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第23話

「じゃあ、行ってくる」  真は、そう言って席から立ち上がり、統括室へ向かおうとした。  するとそのとき、タイミングを見計らったように机の上にある電話が鳴る。  それに気がつき、受話器を取ってみたところ、受付から来客の知らせだった。  来客と言われても、心当たりがない。  海外事業部にいたときのように、社外の人間との付き合いはなかったからだ。  労務課は社員のことしか扱わないし、真は不審を抱きながらビルの一階にある受付へと向かうことにした。  労務課は十階建ての本社ビルの三階だ。そこから一階までは、階段を使うことになる。  誰か分からないけれど待たせるわけにはいかないし、真は早足で階段を下りて向かったのだ。階段を下りて受付へと向かうと、受付を担当している社員が待ち構えていた。 「槙野課長、おいでになられた方は、あちらに……」  そう言って差し出された手の先にいたのは、マリィだった。  真は思わず目を見張る。なぜなら彼女は黒のパンツスーツを着ていたからだ。  どこからどう見ても、デキる女にしか見えない。ふだんとは打って変わった雰囲気のせいで、真は言葉を失った。ぼう然となって立ち尽くしていると、マリィが近づいてきた。カツカツとヒールが床を蹴る硬質な音がフロアに響く。 「こんにちは」  笑みを向けられたとき、真はドキッとした。  何も返さずに見ていると、マリィがパチパチと瞬きをした。 「真? どうしたの?」 「ど、どうしたもこうしたもないよ……。なんで、ここに?」  顔の火照りを感じながら尋ねると、マリィは「うふふっ」といたずらっ子のようにほほ笑んだ。 「真が働いてる所を見てみたかったの。ついでに働いてる真のことも見たくて」  マリィからまっすぐな目を向けられて、真は返事に窮した。  すると、またも真が何も言わなくなったものだからか、マリィは不安げな顔をする。 「あ、ごめんなさい。仕事の邪魔、だったわよね」 「いっ、いや、そうじゃなくて。いきなり来られたから、驚いただけだ……」  不安そうにしているマリィを見ていると、申し訳なさが募る。  ちゃんと説明したいのに、ぶっきらぼうにしか答えられなかった。  目の前で所在なさげにしているマリィの姿が小さく見える。数日前のあのときと同じように。初めてリーシャの稽古に付き合った日、マリィのしおらしい姿を目にしたときのことを真は思い出してしまう。しゅんと肩を落としているマリィに気づかれないように、ロビーにある時計を見て、真は声を掛ける。 「ここにはカフェテリアがあるんだが、茶でもどうだ?」  すると、マリィが顔を上げた。驚いた顔をしている。 「えっ?」 「そんなに時間は取れないけれど、お茶する時間くらいなら付き合える」  真がそう言うと、マリィの表情がみるみるうちに嬉しそうなものへと変わっていった。 「うれしい……」  耳に入った声は、本当に嬉しそうな声だった。  そのとき、あの甘い匂いがふわっと漂いだしてきて、真の鼻をかすめていった。  セーレに言わせると、その甘い匂いそのものがチャームだという。  チャームは、全てのものを魅了する力だ。それと同時に、それを放つ相手の感情の揺らぎを示すという。ということは、喜んでいるから、チャームの香りが強くなっているということだ。それがなんだか嬉しかった。 「じゃ、行こうか。14時には仕事に戻らないとまずいから、それまでになるが……」 「それでもいいわ。ありがと、真」  マリィから嬉しそうな笑みを向けられて、真もまた笑みで返したのだった。 『俺たちが人間界へやってきたのは、マリィの伴侶を探すためなんだ。それに大魔王から逃れてきたのもある』  数日前、セーレから教えられた話が頭に浮かんだ。  マリィは、オーガズムに達すると魔力が増幅するらしい。  そして、その膨大な魔力が欲しい大魔王から、再三にわたって求婚されているという。  だが、マリィがオーガズムを得られる相手は、心を開いている相手だけだ。  伴侶か、血の盟約を交わしている相手との行為でしか、彼女はオーガズムを得られない。 『だから、その行為中をお前は見たんだ。ああやって定期的に魔力を増幅させないと、マリィはあの姿を維持できないからな』  人間相手に姿を見せるとき、魔力を大量に消費するという。  本来の姿と同じものを、自分自身に被せているからだとセーレは教えてくれた。  だから、マリィの本当の姿は人間の目には見えないのだ。 『大魔王から求婚されていたが、マリィの父親がそれをことごとく撥ね付けていたんだ。しかし……』  いくら大魔王と名乗るものでも、不老不死ではないらしい。  魔力が尽きそうな大魔王は、いよいよ強硬手段に打って出たという。 『地下の世界には東西南北と四つの国があって、その真ん中に大魔王がいる国がある。国と言っても、そこに住んでるのは王とその家臣だけだがな。今まではお互いの領土のことに関しては不可侵だったんだが、マリィを差し出さないと、東の国を滅ぼすと言ってきやがった』  賢王と名高いマリィの父親は、セーレにマリィを託した。  マリィが伴侶を見つける間、どうにか時間を稼ぐからと。 『伴侶っていうのは、自然の|理《ことわり》と同じくらい大事なものなんだ。だから、マリィに伴侶ができたなら、その時点で大魔王はマリィをどうこうできなくなる』  魂同士が強く結びついた伴侶を引き剥がすことなど不可能だという。  もしも、それを無理やり行えば、大きなしっぺ返しがくるらしい。  東の国にいる占い師によれば、マリィの伴侶となる雄は人間界にいるという。  それで彼らは人間界へやってきたのだ。己の魔力が削られることを覚悟の上で。 『俺やリーシャは、人間に触れるだけで魔力を補えるが、あいつはできない。自らがブースターになって魔力を増幅させないとならないんだ。だから、定期的に俺が相手になっていたんだが……』  話していたセーレから意味深な目線を向けられたとき、意味もなくいたたまれない気持ちになった。 『あいつ、お前に心を開きかけているから、魔力を補給しながら増幅していたっぽくてね。それで最近は相手しなくてもよくなったんだよ』  セーレから話を聞き終えたあと、真は今までのことを振り返った。  そして、これからどんな風にマリィと関わっていけばいいのか思い悩んだ。  そんなとき、突然職場にマリィがやって来たものだから、本音を言えば困っていたのである。  だが、マリィもセーレも呼吸をするかのごとく自然に心のなかを見てしまう。  だから、真は突然やって来たマリィを前にして、なるべくなら昨夜のことを思い出さないようにして接していた。そんな真のことなど知る由のないマリィは、初めて入ったカフェテリアが気に入ったらしく、一緒に居る間嬉しそうにしていた。  そして、二時になり、マリィは「バイバイ」と言って去っていったのだが、その後彼女が立ち寄った店で手にいれたモノで、真は苦労させられることになる。
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