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誰が為の自慰 第6話

「あ、三葉ちゃん、大丈夫だった!?」 「飛鷹先生こそ」 「ごめんね、僕がお酒飲みすぎたばっかりにとばっちり食らっちゃって……」  夜間外来の当直をしていた琉から連絡を受けた病棟の担当医師によって念のためMRIを撮った三葉だったが、診断結果は問題なしだった。  薬を処方されることもなく、薄暗い窓口でふだんよりも割高な会計を終えたところで、三葉はトイレから出てきた飛鷹とふたたび顔を合わせることになった。 「大丈夫です。軽い脳震盪だって」 「そっか……」  たんこぶができただけだから問題ないと三葉が口にすれば、飛鷹も安堵した表情になり、夜道は危ないから途中まで送っていくよと申し出てくれた。 「久々に可愛い女の子とお酒飲んだから気が大きくなっちゃって……大倉先生の恋人じゃなきゃ本気で口説いちゃうところだったよ」 「またまたお上手なんですからー」 「……まあね」  トイレですっきりしてきたのだろう、すっかりお酒の抜けた飛鷹は、病院の外へ出てから三葉の隣をとぼとぼと歩いている。たぶん、琉にこってり絞られたのだろう、言葉数も少なく、さっきまでとは別人のようだ。 「あの、飛鷹先生」 「――なんだい?」 「さっきの、話」  居酒屋で話していた早漏を治療するための行動療法について確認を取るように訊ねれば、彼が淋しそうな笑顔を見せて首を振る。 「ああ、大倉先生にぜんぶ話したよ。だから三葉ちゃんが心配することはもうないよ」 「え」 「あいつ、カッコつけてたぞ。恋人のためなら、自慰も辞さないって……」  オナ禁していたくせに、三葉ちゃんの早漏発言がどうしてもショックだったんだろうなー、と呟く飛鷹とホームで別れ、電車に乗る。  ――恋人のためなら、自慰も辞さない、ってなにそれ。洒落にもなってないよ?    * * *         「自慰、か」  十二時前に帰宅した三葉は、ふぅ、と溜め息をついてからシャワーを浴びに浴室へ向かう。  ブラウスのボタンをひとつひとつ外し、ダークグレーのタイトスカートのチャックをおろし、下着姿になった三葉は、全身が映る鏡の前で、自分の体型を見つめ、すこし太ったかな、と苦笑を浮かべる。  スポーツをしていた頃は全体的に筋肉質で、もうすこし引き締まった身体をしていた三葉だが、薬科大に入り、薬剤師となり社会に出てからはすっかり運動とはご無沙汰になっている。ストレッチくらいは自分の家で行うが、それでもかつてのような引き締まった身体とは言いがたい。  社会人になってからは筋肉が落ち、すこしだけ胸とお尻がおおきく……女性らしくなった。  その頃に、三葉は琉と出逢った。彼が理想とするプロポーションを持つ女性、それが三葉だと、なぜか骨格の話を持ち出して口説いてきた。風変わりだけど博識で一途な琉に、いつしか絆されて……  あれからもうすぐ一年が経過する。お互い仕事が忙しくて、ゆっくり恋人同士として時間を重ねることはなかなかできないけれど、距離を置こうとしても追いかけてくる琉のことだ、この先も変わらず三葉を求めてくるだろう。  恋人の琉と毎週のように身体を重ねているからか、辛うじて体重計の針は動かない。  全裸になった三葉は熱いシャワーを浴びながら、病院で会ったときの琉のことを考える。  ――琉先生、ちゃんと仕事してたな。白衣姿も、久しぶりに見た……  彼に頭を撫でられたことなど、いままであっただろうか。背の高い三葉をあえていいこいいこするような奇特な人間はいままでいなかった。  ――仕事中だから、あれでセーブしていたんだよね。キスくらい、してくれてもよかったのに。  頭をぶつけて居酒屋から救急搬送された恋人をたまたま診療することになった琉も驚いたことだろう。  あのとき琉の医療用携帯電話が鳴らなかったら、キス、していたかもしれない。  けれど唇を合わせてしまったら、きっとそれ以上のことを期待してしまう。  夜間外来のどこか仄暗い診察室で、医師と患者が身体を求めあう……その背徳的なイメージに自分と白衣姿の琉を重ねたところで、はぁ、と甘い溜め息をついていた。  シャワーを流した状態で浴室の椅子に腰かけ、泡のボディソープを手に取った三葉はそうっと自分の身体を泡で包み込んでいく。  ふわふわした泡が、首から肩、胸元へと流れていく。そして、恋人のことを考えていた三葉の指先は自分の乳首を摘まんでいた。 「……んっ」  彼のことを考えながら、自慰をしたことは何度もある。けれど、彼は自分を想いながら自慰をしてくれるのだろうか。  泡のついた指先で乳首をつつけば、刺激を受けた頂はあっという間に勃ちあがり、朱色に染まる。  ベッドの上で押し倒されて、頭を撫でられながらキスをして、そのまま服を、脱がされて。 「ダメです、琉せんせ……」  いくら夜間診療でほかに患者やスタッフの姿がないからって、調子に乗ってえっちなことをするなんて。  中途半端にはだけさせられたブラウスから見える下着はくたびれたピンクベージュのノンワイヤーブラジャー。それでも彼は欲情してくれて…… 「ふぁ……っ」  自分で自分の胸を弄りながら、三葉は想像する。妄想する。恋人との幻の情事を。  ……タイトスカートのなかに手が侵入してきて、ショーツの上からピンポイントでクリトリスを刺激する。  現実の三葉は椅子の上で足を拡げ、片方の手を秘処へと伸ばし、もう片方の手は左右の乳首を交互に擦りつづけている。  ボディソープの泡によるぬめりなのか、自身の身体から分泌した愛液なのか、判断しがたい潤いが、クリトリスの先端に絡み、三葉の指先によってふっくらと膨らんでいく。 「はぁ……あんっ……」  琉の指の腹で潰されるのを想像し、三葉の足の爪先がくいっ、と反応する。  このまま、抗いきれない官能の波にあっさり飲み込まれて、一瞬だけ視界が真っ白く染まった。 「っく――……!」  自身の手で軽く達した三葉は、甘い余韻に浸りながら、シャワーで身体を洗い、そのまま浴室を後にする。  ナイトウエアに身を包んで、ベッドに潜り込んだところで、琉から今度の金曜日の約束の確認メールが届いた。 『飛鷹先生から事情は訊いたけど、今度の金曜日にもう一度確認するから、覚悟して』 「覚悟って。もう……琉先生ったら」  ――飛鷹先生とはなにもなかったって言ったのに、心配性なんだから。
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