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ノスタルジック・ユイヒ(昆虫採取) ⑥

 草むらを何かが弾いているのを見つけて、追い掛けて走り回っていつの間にか夢中になっていた。こんな虫採りなんて、もう随分としていない。 コイツも六年生にもなって、まだこんな遊びをするのか…… そう思ったが、ヤツの肌は普段外で遊ばない俺よりも日射しを反射するように白かった。 時折聞こえてくるソイツの笑い声と歓喜の声は、大人になろうとしている兆しを含んでいた。  ただの草っ原を公園なんて言ってる所だ。 定期的に市で草刈りをされているのだろうが、設備は公園の入り口に水飲み場や時計が一個あるくらい。その頃の自分の手首には時計なんてまだなかった。 傾いた日は夏の風の熱を少しだけ落ち着かせ、まだ明るかったが夜に鳴く虫の声がさっきよりもよく聞こえてきていた。 空を見上げると、太陽は雲を薄くオレンジに染めている。  どちらともなく、走り回ったあとの汗を風に当てようと草の地面に腰を下ろした。 虫を追い掛け回っている間、今日初めて会った俺とコイツは”ユカリ”と呼び捨てにしてもいいと、名前で呼んでも許される仲になった。 けれどユカリがそれを許したのは俺ではなく、恵風にだ。 ユカリは俺の事を 「えふうちゃん」 と呼んでいた。 自分と恵風を間違えっ放しにさせて、恵風になったままでいるなんて初めてだ。  彼から虫の入った袋を預かり、手提げに手を伸ばした彼はその中に手を突っ込んだ。 いよいよユカリが恵風に渡そうとしている物が何なのか分かる。 俺はユカリの手元に釘付けになる。 出て来たのは一冊の本 絵画集のようだ それを見ながらユカリは言った。 「俺、転校生なんだ 知ってた?……ちょっと家の都合で……母さん体調良くないんだ…… それで父さんの妹…叔母さんの家に今居るの……」 「…………」 「来週ね… 自分の家にちょっとだけ帰れる事になった……母さんの調子が良さそうだって……」 「……良かったね」 「うん……それでね……帰る前に これ……」 「?……」 「ヒカリがこの本の真似ばかりをする きっとこの本はヒカリから離した方がいいんだ……」 「…………?」  さっきまでの虫を追い掛けていた興奮とは違う、ユカリから空気を圧すようなものが自分の胸にも伝わったように感じた。 ビニール袋の中で捕まえたトノサマバッタが、逃げ道を探すように跳ねている。 彼は恵風に”渡したいものがある”と言っていた。 恵風が欲しがったわけではないようだ。 恵風でも彼から渡されるものは何なのか、ここに来ていなければ、分からなかった事なのだろう。  いつだったか目の前を跳んで行ったトノサマバッタを見て、恵風が歓喜の声をあげた事があった。 「ユイ!トノサマバッタ捕まえに行こうよ!」 「ヤダよ お前ひとりで行けよ」 「ケチーーッ!」  恵風がどうしてそんなにバッタに魅力を感じているのかは興味がなかったが、ユカリがなぜこんな人気も遊具も何もない、”行っては駄目”と言われている所まで”恵風”を連れて来たのか、 そこまでする理由が知りたかった。 都合が良かったのだろうか その本を手放す為に 俺は声色を恵風に近付けるように気を付けながら、ユカリに聞いてみた。 「ユカリもトノサマバッタが好きなの?」 「え?……」 ユカリは公園に吹く風の流れに合わせたような笑みを浮かべ、俺の顔を見た。 「やっぱりやめた!」 今の自分の質問は、俺が恵風じゃない事を彼に知られてしまったのでは……  と、一瞬不安になった が  
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