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第39話

 部屋の中央に置かれていた椅子に腰かけると、紫色のベールを被ったロザリンド師が伏せていた顔をあげた。それを見た瞬間、真はぎょっとする。透けて見えるほど薄い布地越しに見えたのが、黒い目隠しをしている姿だったからだった。  見えなくとも、真が動揺したことに気がついたのだろう。師の形のいい唇の口角があがる。すぐさま、隣にいたセーレが目隠しの理由を小声で話し始めた。 「お前と目を合わせないためだ。さっきと同じように師のチャームを食らうと、二度と人間に戻れないばかりかマリィのことも忘れてしまうぞ」  意地の悪い笑みを向けられてしまい、真は忌ま忌ましげにセーレをにらみ付けた。  二人のやりとりを見ていたらしく、師がころころと鈴のような声で笑い出す。 「そなたら、ほんに仲がいいの」 「仲がいいとかではなく、こいつの面倒を見ないといけないから見てやってるんです」 「そうかそうか。そういえば、こやつの面倒を見てやるのがそなたの使命だったの、昔から」  ふふっと笑みを漏らしながら語られた言葉を聞いて、驚いたのは真だけではない。セーレも初めて聞いたことらしく、ふだんは無表情な顔が驚いたものに変わった。 「そなたらは、そういう縁があるのじゃ。前世(まえ)はセーレの妹をこやつが娶る際、すったもんだがあっての。出来の悪い義弟の面倒を見ないとならなくなって、セーレは生涯苦労が絶えなかったようじゃ。片やこやつは、伴侶となる相手と巡り会ったそのときから運気が上がる定め。そしてどのような困難があったとしても、その相手と結ばれるのが定めぞ」  師が話し終えた後、セーレをちらっと見てみると、うんざりしたような顔を向けられていた。 「そなたらをこの城に招いたのには理由がある。それをこれから話すゆえ、心して聞けよ」  よほど重要なことを話そうとしているのか、声が一段低くなった。  それに気づいて、セーレに向けていた目を師に向けると、目の前にいる師が話し始めたのだった。 「じゃあ、あとでな。俺はこれから王のもとへ向かうから」  ロザリンド師から話を聞き終えた後、セーレはそう言って城を出て行った。  師から聞かされた話を、マリィの父親に伝えねばならなくなったからだった。  一人残されてしまった真は、ロザリンド師の力で人間界へ戻ることになった。  セーレを見送った後、真は部屋の奥にある大きな鏡の前に立たされる。 「鏡面に人間界にいるそなたの姿が映ったら、鏡の中に向かって歩き出すが良い。さすれば離れていた意識と肉体がひとつになって、やがて目覚めよう」  師がほっそりとした白い手を鏡面に添えると、一斉に波紋が広がった。それが徐々に収まった後、マリィの膝枕で寝ている自分の姿が見えたので、真は迷うことなく鏡に向かって歩き出す。そのとき側にいた師から話し掛けられた。 「真よ。そなたらの儀式の際、邪魔が入らぬようにせねばならぬの」 「えっ?」  真は目を大きくさせて足を止めた。師を見ると、うっすら笑みを漏らしている。 「それに、マリィがこちらに来たら、腹の子供を殺すと魔王が言ったらしいの」  師からそれを言われたとき、おびえて泣きじゃくっているマリィの姿が頭の中に浮かんだものだから、真は表情を曇らせる。 「ええ。それでマリィがすっかりおびえてしまって……」 「マリィは我が眷属。腹の子は我にとってもこの世界にとっても大事な『未来』じゃ。それを守らねばならぬ。だから真よ、これをマリィに渡すが良い」  差し出されたのは細工が見事な金の首飾りだった。所々に赤い石がはめ込まれている。 「それはリリスが身につけていたものじゃ。それを身につけていれば、魔王からどのような攻撃を受けてもすべて跳ね返す。だからあちらへ戻ったら、一刻も早くマリィにこれを渡して身につけさせよ。よいな」  真はそれを受け取ると、あらかじめ師から渡された袋の中にそれを入れた。その際、真は袋の中に入っているものを見た。袋の中には、肉の器がなくともマリィが人間になれるものが入っている。師から渡されたそれは、もとはリリスが楽園を出て行くときに持ち出したものだという。 『これは肉の実じゃ。これを食べると人間と同じ肉体を手に入れられる。つまり、マリィは人間になれるのじゃ』  師から聞かされたのは、真の寿命が尽きるまで人間界で暮らしたあと、こちらの世界に来れば良いということだった。真の命が尽きる間際、夢渡りしたマリィが意識と魂とともにこちらに向かう。そうすれば問題はないと師は話していた。そうすればマリィの寿命が尽きるそのときまで一緒にいられるという。 『人間界で産む子供たちはみな人間として育てよ。魔力を封じねばならぬから、それは子供が生まれたらセーレか王に頼むが良い』  以前セーレから聞いた話だと、こちらの世界と人間界の混血となる子供は、そう長くは生きられないということだった。その理由は、こちらの世界のものからすれば人間の寿命は短く感じるかららしい。 『こちらに住んでいるものの寿命は三百年。片や人間は長寿といっても、せいぜい百年。短く感じて当たり前じゃ』  ロザリンド師から聞かされた話は、真が密かに抱えていた不安をすべて取り除いたわけではない。しかし、ずっと前からマリィと縁があったことを聞かされて、背中を押されたような気にさせられた。師から聞かされた話を頭の中で反芻していると、背中に温かいものが触れた。 「さあ、戻るがよい。儀式のときに会おうぞ」  そう言って師は真の背中を押した。  真は目隠しをしている師に笑みを向けた後、人間界へ戻っていった。
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