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第22話

 真は、マリィの店へと向かっていた。  会社を出たときには薄闇が迫っていたのに、今ではすっかり暗くなっていた。  店のあかりが歩道を明るく照らす中、真は浮かない顔で歩いている。  真が浮かない顔をしているのは、二日前に起きた出来事のせいだった。  マリィを抱こうとしたときまでは、確かにその気になっていた。  だが、急に気持ちが冷めてしまった。それにそのときのマリィの様子も変だった。  真はその理由を考えているのだ。  冷めた気持ちのままマリィを抱いているうちに、やり切れなくなった。  しかし、徐々に乱れるマリィの姿のおかげで、無事に射精することができたけれど、その後に訪れた虚しさは、マリィに一方的に犯されたものよりひどかった。できればいつものように意識を飛ばしてほしかったが、肝心のマリィがぐったりとなったまま動かないものだから、彼女が落ち着きを取り戻すまで待たなければならなかった。  マリィの姿は、どこからどう見ても絶頂を迎えた女のものだった。噴き出した汗で濡れた肌。ピンク色に染まった手足を投げ出していた。だらしなく開いた唇から吐き出される息づかいは荒く、黒い瞳はすっかり潤んでいた。彼女が呼吸をするたび、柔らかな乳房が上下に動く。その頂きは赤く色づいていて、しっかりと立ち上がっていた。それを見ていると、マリィがくったりとベッドに投げ出した手を伸ばしてきて、ぎゅっと抱きつかれた。そのときの柔らかな肌の感触と、漂っていた甘い匂いを思い出したとき、勃起がぐんと堅さを増した。ニット生地を押し上げる感触と圧迫感が肉茎から伝わってきて、真はできうるかぎり平静を装って店の扉を開けたのだった。 「今日は休みだ。マリィもリーシャも月の障りが来て、朝からずっと寝続けてるから」  店のドアを開いた次の瞬間、バーテン姿のセーレから告げられて、真はほっと胸をなで下ろした。  そして、踵を返そうとしたが、セーレに引き留められてしまう。 「今日はサシで飲まないか?」  唐突に誘われて、どうしたものか真は迷った。今までもマリィが月の障りのときはあった。そのときは、今夜のように誘われることがなかったから、そのまま家路についていた。それがなぜ、今夜に限って引き留められたのか分からず、真はどうしたものか考えてしまう。  真がカウンターの向こうに立っているセーレの表情を伺うようにしながら、入り口で立ったままでいると、セーレから呆れた顔を向けられた。 「あのな、別に取って食おうとしているわけじゃない。ただ、ちょっと付き合ってほしいだけだよ。それにお前も俺に聞きたいことがあるんじゃないのか?」  意味深なまなざしを向けられてしまい、真は言葉を詰まらせた。そうだ、マリィやセーレには、胸の内が見透かされてしまう。そのことを思い出し、憂鬱そうにため息を吐き出したあと、真はカウンターの席に着くことにした。  もしかしたら、セーレなら分かるかもしれない。  マリィを抱いているときに急に気持ちが冷めてしまったことはさておき、あの夜彼女が乱れた理由を。  だが、どうやって切り出したら良いのだろう。真はセーレに見透かされていることを忘れて、考え始めた。 「ふうん。マリィがねえ……」  真はぎょっと目を剥いた。勢いよく顔を上げると、セーレがグラスに酒を注いでいる。 「じゃ、その話からするか……」  すっとグラスを差し出したあと、セーレは自分のグラスに酒を注ぐ。  そしてそれを一口飲んでから、落ち着いた声で話し始めた。 「マリィはお前のことを好きになりかけているから、感じたんだよ」 「は!?」  真は思いも寄らないことを聞かされてぼう然となっている。  だが、そんな真のことなどお構いなしに、セーレは話し続けた。 「マリィは心を開きかけているんだ。お前という雄を受け入れたいからって」 「え、っと。ちょっと待ってくれ。頭が混乱してて……」 「初めてマリィとセックスしたとき、あいつ冷静だっただろ? お前に興味はあったが、好きだという気持ちがなかったからだ。だからどこまでも冷静でいられるんだ、行為の最中な」  確かに初めてマリィに犯されたときは、彼女はいたって冷静だった。  まるで、観察でもするような目を向けたまま馬乗りになっていた。 「な?」  同意を促すようなセーレの声。それが耳に入り、真は頷いた。 「さてさて、この一か月のあいだにお前とマリィの間で何が起きたんだかねえ……」  セーレを見ると、また意味深なまなざしを向けられていた。  それに気まずさを覚えてしまい、それを誤魔化そうとして、真はふて腐れたふりをする。 「何もなかったはずだ。多分……」 「いや、何かあったはずだ。マリィは、誰にでも心を開くやつじゃないから……」 「え?」  セーレを見ると、真面目な表情を向けられていた。 「あいつは、いずれ東の国を治めなければならない立場にあるんだ。ただ……」 「ただ?」  真が聞き返すと、セーレは湿っぽいため息をついた。 「マリィが伴侶を見つけないことには、王になることはできないし、あっちに戻れない」  セーレが苦笑しながら話すのを、真は聞くだけしかできなかった。  ならば早く見つければいいではないかと返したかったけれど、どうも何か事情があるように思えてならない。それが何であるか気になるところだが、聞くのもためらわれた。  あっちとは、地下の世界のことだろう。何か事情があって人間界へやって来たことだけは分かっていたが、そういう理由があったとはさすがに知らなかったし分からなかった。そのとき真の脳裏に、マリィのの姿が浮かんだ。 『これね、人間の世界にある果物を初めて使ったのよ。本当は地下の世界の果物を使いたかったらしいんだけど、今あっちに帰れないから、私たち……』  マリィが表情を曇らせた理由は、それだったのだろう。そのときの事を思い出しながら、真は酒を口に含んだ。そのとき。 「占いに出たとおり人間界に来てみたが、マリィの伴侶となるような雄はなかなか現れない。そうこうしているうちに、あいつは王に……」  苛立ちが滲んだ声だった。真はとっさにセーレへと目を走らせた。  セーレはしまったという顔で、真を見つめ返す。 「あいつ?」  真は怪訝な顔をセーレに向けた。  するとセーレは気まずそうな顔をしながら、グラスに残っていた酒を飲み干したのだった。
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