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第9話

 首筋に柔らかな呼気がかかり、真は体を痙攣させた。 「いい匂い……」  あお向けに寝かせられた真の上にはマリィがいて、体を密着させながらすんすんと鼻を鳴らし匂いを嗅いでいる。その表情は、うっとりとしていた。  片や真はといえば、媚薬とマリィの匂いのせいで思うように動かない体をどうにか動かそうと必死だった。だが、腿の上に跨がられている以上、どうにも動かせない。顔をしかめさせているが、これは何も体の自由を奪われた悔しさからだけではない。押しつけられた柔らかな乳房の感触となめらかな肌のせいで、欲望がいつ火を噴いてもおかしくないからだった。  言っておくが、真は童貞ではない。結婚前ではあるが数人と付き合いセックスを経験してきたけれど、昨夜のような快感や恍惚はそれまで感じたことがなかった。むしろ、一瞬で潰えてしまう射精の快感よりも、愛する女性とひとつになったという充足感の方が価値があると思っている男であった。  だが、結婚後はそういったものを得たことがない。戸籍上では妻ではあるが、本当の意味で夫婦になったことが一度もないからだった。だからといって、外で肉欲を発散していたわけではない。たとえ風俗であっても、まがりなりにも夫婦になった相手に対し申し訳ない気持ちになったからだった。  真面目な男である。そういった気持ちになってしまうこともさりながら、どこで誰の目に触れるか分からないといった理由もある。万が一、会社の知り合いにでも見られたら、常務である義父の耳に入ってしまうことを恐れていたからだった。  だから、結婚後は専ら自分で自分を慰めていた。何せ、家に妻がほとんどいない状況だ。納戸をリフォームして作った書斎に籠もり、性欲を刺激するような雑誌や動画で欲望を発散させていたのだった。そんな生活を四年送った男にとって、たとえ一方的に迫っている女のものだとはいえ、その肌の感触や匂いのせいでたちまちのうちに劣情が沸き起こったとしても仕方がない話である。  しかし、欲望が沸き起こっても、体が思うように動かない。男として女を喜ばせることができないなんて、それはセックスなんかじゃないと真は思う。夢で体験したものは、単なるレイプだ。肉体は反応したけれど、心が伴っていないのだから。  そして、今もまた同じ目に遭おうとしているのが耐えられなかった。  とはいえ、そのとき得た快感や恍惚を求めているのも事実だった。 「あのとき、この匂いに気がついたらあなたがいたの。それで我慢できなくてイっちゃったのよねえ……」 「え?」  掠れた声で真が問うと、それまで首筋の匂いを嗅いでいたマリィが体をわずかに起こした。  眼前に迫る黒い瞳に、自分の顔が映っている。真はそれを見上げながら、怪訝な顔をした。 「しっかり発情した男の匂いだった。しかも相当ため込んだ。分かるのよ、私には」  掛かった赤い髪の毛を耳に掛けながら、マリィがほほ笑んだ。伏し目がちに見つめる彼女の表情は、慈愛に満ちている。その表情だけ見れば、誰も淫魔とは思わないだろう。向けられた笑みから目をそらせず、真はすっかり見入っていた。  その間マリィの小さな手は、するすると真の体を下りていく。白い指先が、わずかに隆起した胸板をたどり、引き締まった腹に掛かったあと、隆々といきり立っているものの先端に触れる。 「う……っ」 「昨日あれだけしても、こんなに元気だってことは、まだまだため込んでいるのでしょ? と言っても、おとといよりも匂いは薄くなってるけど」  マリィが頬を上気させながら、真の形がいい耳に唇を近づけて囁いた。  温かい呼気が掛かり、くすぐったい。真はとっさに肩を竦ませる。 「昨日は時間がなかったからすぐに頂いちゃったけど、今日は我慢してもらうわよ。あなたが我慢すればするほど、もらう精の純度があがるから。この髪の毛は、そのために巻き付けたのもあるのよ?」  そう言ってマリィは、勃起の根元に巻いた赤毛を指でなぞった。張り詰めているせいで敏感になっているというのに、まるでわざと刺激するかのようにゆっくりとした動きで指が往復する。  そうきつくはないが、根元を縛られているせいで、肉竿は窮屈そうにしている。疼いて仕方がないところをそうされれば、更に酷くなる一方だ。現に勃起は些細な動きにさえ反応してしまい、彼女の指の動きに合わせるようにびくびくと震えている。真綿で首をしめるようなじれったい動きのせいで、じわじわこみ上がってくる快感に耐えながら、真は顔を歪ませた。 「人間の世界にもあるでしょ? コックリングって。あれは、そのときは良いけれど、継続的に使っていくうちになかなか射精しにくくなるんだって。それよ、それ」 「なん、だと?」 「言ったでしょ? あなたが我慢すればするだけ、精の純度があがるって。あなたが好きなこの姿を維持するためには、そうする必要があるのよ」  マリィが掠れた声で告げた直後、どくどくと脈打つ肉茎に温かいものが触れた。手だ。小さな手が、熱を発しているものに触れたと思ったら、包み込むように柔く握られる。それだけでなく、やわやわと揉まれ始めた。  襲いかかる快感のせいで、衝動が一気に湧き上がってきた。反射的にそれをどうにか理性で押さえ付けようとして、歯を食いしばって耐えようとしたとき、真はいきなりあることを思い出してしまう。  我慢せずあっさり射精してしまえばいいのだ。そうすれば、マリィの思うつぼにはなり得ない。  しかし、だからといってすぐに射精できるものではないし、まだそこまで性感は高まっていない。  柔らかな手がじわじわといたぶる勃起を責め立てているせいで、確実に性感は高まっているけれど。  穏やかな波がゆっくり押し寄せるように高まる性感が、どうにも焦れったくて仕方がない。いつもなら、自分の思うとおりに性感をコントロールしながら射精できるのに、今は(マリィ)に主導権を握られている。そう思うと実にやるせない。真は内心で(ほぞ)を噛んだ。 「駄目よ。出しちゃ。といっても、出せないだろうけど。私の髪が巻き付いているうちはね」  ふふっと嬉しそうな声で笑うマリィ。その声が悪魔の囁きのように思えて仕方がない。あの得も言われぬ程の快感と恍惚をもう一度味わいたいけれど、その為には自分の意思に反したまま一方的に犯されることになる。つまらん意地と人は言うだろうが、男としての矜持のほうが大事だ。  それに、覗き見してしまった負い目はあるけれど、だからといって今の状況を受け入れる気にはなれなかった。真はマリィの手の動きに翻弄されながらも、どうしたら彼女に一矢報えるかを考え始めたのだった。
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