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第7話

 強引に手を引かれ、連れて行かれたのはあの部屋だった。言わずもがな、あの夜真の目の前で彼女が痴態を繰り広げた部屋である。部屋に着くなり彼女はくるりと振り返った。真はとっさに身構えた。すると真の様子を見て、彼女はげんなりした顔をする。 「何よ、その顔。幾ら私でも、部屋に着くなりするわけないでしょうが……」  掛けられた言葉を鵜呑みにすることは危険だ。現に夢では、はなから両手を縛られていたし、体の自由も奪われていた。そして目の前で舌なめずりをしたあと、彼女は……。  そのときのことが浮かんできて、真は苦々しい顔で彼女を凝視する。 「……昨日見た夢では自由を奪われていたし、それにいきなり襲われたからな」  嫌みったらしく言うと、彼女は口を尖らせた。 「だって、あなたがいきなり怒り出すから……」 「理由があるからに決まってるだろうが……」  じろりと女をにらみ付けると、いきなり目をそらされた。どうやら自覚はあるらしい。 「だ、だって……。そうしないと襲われそうだなって……。あなた、私を抱きたいと思ってたでしょ?」 「それは否定しない。だが、それは襲われた前までの話だ」 「欲望に駆られた男には叶わないわよ。だから自由を奪った。それが悪いこと?」 「それが動けなくさせた理由なのは分かった。しかし、一方的に襲われて、あんなものまでつけられたら……」  真は急にはっとした顔をする。そうだ、ここへ来た目的は思い出すのも忌ま忌ましいものを外してもらうためだ。それを思い出し、拗ねた顔する女に向かい合う。 「今日ここへ来たのは、お前に言われたからじゃない。あれを外してもらうためだ」 「あれ? 何よ、それ……」  恨みがましい視線を向けられたとき、真の怒りが再燃した。 「おっ、お前、髪を巻き付けたじゃないか! あんなもん付けられた上に、私のものとはどういうことだよ!」  勢いよくまくし立てると、女はビクッと体を震わせた。  おびえたようなまなざしを向けられてしまい、居心地の悪さを感じてしまう。  だが、目の前にいる女の表情がふて腐れたものへ変わっていった。 「だって、おいしかったんだもん……」 「おいしい?」 「そうよ。それにさっきも言ったけれど、七人食べないと回復しないのに、あなた一人で済んだから。それで所有のしるしを付けたわけ」 「ちょ、ちょっと待て。どういう……」  急に開き直りともいえるような態度を取り出した女が口にする言葉は、人間の常識を越えていた。  意味が分からず、真はうろたえてしまう。すると、彼女は真をまっすぐ見つめながら、落ち着いた声で問いかけた。 「説明したら、すべてを受け入れてくれた?」 「はあ?」 「私があなたと違う存在であることを話したら、全て受け入れてくれた? そんなわけないわよねえ。人間って、自分たちが信じないものは、よってたかって排除するような生き物だし」  急に辛辣なことを話ながら、女が鋭い視線を真に向けた。  それにいたたまれない気持ちになってしまい、真は目をそらしてしまう。  やはりこの女は人間ではない。先ほど店で男と会話を聞く限りでは、自らの意志で夢の中に乗り込んできたようだし、それ以外にも聞き慣れない言葉ばかり口にする。  それに何より、夢の中での彼女の姿を思い返せば、行き着く答えはただ一つ。淫魔と呼ばれる存在が、この世に存在しているとはにわかに信じ難いが、自分の身に降りかかった出来事をまとめると、そうとしか思えなかった。だが、そこまで言及できないのは、その存在を信じ難いからだった。目の前にいる女の体をひとつひとつ確かめるように見ていると、彼女から笑みを向けられた。 「かつて、魔女と誰かが言えば、ろくに確かめもせず拷問の果てに火刑にしたわよね、人間は。地下の世界の存在を恐れるばかりに」 「地下の、世界?」  真が怪訝な顔で聞き返すと、女は頷いた。 「人間達が、魔と呼んでいる存在がいる場所よ。私はそこの住人。東を統べる王の娘、マリィよ。改めてよろしくね、のぞき魔さん」  そう言った彼女の姿には、まがまがしさは一片たりとも感じられなかった。むしろ、神々しささえ感じてしまい、真はその迫力を前にして言葉を詰まらせたのだった。 「再会といえば、やっぱりこれよね」  呆然としている真の目の前で、マリィが部屋の中にあるキャビネットから、何やら取り出そうとし始めた。 「あ、あったあった。これこれ」  そう言って取り出したのは、二つのワイングラスと瓶。瓶の中には赤ワインのようなものが入っている。マリィは栓を抜いたあと、グラスに液体を注ぎ入れた。すると、様々なフルーツの香りが部屋いっぱいに広がり出す。それが鼻をかすめたと思ったら、マリィからグラスを差し出された。 「はい、どうぞ」  マリィの顔を見ると、わずかにほほ笑んでいた。差し出されたグラスを受け取り、つい匂いを嗅ぎ出すと、うんざりしたような声が耳に入る。 「言っとくけど、毒とか入っていないから!」 「どっ、毒だと?」 「まあ、あなたたちは飲んだことがない飲みものだろうけど、毒ではないわ。これはね、マンドラゴラとアルラウネを赤ワインに漬けたお酒よ」 「赤ワインは分かるが、それに漬けたものが分からん」  よくよく考えてみれば、マリィの世界で赤ワインと呼んでいるものが、人間界のそれと同じものであるか分からない。マンドラゴラにしても、アルラウネにしても、どこかで聞いたことはあるのだが、ピンとこない。真が訝しげなまなざしを向けると、マリィは澄ました顔で説明し始めた。 「マンドラゴラもアルラウネも人間の世界にある花よ。といっても、地下の世界にあるのは、それとちょっと違うけれどね。その二つを一つにして、果物と一緒に赤ワインに漬けたものだから、まずくはないと思うわよ」  そう言った後、マリィは一息に飲み干した。 「うん、うまい。リーシャの作るものは、なんでもおいしいわ」  嬉しそうな顔で、空いたグラスを眺めるマリィの頬が赤みを帯びた。その姿がやけに婀娜っぽいものだから、ついつい目が行ってしまう。真がちらちらとほろ酔いになっているマリィを見ていると、その視線に感づいたのか、彼女がふふっと笑みを漏らす。 「なんだよ……」  盗み見ていたのを気づかれて、どうにも決まりが悪い。それを誤魔化そうとして、わざとふて腐れた顔を向けると、真の目の前でマリィが自分のグラスに酒をなみなみと注ぎ入れた。 「じゃあ、仕切り直ししましょうか。こういうときって、人間も乾杯するのよね?」 「こういうときって?」 「再会したときよ。お互い会いたいと思っていたんだし、それが叶ったお祝いも兼ねて」  お互い会いたいと思っていた? ということは、マリィもまた自分と同じように思っていたということだ。それがなんだか嬉しくて、真は密かに浮かれてしまうが、やがてそのことを激しく後悔することになる。
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