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第36話

 ノームの森に向かっている間、真はセーレから地下の世界の始まりを聞かされた。  楽園を追放されたアダムの最初の妻が、死を司る天使サマエルとともにやって来たのが始まりのようだった。二人のあいだに産まれた娘は、その後この世界の守護者となったという。 「その娘は、始めの頃は魔王がいる城の一角に住んでいたようだが、そこを抜けだしあちこち出歩くようになったんだ」 「あちこち?」  真が尋ねると、隣にいるセーレがため息交じりに話を続けた。 「そう、あちこち。東の国へも来たことがある。最後に会ったのは、俺たちが人間界へいく直前だ。いきなり城にやってきて、マリィの伴侶が人間界にいるから一刻も早く向かえと言われてな。その占いを聞いたあと、アマイモン王からマリィを託されて人間界へ向かったんだ。それからすぐに、お前が店にやってきたんだよ」  視線を感じそれをたどってみると、セーレから苦笑を向けられていた。  そのときのことを思い出してしまい、真は気恥ずかしくなった。 「おかしいなとは思ったんだ。結界を張っているから、普通の人間があの店に気づくことはないのに」 「……甘い匂いがしたんだよ。それをたどって店にたどり着いていたらしい」 「らしい、ってどういうことだ?」  セーレの顔が瞬時に怪訝なものに変わる。真はそのときの記憶を思い返した。 「あの日は酒に酔っていて覚えていないんだ。気がつくと店の中にいて寝ていたんだよ。目が覚めたとき、話声が聞こえてきて、それを頼りに店の奥に行ったら……、その……」 「マリィと俺がセックスしてた。それを見てお前は自慰をした。で、マリィもイった、と」  端的に言われてしまい、真は悔しそうな顔をする。 「ま。それが運命だったんだろうな」 「えっ?」 「お前がマリィの伴侶になるべき雄だったっていうことだ。って、ようやく着いたな」  セーレが立ち止まったので、真もそこで足を止めた。しかし、辺りには田園風景が広がっていて、森らしきものは見当たらなかった。真は怪訝な顔をする。 「ふだんは隠しているんだよ。人間界でいう機密保持のためにな」 「機密、保持?」 「まあ、ノームたちに会えば、その理由が分かる。ちょっとこれ持っててくれ」  そう言って手渡されたのは、何の変哲もない紙袋だった。それを手に取ると、ずしりと重い。これからセーレが何をしようとしているのか気になって、真は紙袋を持ったまま彼をじっと眺めた。真が見つめる中、セーレは両手を掲げて、意味が分からない言葉を口にする。  するとそれまで何もなかった所に、白い霧のようなものが立ちこめた。それは、みるみるうちに広がっていく。暫くそれを眺めていると徐々に晴れてきて、やがて木々が鬱蒼と生い茂る森が姿を現した。 「ここがノームの森だ。さ、行くぞ」 「あっ、ああ……」  真はセーレのあとに続いて、森の中に足を踏み入れた。 「セーレさまだ!」  森の中を歩いていると、どこからともなくしゃがれた声が聞こえてきた。しかも、セーレの名を呼ぶその声は徐々に増えている。何せ生い茂った森の中だ。光もほとんど差さない薄暗がりの中、声だけが聞こえてくるものだから、初めてここを訪れる真は怯んでしまう。  だが、セーレは全く動じず、森の奥へと向かって歩いていた。道なき道をなんの迷いもなく進んでいるところを見れば、随分と通い慣れているようだった。真はセーレに後れを取らないように、彼の背中を追いかける。  そうしていると、目の前を淡い光が横切った。小さな光は空中に浮いていて、しかもひとつふたつと増えていく。 「お前を認めたようだな」 「え?」 「まあ、マリィのしるしがまだ着いたままだろうし、当たり前か。真、辺りを見てみろ」  セーレに促されて、真は歩きながら辺りを見渡した。すると、薄暗がりの中、どこからともなくたくさんの小さな光が浮き上がり、こちらに向かってくる。蛍のような光は、やがて真とセーレの周りに集まってきた。 「真、お前、小人(こびと)って分かるか?」 「こびと?」 「そう、小人。この光は彼らの本当の姿だ。さあ、そろそろ着くぞ」  たくさんの光はかなり集まり、今では帯のようになって二人を取り囲んでいた。  そのまま先へと進むと、やがて開けた場所に出る。 「ここがノームの森の広場だ。ほら、向こうに長たちがいる」  広場のようになっている場所に入り口で、セーレが奥を指さした。  その指先をたどってみると、膝下の半分くらいの身の丈しかない老人が、嬉しそうな顔をして立っていた。 「パジェルじいさまだ。東の国のノームの長で、ロザリンド師の弟子の一人」 「ロザリンド師?」  真が問いかけると、セーレは頷いた。 「リリスの娘だよ。そして、アマイモン王に占いを伝えに来てくれた方だ」
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