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第38話

 ロザリンド師がいる場所は、東の国の北端にある森の中だった。  そこには古い屋敷があって、師はそこを度々訪れているという。  木々の枝葉が鬱蒼と生い茂るところを、セーレと真はひたすら歩く。道なき道を歩き続けた末に、ようやく森の外れにたどりついたようで、少し離れた先に天にも届きそうなほど高い塔が見えた。 「あれが東の国でのロザリンド師の宿だ」  目の前を歩いていたセーレが立ち止まり、その塔を指差した。石造りの塔は見るからに古びてはいるけれど、頑強そうな塔だった。塔の外壁にはツタが幾重にも巻き付いている。真がその塔へ目をやると、セーレが歩き始めたものだから、慌てて追いかける。すると、再びセーレがピタリと足を止めた。 「かくれんぼがお好きなんですか? ロザリンド師」  そう言ってセーレはくるりと振り返り、来た道を凝視し始めた。  それに続いて真は怪訝な顔をして振り返るが、そこには当然誰もいない。  しかし、しばらく経ってから茂みをかき分ける音がした。  その音は次第に近づいてきた。がさごそとした音のほかに足音が近づいてくる。  音がする方を注意深く見つめていると、そこから全裸の女が姿を現した。 「そろそろお前たちがやってくるだろうと思って、水浴びをしていたんじゃよ」  柔らかな曲線を描く体は濡れていて、白い肌の上を滑り落ちる。神々しささえ感じられる肢体を惜しげもなく晒したまま、その女は近づいてきた。緩く波打つ長い黒髪が、動きに合わせて揺れ動く。白い肌は透き通るほど白い。マリィを見たときもきれいな女だと思ったが、近づく女はそれよりもはるかに美しく、畏怖すら覚えてしまうほどだった。  真は魔法にでも掛かったように、近づく女から目をそらすことができなかった。すると、視線に気づいたらしく、女が艶然な笑みを浮かべながら棒立ちになっている真へと目を向ける。目が合った瞬間、紫色の瞳に吸い込まれてしまいそうだった。 「真、しっかりしろ!」  頭の中が真っ白になった状態で突っ立っていると、強い力で体を揺らされた。  真は我に返り、顔をはっとさせる。短い間に何があったのか分からずうろたえていると、側にいたセーレから呆れたような顔を向けられた。 「ほう。マリィの伴侶を無事に見つけられたようじゃの。これはいい」  真が澄んだ声がした方へ無意識のうちに目をやろうとした、そのとき。  背後から急に頭を押さえ付けられた。 「見るな。ただの人間には刺激が強すぎる。師よ。何か羽織ってください。師のチャームが強すぎて、せっかく見つけたマリィの伴侶が壊れるから」 「壊れるとは随分物騒じゃの。分かった。では一足先に城へ戻って着替えをしよう。では、そなたたちが来るのを待っておるぞ」  ふっと笑みを漏らした後、ロザリンド師は姿を消した。それを確かめた後、セーレは真の頭から両手を離し、はあと肩から息をつく。 「ヤバかったな……」 「え?」  真はその言葉の意味が分からず、いつの間にか背後に回っていたセーレを振り返ると、苦笑を向けられた。 「さっき、頭の中が真っ白になっただろ」 「あっ、ああ……」 「しかも、ロザリンド師から目が離せなかった、だろ?」  全て言い当てられてしまったせいで、なぜだか居心地の悪さを感じた。真はそれを誤魔化そうと、ふて腐れた顔でぎこちなく頷いた。 「本来、チャームをくらったやつはそうなるんだ。何も考えられなくなって、相手しか見えなくなる」 「そうなのか?」 「ああ。マリィのチャームとロザリンド師のチャームはほぼ同じ強さだ。ロザリンド師のチャームはしっかりきくのに、マリィのチャームは一切きかない。そこで気づくべきだったよな、今思えば」 「どういうことだ?」  真が尋ねると、セーレはのろのろと歩き出した。 「伴侶には、はなからチャームがきかないんだよ。その理由は、もともとひとつだった魂が分かれただけだから、あえてチャームを用いる必要がないからだ。磁石のように、勝手に惹かれあってくっつくし」  歩きだしたセーレの背中を眺めながら、真はマリィと関わるようになってからのことを振り返った。そして彼女への感情が変化していたことに気づいたときのことを思い返しながら、セーレのあとを追って歩き始めた。 「ここは元々アマイモン王とマリィの母親が住んでいたんだよ」  塔の最上階へ続く長い階段を歩いていると、とうとつにセーレが話し始めた。 「マリィの母親が死んだんで、引っ越したんだ。二人の思い出が詰まったこの城からな」  セーレに続いて狭い階段を上っていた真は、ピタリと足を止める。 「伴侶っていうのは、片方が死んだらもう片方も死ぬんじゃないのか?」 「マリィの母親は、元々体が弱い人でね。だからいつ死ぬか分からないから、ずっと伴侶になることを拒んでいた。自分が死んだら王も死んでしまうからと言ってな。そうこうしている間に、マリィを身ごもってな。マリィの母親・サーシャさまは、迷わず子供を選んだ。そして王も渋々それを認めた。まあ、認めてくれなかったら今すぐ死ぬと言われたらな……」  そのときの事を思い出したのか、セーレが苦笑した。しかし、後ろにいる真は分からない。 「そして、出産と同時にサーシャさまは死んでしまった。とても、きれいな人だった。少女のようにかわいらしくて、純粋で。王をよく叱り飛ばしていたな、そういえば」 「かわいらしいと叱り飛ばしたが繋がらないんだが……」 「まあ、純粋すぎるから向こう見ずになっちまうんだろうな。マリィはサーシャさまの性格を引き継いでるから、わざわざ説明しなくてもなんとなく分かるだろ?」  急にセーレが振り返ったので見上げると、にやりとずる賢そうな笑みを向けられていた。  またまた都合が悪くなり、真は顔をむすっとさせる。  止めていた足を進ませながらセーレが話を再開させる。  真は彼のあとを追いながら、それを聞いていた。 「森へ行っては親とはぐれた動物たちを拾ってきてな。かわいそうだから育てると言って。で、さっき乗ってたガルーダだって、サーシャさまが拾ってきたんだよ。それを押しつけられたのが俺」  くくっと愉快げに笑うセーレの声が、塔の内部に響く。しかし、セーレはそれ以降何もしゃべらなくなり、二人は黙々と階段を登り続けた。そしてようやく最上階にたどり着いたとき、堅牢な石の扉が勝手に開く。 「二人とも、中に入られよ」  重い扉が開かされた先には、木の椅子が二つ並べられていた。その向かいには、紫色のベールを頭からすっぽり被った誰かが椅子に腰かけている。石造りの部屋に足を踏み入れて椅子に近づくと、扉が勝手にしまった。このとき、妙な緊張感と不安を覚え、真はごくりとつばを飲み込んだ。
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