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第24話

 仕事を終えたあと、真はマリィの店に向かった。  歩道を行き交う人々の群れに混じって歩いているうちに、足がどんどん重く感じるようになっていった。それというのは、会社へやって来たときのマリィの姿を思い出してしまったからだった。  マリィは、生来無邪気な性格らしい。セーレからそれを聞かされたとき、耳を疑ってしまったものだが、ここ数日目にしたマリィの姿を振り返れば、なんとなく分かる気がした。  リーシャの稽古に付き合ってもらったからお礼がしたいと言ったとき。  そして、さきほど向けられた嬉しそうな笑顔や、カフェテリアで目にした彼女の姿を思い返せば、セーレが話していた言葉はあながち嘘ではないと思わされた。それだけに、セーレから掛けられたあの言葉をどう受け止めていいものか悩んでしまう。 『マリィはお前のことを好きになりかけているから、感じたんだよ』  地下の世界に住むもので、人間を伴侶にしたものは今まで居ないという。  彼らにとって人間とは、できうる限り関わりたくない存在らしいから、わざわざ伴侶に選ぶものが居なかったという話だった。 『私があなたと違う存在であることを話したら、全て受け入れてくれた? そんなわけないわよねえ。人間って、自分たちが信じないものは、よってたかって排除するような生き物だし』 『本当は心が弱いだけなのに、良心の呵責に苛まれないために私たちを利用しているだけにすぎないのにね……』  その理由は、マリィから告げられた言葉の中にあった。  しかし、伴侶にこそしないが、交わるものはいたという。そして産まれた子供は、地下の世界では生きられず、人間界でひっそり生きているらしい。だが、そのいずれもそう長くは生きられないとセーレは話していた。 『エネルギーの摂取の方法が違うからな。少しであっても地下の世界に生きるものの血が混じっていたら、ふつうの人間たちのようにはいかないものなんだ。だから、長くは生きられない』  マリィたちは人間のなかにある欲望を、自らの魔力に変えることでエネルギーを得ている。  それが|費《つい》えたとき、彼らの命は尽きる。つまり死だ。だから、人間の欲望が存在している間は、彼らは生きながらえることができるが、人間の場合はそうはいかない。いくら医療技術が進化しても、百年の間に死は訪れる。 『魂が固く結びついた相手が死んだら、もう片方だって同じように死んでしまう。そういう理由も、人間を伴侶に選ばない理由のひとつだ。仮にお前を伴侶に選んだら、マリィはあと六十年しか生きられないということになる。俺たちの平均寿命は人間の時間に換算すると三百年だ。だから、占いでマリィの伴侶が人間界にいると聞かされたとき、耳を疑ったよ』  だから、セーレはマリィに早く子供を作れと言っているらしい。  東の王家の跡継ぎを孕んだら、その時点で大魔王はマリィを伴侶に選べないらしいから。  妊娠するか、それとも人間の伴侶を探すか。それが、マリィに求められているものだという。  それなのに、マリィは人間である自分に好意を抱き始めているらしい。  それまでその存在さえ信じていなかったものが突然現れ、関わらざるを得なくなり、そうこうしているうちに、自分とは異なるものだということを気にしなくなり始めていた。聞き慣れない言葉を耳にしたときくらいしか、彼らと自分が異なる存在だということを感じなくなっている。  だが、セーレからマリィが自分に好意を抱いていると聞かされたとき、実はピンと来なかった。  たとえ自分とは異なる存在だと気にしなくなっていても、そこは全く考えていなかったからだ。  とはいえ、マリィに対しての感情が変化し始めていることを、真は薄々気づいていた。始めの頃こそ勝手気ままに振る舞う彼女にいい印象などなかったけれど、思いがけない姿を目にする度に、それは変化を遂げていった。  しかし、セーレからマリィに迫られている選択を聞かされたとき、自分とは異なる存在であることを思い知らされた。  いずれ、マリィは地下の世界へ戻る。  いずれ、マリィは自分ではない雄を伴侶にする。  いずれ、マリィは自分以外の雄とのあいだに子供をもうける。  そのときのことを思い返しているうちに、店へ向かう足取りが重くなっていた。真は歩道を歩きながら、ため息をついた。わずかに吐き出された呼気は、白いもやとなり夜の冷たい空気に溶けていった。  店の扉を開けた瞬間、真は目を大きくさせた。  それはカウンターの席についていたマリィから、嬉しそうな笑顔を向けられたからである。 「真、待ってたわ」  そう言った後、駆け寄ってきたマリィに手を引かれ、真は店の中に足を踏み入れた。  手を引くマリィを見ると、鼻歌さえ聞こえてきそうな程、嬉しそうにしている。  その姿を目にしたとき、悪い気分ではなかった。そして、甘やかな匂いがより一層強くなった。 「ね、ね。今日ね、真と別れたあと、面白いお店があって寄り道したの」 「寄り道?」 「そう、面白いものばかりあってね。その使い方を聞いているうちに、夕方になってたの。おかげで買い出しに行けなくて、セーレに怒られちゃった」  マリィから苦笑を向けられた次の瞬間、カウンターの中にいたセーレの声が耳に入った。 「当たり前だ。真の会社に寄ってから買い物行くって行っていたのはどこのどいつだ」  セーレから恨みがましそうな目を向けられても、マリィは全く動じていなかった。マリィに手を引かれるままに足を進めていると、カウンターを通り越し、あの部屋へ連れて行かれようとしていた。 「でね、そこで買ってきた物を真といっしょに試したくて」 「俺と? 試す? 何を買ってきたんだ?」  真が問いかけると、少し前を歩いているマリィが振り返った。 「こっちでは、セックス・トイっていうのね、ああいうの」 「は?」  不穏な言葉が突然飛び出てきたものだから、真は目を大きくさせる。 「あっちにもいろいろ出回っているけれど、ああいうのはなかったわ。だから使ってみていいものがあったら、あっちにいる細工師に作ってもらおうと思って」  マリィから無邪気な笑顔を向けられてしまい、真は言葉を失った。
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