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第14話

「はい、どうぞ。召し上がれ」  すっと差し出されたものは、白いティカップだった。  その中には紅茶のような香りを放つ温かい何かが注がれている。  真は訝しげな顔で、それを見下ろした。 「紅茶よ。余計なものは何一つ入ってないし、入れてないわ」  不機嫌そうな声が耳に入りマリィを見ると、ふて腐れたような顔で睨まれていた。真は内心で毒を吐く。そう疑われても仕方がないことをしてきたやつは、どこのどいつだと。それが自然と目つきに出てしまい、マリィをにらみ返していた。すると、マリィが拗ねたような顔で目をそらす。 「なっ、何よ。本当に何も入れてないわよ!」 「何も入れてなくても、影響を及ぼしたものがあったじゃないか」 「あっ、あれはマンドラゴラとアルラウネのお酒だからよ!」 「じゃあ、これだって、そういうやつかもしれないじゃないか!」 「これは、昨日コンビニで買ってきたティパックの紅茶よ! それにそれをカップに入れて湯を注いだあと、何も入れてないってば! それにこれからリーシャのことを頼もうとしている人間を粗末に扱うわけないじゃない!」  身を乗り出しながら勢いよく言い放つマリィ。向けられた瞳は必死なものだった。そんな目を向けられると、マリィの言葉を信じない自分がひどい男に思えてくる。だからといって態度を軟化させたりしたら、間違いなくマリィはつけあがる。真は表情を変えないようにしながら、差し出されたものに手を伸ばした。華やかな香りが湯気とともに揺れていた。  口元にカップを近づけて、香りを嗅いでみる。といっても、匂いで何かが分かるわけでもないのに。  視線を感じそれをたどると、マリィから恨みがましそうな目を向けられていた。真は目に力をこめて、カップに注がれているものを口に含む。味だけなら、ただの紅茶で間違いなかった。 「ね、だから言ったじゃない。何も入れてない紅茶だって」 「そう言われたって、すぐに信じられなくなったのはどこのどいつのせいだ?」 「私、あのとき嘘は言わなかったわよ。ただ、飲み慣れないものが飲むと媚薬になっちゃうってことを言い忘れただけ」 「言い忘れただと? チャームがきかなかったから媚薬を盛ったってあのとき言ってたじゃないか!」  真が問い詰めると、マリィはうっと言葉を詰まらせた。その後しばらくにらみ合うことになったけれど、マリィが根負けしてしまう。バツが悪そうな顔で真の向かいの椅子に腰かけた。  ふて腐れながらも顔を俯かせているということは、悪いことをしたという自覚はあるのだろう。いつも尊大な態度で自分に接するマリィの、らしくない姿を見ているうちに怒りがその勢いを失っていった。 「で?」 「えっ?」  真はむすっとした顔で話を促した。突然短い言葉で尋ねられたものだから、驚いたのかマリィが目を大きくさせて声を上げる。急に魅力的なアーモンドアイで見つめられ、真はどきっとする。なんだかんだ言っても、マリィの姿は何から何まできれいだから、気を抜くとついつい流されてしまいそうになる。気を引き締め直して、真は口を開いた。 「リーシャの件、説明してくれよ。セーレだと説明不足だって言ってただろ?」 「えっ、ええ。セーレは儀式には参加したことがあるけれど、当事者だったから全てを知っているわけじゃないの。いわば傍観者、私の淫魔の力を解放したのがセーレなのよ」 「淫魔の力を解放した、ということは、つまり……」 「セーレが私の初めての相手なの。だから自分達の周りで、誰が何をしているかは分からないのよ」  困ったような顔したマリィからそれを聞かされたとき、一胸の奥がざわめいてモヤモヤとしたものがそこから広がってきた。それがふだん感じたことがないものだけに、真は怪訝な顔をする。名もなき感情を持て余しながらも、マリィに話の続きを促した。 「それで、周りでは何が起きているんだ? というか、儀式なのか?」 「ええ、れっきとした儀式よ。まず淫魔になろうとしている女性と、相方を務めるものを中心にして円陣を作るの。その円陣を作るのは淫魔になろうとしている女性側の一族。彼らは彼女の魔力が暴走したとき、身を挺して止める役割を持っているの。つまり二十人余りに見守られながらセックスするってこと。そう言えば聞いてなかったけど、あなたセックスしているところを見られたとか見せた経験は?」 「あるわけないだろうが……」 「なら駄目ね。緊張のせいで、勃起しないものらしいし。かといって媚薬を用いたら危険だし。となると、やっぱり血の盟約を解消してから、セーレに頼んだ方が賢明ね。あなたらならって思ったけど、残念だわ」  そう言ってマリィは物憂げな顔をした。 「ところで、その血の盟約とはなんだ?」 「破瓜の際、出血するでしょう? その血が相手の身も心も縛るのよ。だからセーレは、私以外のものとは、セックスできないの。それを解消しない限りはね」 「なら解消すればいい」 「あっさり言うけどね、そう簡単なことじゃないのよ。私に伴侶ができない限りは解消できないんだもの」  マリィが言う伴侶とは、人間でいう配偶者のようなものらしい。しかし、その繋がりは人間の夫婦よりもかなり深いものだと、真はセーレから聞かされたことがあった。 『伴侶っていうのは、人間でいう一蓮托生、比翼連理と同じかそれ以上のものだ。魂同士が硬く結びついてるから、片方が消滅したらもう片方も消滅する』  真は、セーレが独り言のように話していたのを思いだした。 「だからといって、あいつを伴侶にしたくはないし。そんなことをしたら全てが台無しだわ……」  セーレから伴侶のことについて聞かされたときのことを振り返っていると、つぶやきにも似た声が耳に入ってきた。真が向かい側にいるマリィへ目を向けると、視線に気づいたのか彼女も真に黒い瞳を向ける。 「儀式のことはさておき。リーシャの稽古相手、よろしくね」 「へ?」 「リーシャが休憩から戻ってきたら、早速お願い」  マリィから魅力的な笑顔を向けられてしまい、真は断ることができなかった。
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