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第17話

「じゃあ、そろそろしましょうか」 「は?」  マリィから声を掛けられ、真は顔をきょとんとさせた。喉が渇いていたのか、レモネードを一気に飲み干したマリィが勢いよく振り返る。キッと睨まれてしまい、真は思わず怯んでしまった。 「は? じゃないわよ。リーシャは満足しただろうけれど、私は満足してないの!」  前のめりになりながら、マリィが勢いよくまくし立てた。ただならぬ雰囲気を放つマリィの姿は、息を飲んでしまうほど迫力がある。向けられた黒い瞳から目をそらせず椅子に座りながら凝視していると、急にマリィが顔をはっとさせた。そして、すぐに拗ねた子供のような顔になり、ぷいとそらす。 「と、とにかく。早くしましょう」  マリィは、突然態度が一変するときがある。始めの頃こそ戸惑ったものだが、いまではすっかり慣れっこだ。こういうときは、黙って従っておいた方が面倒が少なくて済む。真が疲れた表情でマリィを眺めていると、いきなり腕を掴まれた。 「目を閉じて」 「え?」 「いいから、目を閉じてってば!」  急に怒りだしたマリィにそう言われてしまえば、おとなしく目を閉じるしかない。心の中で、やれやれと言いながら、真はまぶたを閉じたのだった。  目を閉じたあと、すぐに空気が揺れた。そして、自分を囲んで一陣の風が吹き抜ける。  すると、それまで確かに椅子に座っていたはずなのに、柔らかい何かに寝転んでいるような感触が背中に伝う。真は目を閉じたまま、考えを巡らせる。何が自分の身に起きたのかと。そのとき、どこからともなくマリィの声がした。 「いいわよ。目をあけても」  柔らかな甘い匂いが鼻をかすめる。恐る恐るまぶたを開く。すぐ目に飛び込んできたものは、柔らかな光を放つライトだった。しかも天井にはワインレッドの布が張られている。真は、ゆっくりと体を起こし、あたりを見渡した。  薄い布に覆われた天蓋付きのベッドの上にいるようだった。両手を広げても、なお余りある大きなベッドの中央にはマリィがいて、膝をつきながら真をじっと見つめていた。髪が赤毛になっている。 「ここ、どこだ?」 「ここは、どこでもないところよ。私が作った空間だから」  マリィはさらりと言ってのけたが、よくよく考えれば不思議な言葉だった。  どこでもないところ、マリィが作った空間。二つの言葉が頭の中で繋がりそうで繋がらず、真は怪訝な顔をする。それをじっと見ていたマリィが、言いにくそうにしゃべり出した。 「お礼、しようと思って……」 「えっ?」 「リーシャの練習に付き合ってくれたお礼よ……」  ますます意味が分からず真が目を瞬かせると、マリィがいきなり迫ってきた。 「あなた、リーシャの練習につきあったでしょ! そのお礼をしようと思って、わざわざここを作ってあげたの!」  四つんばいになったマリィに迫られて、真はその勢いに怯んでしまう。  目の前では、マリィが怒りをあらわにさせていた。しかし、しばらく見つめ合っているうちに、マリィはバツが悪そうな表情を浮かべて、後ずさった。  マリィの言動を整理すると、どうもこういうことらしい。  リーシャの練習に付き合ったから、マリィがそのお礼をしようとして、それまでいた場所とは違う場所をわざわざ作った。ここまでは分かる。だが、そのお礼がなんであるか気になった。  真はもう一度あたりを見渡した。しかし、何度見てもキングサイズクラスの豪華なベッドの上だ。マリィは何をしようとして、わざわざこんな場所を作ったのだろうと考え始める。すると、聞き逃してしまいそうなほど小さな声が聞こえてきた。 「あなたに……」  真は耳を澄ます。 「あなたにお礼がしたいけど、私、何も持っていないから、だから……」  俯くマリィを見ていると、彼女が急に顔を上げた。 「ああいうのが好きなんでしょ?」 「え?」 「さっきの夢よ。あんなふうにセックスするのが好きなんでしょう?」  真面目な表情で尋ねられ、真は言葉を詰まらせる。改めて尋ねられると妙に気恥ずかしい気分だが、実際のところ夢でしたようなセックスが好きなのは事実だ。しかし、そこにはなんの感情もない。あるのは肉欲だけだった。だが、マリィには、違うものに見えたのだろう。  体の自由を奪った上に跨がって、勝手な理由で我慢を強いてきた女の目に、どういうものに見えたのか、真は気になった。しかし、今それを聞いている場合ではない。目の前では、マリィが窺うような目線を向けている。真は、小さなため息をついたあと、頷いた。 「そう……」  今度はマリィがため息を吐き出した。その上がっかりしたような表情を浮かべて。  次に何を言い出すかじっとしながら待っていると、マリィが目線を落としたまましゃべり始めた。 「やっぱり、駄目ね、私。相手が望むようなものを見せないとならないのに、できなかった」 「……どういうことだ?」  余りにも思い詰めたように話すから、気になってしまう。真はマリィに近づいた。 「前に話したわよね、私たちは人間たちの欲望をもらって生きているって」 「あっ、ああ……」 「エネルギーをもらう代わり、ひとつだけ欲望を叶えてあげるの。もちろん、それは性的な欲望だけどね。それを探るためにチャームがあるんだけど、どういうわけかあなたには効かなかった。だから仕方なく体の自由を奪って動かせないようにしたんだけど、あなたにとっては苦痛だったのね。さっき分かったわ」  しおらしく話すマリィの姿は、なんだか頼りなかった。それを眺めていると、彼女がぽつりと零す。 「チャームが効かない理由って、あなたが何に対しても希望を持てていないからじゃないかってセーレが言ってた」  その言葉を聞いたとき、真はどきりとした。体がこわばり、思い出したくもないことが次々と蘇ってくる。マリィと関わるまでは、考えないようにしているにも関わらず、不意に浮かんできては気が滅入っていた。  しかし、マリィと関わってからは違う。最近では思い出すことも少なくなっている。それどころか、予期せぬ幸運まで舞い込んできたことを思い出し、真はマリィに目を向けた。彼女は肩を落としたまま、しょんぼりとしている。 「そういや、ありがとうな」 「えっ?」  マリィが顔を急に上げる。 「お前の加護のおかげで、俺、元の職場に戻れるようになったんだ。といっても、すぐじゃないけどな……」  苦笑しながら真が告げると、マリィもまた苦笑いを浮かべた。 「全てが全てじゃないわ。あなたがこれまでやって来たことがあったからよ。加護はその結果が出るのを早めるだけだから」 「そうであっても、早く戻れる。ありがとう」  真が礼を述べると、マリィは少しだけほほ笑んだ。
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