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第13話

「酒を飲み終えたら来いってさ」  セーレが真のもとへ戻ってきたのは、しばらく経ったあとだった。  マリィとどんな会話を交わしたのか気になるところではあるが、聞く気にはなれなかった。彼らに関わるときは自分の意思などあってないようなものだ。だから、自分一人だけ蚊帳の外で話が勝手に進んでしまっても受け入れるより他はない。真は湿っぽいため息をついた。 「そんな顔すんなよ。リーシャはセックスを知らないから、マリィのときと同じようにはならないから安心しろ」 「えっ?」  カウンターの中に戻ったセーレを見上げると、にやにやとずる賢い笑みを向けられていた。 「一方的に責められて喜ぶようなタチじゃないものな、お前」  セーレから指摘されたとき、心臓が大きく脈打った。どうやら、セーレはマリィとの行為をすべて知っているらしい。それに気づいたとき、妙にいたたまれない気持ちになった。閨事は秘め事という言葉の通り二人だけが知っていればいいいことで、他人に知られることは恥ずかしいものがある。真は気まずさを誤魔化そうとして、グラスに残っていた酒を一気に飲み干した。 「幾ら淫魔の素質を受け継いでいたって、その素質が開花していないなら人間の女と同じだ。それに人間同様、サキュバスの初めても相当痛いらしい」 「そうなのか?」 「当たり前だ。かりそめの姿ではあるが、肉体構造は基本的に人間と同じだからな」  そう言えばそうだった。目の前にいるセーレといい、マリィといい、彼らがそう見せているから気づかないけれど、彼らの本当の姿は確か……。以前セーレから聞かされた話を思い出そうとしたとき、そのセーレが説明し始めた。 「体も心も開ききらないうちに無理やり突っ込むと、リーシャの魔力が暴走する。痛みを与えている相手を排除しようとしてな」 「排除ってことは、つまり……」 「まあ、存在自体が消えるんだよ。本来は経験を積んだインキュバスがサキュバスの初めての相手に選ばれるから、そういったことは少なくなったけれど」 「ちょっと待て! 俺はただの人間! 経験を積んだインキュバスじゃない!」  リーシャを女淫魔にするためには経験を積んだ男淫魔でなければならないと言っているくせに、なぜ自分のようなただの人間を選ぶのかが理解できない。真が勢いよく言い放つと、セーレはしれっとした顔で返事した。 「だって、女を大事に抱くタイプだし、お前。ちゃんと喜ばせてやって濡らしてから抱いてるだろ、いつも。といっても随分御無沙汰のようだがな」 「なっ!!」  セックスの好みを言い当てられただけでなく、数年にわたりそういったセックスをしていないことを指摘され、真は言葉を詰まらせた。呆然としている真をよそに、セーレは淡々と話を続ける。 「要はだ、女を大事に抱けるなら人間だろうが淫魔だろうが誰だって良いんだよ。リーシャの体と心が開くまで根気強く付き合えるやつじゃないと駄目なんだ。そういう相手なら破瓜の痛みにも耐えられるし、相手を受け入れたいからこそ魔力を押さえることができる。それに……」  セーレから意味深な視線をいきなり向けられた。 「それにお前にゃ、マリィの加護があるから大丈夫だろ」 「加護? なんだそりゃ」 「マリィに抱かれた男にゃ、加護がつくんだよ。精を頂いたお礼のようなものだ。そういえば、この店に来たときすぐに分かった。なんかいいことあっただろ、お前」  鋭い目線を向けられて、真はうっと呻いた。セーレの言う通り、思いがけない出来事があったのは事実だ。  店に向かう前に掛かってきた電話で聞かされた言葉が頭に浮かぶ。 「実は、元の仕事に戻ることになった」 「良かったな。それは多分お前が望んでいたことだろうし。それにしてもおかしな話だ。マリィのチャームはきかないくせに、加護はしっかりついてんだから」  からかうような口ぶりで言われたが、真は気にならなかった。  真がかつて海外事業部にいたころ、話を進めていたものがあった。以前食堂で聞いてしまった話の中で出ていたやつである。課長に就任したばかりの男が、実績作りのために真が途中まで手をつけていたものを利用しようとしたら、海外事業部の課長たちから指摘されたらしい。それは真が作ったものであると。その上、真から提案されたものだからやってみようと思っただけだということも。  結果、新たに提案されたものは却下された。  その後海外事業部長と部内に新設された統括室の室長が協議をした結果、立案者である真を部内に呼び戻すことになったという。ちなみに統括室室長は悠木だ。真は統括室の室長補佐という立場で海外事業部へ戻ることになる。  それがマリィの加護によるものならば、いささか複雑な気分である。それは、あの案を評価されての復帰でないような気がしたからだった。ようやく認められたと密かに喜んでいた自分に呆れてしまう。 「酒、飲み終わったなら行けよ。マリィとリーシャが待っている」 「ああ……」  すっかり空になったグラスを見つめていても、何も変わらない。現実を受け入れるよりほかはないと思い直し、真はのろのろと席から立ち上がった。 「今日いきなり初めてはないだろうけど、もしもマリィから許しが出たら、そのときは大事にしてやってくれ。リーシャは俺の妹のようなものなんでね」  面倒くさげに席を立ち上がり、部屋へ向かおうとしたとき、セーレの声が耳に入った。真はそれに返事もせずに、重い足取りで部屋へと向かったのである。 「そうよ。うまいわ、リーシャ。もっと舌をくねくねさせてごらんなさい」  椅子に腰かけるマリィの両脚のあいだに、白い髪の毛が見えた。プラチナブロンドの髪をマリィが愛でるように撫でている。二人とも全裸に装飾がついたネックレスやベルトを付けている。マリィは金の装飾を、リーシャは銀の装飾を付けているようだった。 「ペニスは興奮が高まると、亀頭が盛り上がってきて雁首のくびれが顕著になるの。そこを指で掴みながら裏筋や根元を舐めてあげると気持ちいいものらしいわ」  マリィが説明すると、白い頭が小さく上下した。  真は初めてマリィを見たときと同じように、入り口の隙間から部屋の中を覗いていた。  どのようなレッスンをリーシャに施しているのか興味があったからというのもあるが、実はタイミングを逸したせいだ。目を凝らして中の様子を見てみると、確かに練習しているようだった。  リーシャに説明するときや褒めるとき、マリィはとても柔らかな声で優しい言葉を使う。自分に対しては大半が命令口調なだけに、真としては面白くない。モヤモヤとしたものを感じながら二人の様子を眺めていると、急にマリィが顔を上げた。 「ねえ、いつになったら入ってくるのよ。のぞき魔さん」  呆れた顔でそう言われ、真はぎくりと体をこわばらせた。バツが悪そうに扉を開き、マリィをにらみ付ける。 「そののぞき魔っていう言い方やめろっていってるだろうが……」 「あら、だってのぞきが好きなんでしょう? 今だって、覗いてたし」 「それは、どんなことをしているのか分からなかったから、つい……」  まるで教師に叱られている出来の悪い生徒のように、真はしおらしく返事した。マリィは、リーシャの頭を撫でながら呆れたようなため息を吐く。 「リーシャ、一端休憩。ずっと舐めていたから顎が疲れたでしょう。セーレがおいしいレモネードを作っているはずだから飲んでいらっしゃい」 「はい、マリィさま」  そう言ってリーシャは、すっと立ち上がり真の方へ振り返った。金属の装飾がぶつかり合って澄んだ音が鳴る。きめの細かな白い肌に銀の装飾が映える。腰まであるきれいな白銀の髪が華奢な肩に掛かっていた。胸はマリィほどではないが、きれいな形で盛り上がっている。もちろん乳首は淡いピンク色。きゅんと持ち上がっている尻は丸みを帯びている。そこから続く脚は細い。リーシャの裸体を初めて見た真は、均整のとれたプロポーションに目がくぎ付けになる。見られていることに気がついたのか、リーシャが宝石のように美しい青い目を真に向けてにっこりとほほ笑んだ。その笑顔を見たとき、心臓を鷲づかみにされたような痛みが走った。 「真さま、マリィさまを頼みます」 「あっ、ああ……」 「それでは失礼いたします」  ぺこりと頭を下げてから、リーシャは部屋をあとにした。  扉が閉まったと同時に、落胆が混じったような深いため息が聞こえてきた。マリィに目を向けると、彼女は椅子に腰かけたまま、むすっとした顔を向けている。  きれいな女は不機嫌な顔であっても美しい。だが、向けられているまなざしが余りにも鋭いものだから怖くなる。怯みそうなところをどうにかこらえ、真はマリィに声をかけた。 「なんで、そんな顔をしてるんだ?」  煌びやかな装飾を美しい肢体に巻き付かせ、椅子に座る姿は女王のようだ。だが、股の間にあるもののせいで、違和感を覚えずにいられない。そう、マリィの股間には見慣れたものが有った。しかもしっかり反り返っている。真がそれに目を留めると、またひとつ呆れたようなため息が耳に入った。 「これが気になる?」 「はあ?」 「リーシャの稽古のために勃起させたのよ。でも、本物の男が来たからいらないわよね」  マリィがそう言うと、真の目の前で勃起が瞬く間に消えた。 「さて、と。リーシャが休憩している間に、説明しないとならないわね」 「説明?」 「セーレから聞いているのでしょう? リーシャの稽古相手と初めての相手になれと」 「あっ、ああ」 「セーレがどんなことを話したか分からないけれど、多分全てを話していないはず。彼は淫魔ではないから全てを知っているわけじゃないし」  腕を組みながら話していたマリィが、椅子から立ち上がった。しゃらんと金属同士がぶつかり合う音が鳴る。豊満な胸の間で、ネックレスの赤い宝石が揺れた。 「でも、私もあなたならって思ってる。その理由とどのようなことをするのか、それをこれから説明するからこっちに来てくれる?」  そう言ってマリィは、椅子に手を添えた。すると不思議なことに、その椅子がみるみるうちに二つになった。それだけでなく、テーブルが床から出てきたのである。 「さ、これに掛けて。おいしいお茶を入れるわね」  ふだんのそれとは打って変わって優しい声だった。  マリィは椅子の背もたれに手を添えてそう言った後、テーブルの上にあったティセットで茶を入れ始めたのだった。
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