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第31話

「という流れでいかがです? なかなか面白いでしょう?」  横沢が得意げな顔で提案してきたネタに、俺は言葉を失っていた。動揺をひた隠しにしてはいるが、横沢のことだ、見透かしているに違いない。彼が言い出したネタは、どう考えても彼女のことをちらつかせるものばかり。ただしSMに関しては、試したことがないから分からないけれど。 『対談で知り合った官能小説家とTL小説を書いている女性との性愛に満ちた一週間』 『彼女が男によってどんどん淫らな女に変わっていく』 『しかもSMてんこ盛り』 『そして二人はどんどん行為に耽り、互いなしでは生きていられないほどセックスに溺れていく』 (ちょっと待て、横沢……。お前は何を言いたい……) 「まあ最近ではSMもかなりハードル低くなりましたしね。とはいえ手首を拘束したり、目隠しをしたりといったソフトSMに限りますが」 「俺はSMものは得意じゃない。それが得意な他の作家に持ち込めばいい話だろう?」 「一度も書いたことがないからこそ、どんなものが出来上がるか楽しみな読者もいますよ、きっと」 「いや、よしておく。もともとSMには全く興味ないし」  どうにか切り上げようとしたが、追及は容赦なく続く。 「まあ、同じ官能作品を書く人間といっても、それぞれの読者から求められるものが違うでしょうし。それぞれの立場で求められるシチュエーションを書き分けても面白いんじゃないかと」 「男と女では相手に求めるものが根本的に違うからな」 「でしょう? そのあたりは対談で語りつくしたでしょうし。なら先生が一番それを書けるんじゃないかなと思って」  やばい。この流れは完全にやばい流れだ。横沢はどんどん彼女の話へ持っていこうとしている。その企みに、気付いたときにはもう手遅れだった。 「で、そのTL作家さんとの話を思い出しながら書いてみてはいかがです?」 「それは無理だ。対談は対談。読者が望むヒロイン像には彼女は当てはまらないよ、きっと」 「随分はっきりと否定されるんですね。ああ、もしかしたら先生御自身が、彼女を特別な目で見ているから、書けないんじゃないですか?」 「なんだよ、その特別な目って……」  意味深な目を向けられて、言葉に詰まる。田沢のやつは、一体何を横沢に吹き込んだのだ。それに二人揃って何を企んでいるのか分からないだけに余計厄介だ。 「先日、俺が年末に話したこと覚えてますか?」  真剣なまなざしを向ける横沢。その鋭い瞳をにらみ返しながら、年末に告げられた言葉を振り返った。 『だって彼女に欲情したんでしょう? それが一度ならず二度なら、それは衝動的な欲情じゃない。好意から派生した欲情だという可能性も否定できないということです』 「覚えているが、彼女とは何もなかったし、それ以降会っていないから確かめることができない」 「なら確かめたい気持ちが有るってことでいいですか?」  見事に切り返されてしまい、心の中で舌打ちをする。だから何が言いたい、横沢と言いたいのを必死に抑えつけていた。すると横沢は何かを察したのか押し黙ってしまい、それ以上の追及をしようとしなかった。 「でも驚きましたよ。二月まで作並(あっち)にいると思ってたので……」 「一人でいてもつまらんからな」 「だから美月と一緒に行こうと思ってたのに、その前に戻られましたからね」 「田沢(あいつ)がいたら、うるさいだけだって……」  その言葉を否定しないということは、田沢だってそれが分かっているのだろう。彼らが来ると分かっていたら、まだ作並にいたかもしれないが、彼女があの日姿を消してから一人でいることが寂しかった。たった二日、一緒にいただけの相手だ。何も言わずに姿を消したということは、彼女もそれを望んでいるということに他ならない。そんな相手であっても、心の片隅に居続けているのを許しているのだから、俺も大概救いようがない。 「そういや美月が心配してましたよ」 「はあ?」 「対談のときの写真を届けに来たでしょう? そのとき元気がなかったって心配していました」 「作並から戻ったばかりで疲れていたんだろ。最近疲れが抜けにくくてな」  横沢は俺をじっと見ながら、何か考え事をしているようだった。その視線に居たたまれず、せき払いをして気持ちを切り替える。 「さてと、そろそろ原稿でも書くかな」 「じゃあ、俺は失礼します」 「雪で滑りやすくなってるから気をつけろよ」  横沢を玄関まで見送った後、しばらく何もする気になれず、ソファで横になっているうちに、俺は眠っていた。  毎年二月の節分まで作並で過ごすのが恒例となっていたにも関わらず、予定より二週間も早く東京に戻ると、彼女と過ごした週末が夢だったのではないかと思えるようになってくる。  我ながらいい年をした男が情けないとは知りつつも、そう思わないとこの辛さは乗り越えられそうになかった。元の恋人のときより辛い。そう言ってしまえば身も蓋もないような気がするのだが、それが現実なのだから仕方がない。  その影響が仕事にも表れてしまい、あの日依頼何も書けずにいる。何も考えずに書ければいいのだが、その場面を頭に描くと、彼女の姿が浮かんできて、そこで諦めてしまう。そうしているうちに、時間だけが過ぎていく。書き溜めていたものを手直ししながら、それを渡すようになっていた。  あの夜から三週間が過ぎようとしている。だけど一向に彼女の姿は俺の心から消えようとしないまま、ずっと心の奥の柔らかな部分に残っていた。彼女は今、何をしているのだろう。そして何を思っているのだろう。彼女のことを思ってみても、詮無いこととは知りながら、ついそんなことを考えてしまう。  そして田沢が大声を張り上げながら、マンションにやってくるその日まで、そんな毎日を送っていた。
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