱き止めて、三葉は慌てて反論する。たしかに彼が自分のナカに入ってきてからの時間はまだ短いけれど、彼はその分、いや、それ以上に三葉のために気持ちいいことをしてくれたし、一緒に楽しもうと精一杯気遣ってくれたのだ。先週のように彼だけが我慢できないと挿入してはいおしまい、というわけではないのだから、謝る必要はないと三葉は琉の耳元で甘く囁く。 「ほんとですよ? 今夜は、琉せんせに責められて、いっぱいいっぱい、気持ちよくなれたから……」  じゃっかん舌足らずな口調になってしまったのは、絶頂を何度も極めて声が掠れてしまった余韻だ。それだけ彼が自分を愛してくれたという紛れもない真実を体感して、三葉はよしよしと彼の髪に手をやり、そぉっと撫でる。彼が当直の夜に三葉の髪をよしよししてくれたあのときのように。  身体に塗られたローションのせいか、やけに手がツルツルしているが、それでも琉は彼女にされるがまま、髪を触らせていた。 「早漏でもいいの?」 「それはイヤかも」 「――だよね」  ぽつん、と口にする琉に、三葉は困った表情を浮かべ、正直に告げる。 「膣内でも気持ちよくなれる場所がある、ってのは聞いたことがあるし、わたしまだ潮吹きもしたことないし……」 「俺のでGスポットやポルチオを突かれたいんだよね淫乱だなぁ俺の三葉は」  さりげなく爆弾発言をする三葉と当然のように受け止める琉は互いの顔を見合わせてぷっ、と吹き出し笑いをする。 「淫乱じゃないです!」 「えー、あれだけ可愛く乱れてくれるのに?」 「それは先生がえっちだから」 「君じゃなきゃえっちな気持ちになりません!」  自信満々に言い放つ琉に、参ったとばかりに三葉が提案する。 「――だから、これから自慰がんばって、早漏を克服しましょ?」  ね、と瞳を見合わせれば、琉も素直に頷き彼女に口づける。 「んっ……ふぅ」 「……まだまだ調教のしがいがありそうだものな……こら、噛むなよ……く」 「素直に調教なんかされませんっ」 「それはどうかな」 「あんっ! 乳首、摘ままないでくださいっ」 「もっと欲しいんじゃない?」 「せんせ、こそっ!」  ベッドの上でもつれあうように転がり、ふたりはふたたび互いの部位を慈しみだす。ヌルヌルのローションのせいで、ベッドの上もびしょびしょだが、ふたりは気にすることなく身体を重ね、快楽を刻みつづける。 「ああ、もっと可愛い顔を見せて……!」 「――もぅ!」  憎らしいほど素直にぶつかってくる琉を見て、三葉はくすりと笑う。  愛するひとが早漏に悩もうが、新たな性癖に目覚めようが……すこし怖いけれど、この先も受け入れる自信が三葉にはある。  ――だって、劇薬みたいに放っておけない一途な彼を取り扱えるのはきっと、わたししかいないもの!  素っ裸で乳繰り合いながら、ふたりの蕩けるような時間は、今だけで終わるわけがない。  ふたりで過ごすハチミツのように甘い一夜が、こうして今宵もゆっくり、ゆうらりと更けていたのだ――…… “劇薬博士の溺愛処方 後日譚編:誰が為の自慰”――fin.
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