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ノスタルジック・ユイヒ(昆虫採取) ⑤

 「ただいま」と「行ってきます」を忙しなく言い、カバンを放り込むように玄関に置いて空き地にすっ飛んで行った。 ヤツの家も近所らしい 俺の目星は当たり、そこにヤツがすでに立っていた。 不思議に思ったのは虫採りと言ったそのヤツの手には、虫かごではない手提げを持っていた事だ。  訳が分からなかった。ヤツと恵風はどんな約束をしていたのだろう。 途中俺が恵風じゃないとヤツに勘付かれたらどうしよう…… ヤバイ と感じたら習い事の時間だとか適当を言い、問い詰められる前に帰ろう……そう心の中で決めて俺は緊張を解かなかった。  この初対面のヤツの事はまるで分からなかったが、同じ小学生とは思えない彼の醸し出す雰囲気は、とても自分のイッコ上とは信じ難い距離をさっきから感じていた。 イッコ上と判断したのは、同学年で見ない顔だったからだ。とても自分の年下とは思えなかった。彼が話す事ひとつひとつに興味が湧いて、その回答が欲しくなって仕方ない。 ”自分の知らない事を知っている” そのイッコだけの違いがこうも大人びて見えた所に、”いつもの約束”を破る理由があったのかもしれない。 ”俺”だとバレないように、とりあえずあまり話をしないでおこうと考えた。 「実際はどうだったの?」 「分からない……名札は学校に置いて下校する決まりになってたしな…… ヘタな事は身バレの恐れがあるから聞けなかった」 「藤井も分かんない?」 「ん~……俺もアレが一回きりだったし……名前しか見てなかったし顔なんてもう覚えてないや」 「……ま 小学生ったら、自分の近くしか見えてないのは珍しい事ではない」 「今日はヤケにおとなしくない? この前はバッタ追い掛けるほど元気だったのに」 「あ……いや……」 ごめん  用事があったのを思い出したから、やっぱ帰る  もしかしたらそう言えば良かったのかもしれない。 出そうで躊躇っている言葉が、俺の喉元で騒いでいた。 けれど俺はソイツにくっ付いて恵風と約束をしていたという場所に歩き始め、その迷いだけ置いてけぼりになった。 「どこなの?」 「ほら、月琴大公園」 ああ そこなら確かに虫がたくさんいそうだ  その公園はただ広いだけの遊具もない芝と樹だけ生やしてる公園だ。 そんな公園にこんな平日に訪れるヤツなんてそうそういない。 学校からも不審者が出る事があるから、こどもだけで行ってはいけないと言われていた。 低学年の頃、遠足でその公園を訪れた以来の存在になっていた。 低学年の頃の自分には相応な遠足の距離だったかもしれないが、五年生になった自分の足には”少し離れた所にある公園”くらいにまで近付いた。 今日だけ… 今日だけだよ…… 何かあったらすぐ逃げよう 緊張の材料はどんどん増えて行く なのに、その時の俺はそのどれもが”冒険”のように感じ、やめるという考えが起きなかった。 「捕まえたらコレに入れて 大丈夫、小さく穴を開けているから窒息して死んじゃう事はないよ」 ヤツは持っていた手提げの中からビニール袋を取り出して、それを俺にも分けてくれた。 「自分の家には俺の虫かごがあるんだけどね……ヒカリに黙って出て来たから、彼の虫かごを借りる事は出来なかったんだ」 「?……」  こんなふうにヤツの話がさっぱり分からなかった。恵風だったら分かったのだろうか……。 そして手提げの中にはまだ重そうな何かが入っている。 それが恵風に渡される”何か”なのだろうか…… 今日、俺が恵風に成りすましている理由がそこにあるんだ。
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