12 / 41

第12話

 秋の薄暮は夏の頃より短い。  真は窓辺に立って、夕闇が広がりゆく高層ビルの群れを眺めていた。  夕闇に染まる街なみと空の色が重なり、霞の中に溶けていく。  淡いオレンジ色に染まっていたビルが色を失っていくさまは、まるでそこから熱が消え行くように見えた。  薄闇が広がると同時にビルの窓から光が漏れ始め、建物が夜の闇に飲まれてその輪郭を失っていく。  あとに残る光の瞬きは、昔見上げた夜空に輝く星のようだった。 「さて、と。そろそろ行くか……」  真は、ぼやきにも似たつぶやきを漏らす。  当たり前だ。これからマリィのもとへ行くのは、自分の本意ではないのだから。  本音を言えば、マリィたちとは関わりたくない。しかし、関わらざるを得ない理由があるから仕方ない。  マリィと初めて直に肌を重ねた、というより一方的に責められた夜から、真は二日に一度あの店へ行っている。そしてマリィに抱かれ、散々搾り取られていた。マリィに跨がられ責められて我慢させられて、耐えに耐えたあと一気に放出するのだが、そのとき得も言われぬ程の快感が襲いかかってくる。それに飲み込まれ、いつの間にか意識を失い、気がつけば自宅のベッドで朝を迎えている。それをここ一か月、二日に一度続けていたのだ。  そうなったきっかけといい、夢にマリィが現れたときといい、余りにも現実感がないせいで、夢だと思っていた。しかし、夢ではない証拠がまだペニスの根元に付いている。  根元に巻き付けられた赤い髪の毛は一度は外れたものの、翌朝にはまたしっかり巻き付けられていた。そして、孫悟空の頭につけられた緊箍児(きんこじ)のようにきりきりと締め付け、マリィのもとへ行くよう促してくる。始めの頃こそ強い口調で外すよう訴えたけれど、軽くあしらわれるだけでなく行為に及ぶものだから、そうこうされているうちに頭から抜け落ちてしまうのだ。だから真のペニスの根元には、マリィの赤毛が巻き付けられていた。  その髪の毛が巻き付けられている間は、マリィにしか勃起しないようになっている。ものは試しと、己の性欲を駆り立てるようなものを見てみたが、逸物は一向に硬くならない。これがマリィが言っていた所有の呪いということならば、彼女が飽きるかいなくなるまでの間は受け入れるよりほかはない。そう真は諦めたのだった。  真はため息を漏らした後、自分の席に戻った。そして帰り支度を始めたとき、突然机の上にある電話が鳴った。電話を掛けてきたのは、総務部長だった。今日提出した書類に不備でもあったかもしれないと思いながら用件を聞き始めると、思いがけないことを聞かされた。 「よう、兄弟。お疲れさん」  店の扉を開いたとき、いつもならカウンターの席に座っているはずのセーレがバーテン姿になっていた。真はセーレに言葉を返さないまま、無表情のままカウンターの席に腰かける。すると、グラスを磨いていたセーレがやれやれといった体で呆れた顔をした。 「この一か月、二日に一度は顔を合わせているんだし、そろそろ仲良くやろうぜ」  セーレは苦笑しながら、真の目の前にロックグラスを差し出した。真が見ている先で、そのグラスに琥珀色の酒が注がれる。できれば一人で前祝いをしたいところだが、今日はマリィとセックスしなければならないし、それを考えると自然と気持ちが滅入ってくる。  一方的に責められるだけのセックスは、真にとって苦痛でしかない。たとえその後強烈な快感が待ち受けていようとも、それから覚めたあと虚しくなってしまうから。そして今日もいつも通りに犯されて、翌朝ベッドで目がさめたあと虚しさを味わうと思ったらそうなって当たり前だ。思い返してしまった虚しさを押し込もうと、真はセーレが差し出した酒を飲んだ。舌の上を転がりながら喉奥に落ちるとき、酒の香りが鼻から抜けた。その匂いに酔いそうになる。滑り落ちたアルコールが胃に達したらしく、そこがカッと熱くなった。 「ほいよ、付け合わせ」  セーレから差し出されたガラスの皿には、野菜をボイルしたものが乗せられていた。温かい湯気が立ち上がっているところをみれば、今し方までスチームされていたのだろう。真は、ピックが突き刺さった一口大のブロッコリーをぱくりと食べた。 「マリィは奥の部屋でリーシャといる。リーシャに月のものが来たんで、特訓してるんだ」 「特訓?」 「そう、男から精を搾り取る特訓。夢魔や淫魔だからといって、皆が皆生まれたときから手練手管を持ってるわけじゃない。マリィだってまだまだだが、それでも稽古くらいは付けられるからな」  夢魔や淫魔は、人間の精を吸い取って己のエネルギーにしている。ただ、それは何も彼らだけにある能力ではないとセーレは以前教えてくれた。地下の世界に住むものならば誰だってできるけれど、淫魔や夢魔はその能力が特に優れているだけだということだった。それに人間を(かどわ)かす手練手管に関しては、生まれ持ったものではなく努力で培うものらしい。  しかもその手練手管は、何もセックステクニックだけではないという。獲物となる人間を己のチャームで虜にし、相手の好みや嗜好を読み取ってその通りに振る舞うことも含まれていると言うことだった。チャームとはあらゆるものを魅了する力で、それを利用し相手を付き従わせることも可能だという。マリィのチャームは、他の淫魔や夢魔に比べるとかなり強いらしいが、どういうわけか真にはきかず、それで強硬手段をとったという事情もあとになってセーレから聞かされた。  そのセーレの話に出たリーシャは淫魔だ。彼女はセーレと同じように、マリィの従者として人間界にやって来たという。ただ、真と初めて顔を合わせたのはつい最近だ。  店に来るたびマリィとセーレの話の中に度々現れていたけれど、真は一度も顔を見たことがなかった。それは、まだ彼女に月のものが来ないから、人間の男に触れさせないためにそうしているという。  セーレの話を聞く限りでは、月のものが来たときから淫魔としての手練手管を学ぶものらしい。そしてそれを店の奥にあるあの部屋で行っているということだった。どのようなレッスンをしているのか気になるところではあるけれど、それを言葉に出すのもはばかれた。 「なんなら見るか?」 「え?」 「うん、お前がリーシャの最初の相手になればいいんだ。そうすりゃ、お前が盛ってもマリィがアレで押さえ込むだろうから下手なことはできない。そして無事にリーシャは、完全な淫魔になれる」 「ちょ、ちょっと待て。勝手に話を決めるな!」 「それに、お前ならいい実験台になれる。幾らマリィが男になっても、それは見た目だけだから。ちょっと待ってろ。今聞いてくるから」  そう言うと、セーレは顔をぎょっとさせている真をその場に残し、店の奥へ向かっていった。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!