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誰が為の自慰 第2話
「そ、そーろー……」
あれから仲直りはしたものの、恋人からの「早漏」発言にショックを受けた琉は、職場にいる合間もどよーんとした空気を背負って働いている。
いつもは飄々としている先生がこんなに落ち込んでいるなんて一体何があったんだ、周りのスタッフが何事かと詮索していても何のその、琉は患者の前では朗らかに診療を行い、診察が終わると同時に無気力になって溜め息をつくという器用な行動を繰り返している。
「大倉ぁー、魂抜けてるぞぉー」
「なんだ飛鷹 か」
診察室の机でぐったりしている琉を気遣うこともせず、患者が座る椅子にちょこんと腰かけた琉と同じ白衣姿の飛鷹は、不機嫌な彼を前に、こそっと呟く。
「まーた薬剤師の恋人に逃げられたのかぁ?」
「違う……」
むすっ、とした表情の琉は、目の前の同僚の言葉を即座に遮り、首を振る。
「じゃあ、ケンカでもした?」
「してない」
「ふーん。でも大倉の機嫌が悪いときってあの三葉ちゃんが絡んでいるときだよね。転職したことで浮気でもされたとか」
「そんなめっそうも!」
真っ青な表情で否定する琉を面白がりながら、飛鷹は笑う。
「冗談だって。ただ、お互い忙しい身だから仕方ないだろうけど、誤解があるなら早めに解消した方がいいと思うぞ」
「誤解……ならいいんだけどな」
この世の終わりのように返されて、飛鷹が不思議そうに問い返す。
「なにか誤解されるようなことでも?」
「……なぁ飛鷹。恥を忍んで訊ねるが」
大学時代からの悪友である飛鷹は医大を卒業後、大学院で博士号を取得した琉より一足先に総合病院に就職し、いまでは泌尿器科専門医としてバリバリ働いている職場の先輩でもある。
「早漏の治療法って、行動療法しかないよな……?」
頬を赤らめて恥ずかしそうに呟く琉に、お前乙女かよ、と飛鷹が呆れたように頷き、興味津々の表情を浮かべて笑う。
「ああ……まぁアレだな。その前に――そこんとこ、教えろKWSK ……!」
* * *
――どうしよ、琉先生に「早漏」なんて言っちゃった……気を落とさなければいいんだけど。
新宿広小路薬局のカウンターで、日下部三葉もまた、重たい溜め息をついていた。
今日はまだ火曜日。
本日の主な仕事は病院からの処方箋を受け付け、薬を準備し、お客さんに容量用法を守るよう説明し、お薬手帳にシールを貼り付けお会計をする、という病院薬局で行っていた勤務とほとんど代わり映えしないが、夕方近くになると、客層に変化が起こる。
精力剤にコンドーム、潤滑ゼリーに大人のオモチャ……なぜ薬局にこんなものまであるのかは謎だが、未だに検査入院中の叔父の趣味(経営戦略)なのだろう、深く考えないでとりあえず販売に徹する三葉である。
そのなかには自慰に使用する男性向けのグッズもあった。埃を被っているそれは、カップのなかで女性の膣内を再現したもので、自身の勃起したナニを突っ込み、吐精することで己の性欲を解消することができるポピュラーな商品である。三葉はひょいと取りだし、説明書を斜め読みする。
三葉に会えない間、琉は勃たなくなったと騒いでいたが、こういうグッズを使ったらどうなのだろう。最近の製品は研究が進んでいるというし、いちど勧めてみるのもいいかもしれない。
毎週金曜日に鬱憤を晴らされるように抱かれて自分だけ勝手に達してしまう彼に密かに苛ついていた三葉は、そんなことを思いながら商品を棚に戻すのだった。
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