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第22話

 浮き上がりかけた意識の中、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてきて、ゆっくりと瞼を開いた。目に映ったものは自分以外の誰かの姿。ぼんやりと眺めているうちに彼だと分かって見上げると、彼は穏やかな寝息を立てながら静かに目を閉じて眠っていた。温かい上掛け布団の下では、彼にしっかりと抱きしめられている。首の下と腰に彼の腕が回されていて、二人の体はぴったりと重なっていた。  彼の顔をじっと見ていると、初めて顔を合わせたときのことが頭に浮かんできた。そしてそれからのことを振り返っているうちに昨夜の出来事を思い出し、居たたまれずに身じろぎすると、腰の辺りに重だるさを感じた。そのとき彼に抱かれたことを実感してしまい、羞恥の余り全身が一気に熱くなった。そのとき腰に回されていた手が背中に回ってきて、柔らかく抱きしめられた。彼の温かい胸に押し付けられてしまい、押し当てられた耳に皮膚越しに鼓動が聞こえてくる。規則正しい脈動を聞いていると、背中に添えられていた手がピクリと動いた。 「起きた?」  寝起きの掠れた声が頭上から聞こえてきて、それに返事をしようと思うのに喉が痛くて声が出なかった。頷いて返すと、彼が私を抱きしめたままどこかに腕を伸ばす。 「ちょっと待ってろ」  ごそごそと何かを探している彼。顔を上げるとベッドの横のテーブルに置かれたペットボトルに、彼が手を伸ばしていた。その間彼の胸に手をついていたのだが、そこはまだしっとりと湿っている。その感触が明け方までの情事を思い起こさせた。  ペットボトルを手にした彼が、口で器用にフタを開けた後ごくごくとそれを飲んでいた。のどぼとけが上下に動くさまを眺めていると、肩をぐっと押されたかと思ったら彼の顔が近づいてくる。濡れた唇を押し付けられてしまい、それに応えるように自然と唇が開いてしまう。それから口移しに冷たい水が注がれて、彼の頬に手を添えて飲み干した。  それを何度か繰り返されているうちに、声を出せるようにはなったはいいが、どんな言葉を掛けていいか分からない。困り果てて顔を俯かせると、彼の指が頬を優しく撫でた。その指に促されるまま顔を上げると、寝乱れた髪もそのままに彼が優しい笑みを浮かべて私を見つめている。 「おはよう、体は大丈夫?」 「は、はい……」  朝日が差し込む室内はすっかり明るくなっていて、彼のむき出しになっている体を照らしていた。裸であることに気が付いて、慌てて上掛けを手繰り寄せ胸元までたくし上げた。それに、腹に彼のあれが当たっていたのだが、それはしっかり硬くなっていて。どうしたらいいのか分からなくて、彼の姿が直視できなかった。  気まずい空気、しかもそれは私だけそう感じているだけで、彼はまだそのことに気が付いていない。わざわざ言葉にするのも憚られ、口をつぐんでしまっていた。彼の視線を感じる。ひんやりとした朝の空気が肌に触れていたけれど、恥ずかしさの余り体が火照っていた。 「そうだ‼ 風呂、風呂に入ろう」 「えっ‼」  勢いよく体を離しながら、彼が大きな声を出した。それに驚いてしまい彼の顔を見上げると、物すごく真面目な顔になっている。視線がかち合ってしまい、顔を俯かせようとしたら、突然体を抱き抱えられた。 「きゃ‼」 「風呂に行くから、しっかりつかまって」 「え? あの。え?」  驚いてばかりの私を、いともたやすく抱き上げて、ベッドから降りた彼。その勢いに飲まれてしまい、慌てて彼にしがみ付くと、彼が気まずそうに話し掛けてきた。 「ま、前が見えないんだが……」  胸の辺りでもぞもぞと何かが動き、それに気付いて見下ろすと、彼の顔に胸を押し付けていた。慌てて体を離そうとしたらそのまま床に落ちそうになり、彼が私の体を急いで抱きしめる。余りに恥ずかしすぎて、今度こそ思い切り顔を俯かせた。 「おっぱい、大きいのな……」 「え⁉」  ボソリと呟かれ、とっさに彼の顔を見上げると、視線をさ迷わせている。 「いや、その、顔にぽふんと、だな……」 「やめてください、恥ずかしいから……」  慌てて視線を落とし両手で胸を隠すと、彼が残念そうな声を出す。 「見えない……」 「見ないでください‼」  恥ずかしくて両手で胸を隠したまま、彼の胸に顔を押し付けた。そうしているうちに、外に出ていたようで、温泉の匂いが混じった冷たい空気が肌に触れて、その冷たさに体を竦ませた。すると私を抱き上げている腕の力が強まり、胸を隠していた腕を彼の首に回してしがみつく。 「ゆっくり浸かるから、じっとしててね」  間もなくして、ちゃぷんと湯が波立つ音がした。ゆっくりとした動きで彼が温泉に浸かっていく。温かい湯気が体を包んだ。そして彼に抱きしめられたまま、熱い湯に浸かっている。彼はいつまで経っても体を離そうとしない。これではまるで恋人同士のようで落ち着かない。彼の胸に手を押し当てて体を離そうとしたら、その手を取られてしまう。彼の顔を直視できなかった。  彼は私の手の指に指を絡ませてきた。そのまま引き寄せられてしまい、その勢いで唇を塞がれてしまう。背中に回された腕の力が強くなり、交わす口付けの深さが増した。舌を絡めているうちに体から力が抜けてしまい、頭の中がぼうっとなってくる。すると彼が名残惜しげに唇を離し、熱っぽい目を向けてきた。 「ずっとこうしていたい……」  そんな瞳を向けられていると、落ち着かない気持ちになってしまうし、勘違いしてしまいそう。彼から掛けられた言葉が嬉しくて、胸がじんと熱くなる。だけどそうじゃない、彼は私に特別な感情など持っていないのだと慌てて言い聞かせた。彼はそうなったから私を抱いただけにすぎないのだと思ったら、胸の奥が痛くて辛い。  それなのに、彼は再びキスをしようと顔を近付けてきた。余計なことを考えないようにして、彼の唇を受け入れる。唇の表面同士を擦り合わせるようなキス。それを何度も交わしていると、深い口付けになっていた。キスしながら彼の体に寄りかかろうとして、逞しい腿に手を添えたとき、脚に硬いものが当たった。彼の体がぴくんと震える。体を抱きしめていた腕の力が強くなって、そのままきつく抱きしめられた。唇のわずかな隙間から漏れる息遣いが荒い物になっている。自然と体が動き、彼の首に腕を絡ませた、そのとき。どさっと大きな音がして、反射的に彼の体から離れようとしたが、彼の腕がそれを許してくれなかった。 「雪だよ。多分木の枝から落ちたんだ」 「雪?」 「そう、雪。ここの露天の周りには木が植えられていてね。そこの枝に積もった雪が落ちた音だよ。ところでそろそろ部屋に戻ろう。もう十分あったまったことだし」  優しい笑顔を向けたあと、彼は私を抱き上げようとした。とっさに彼の胸に手をついて、それを押しとどめようとする。 「あっ、歩けるから……」 「駄目だよ。昨日、というか夜明けまで頑張らせてしまったし、ね」  意味深な視線を向けられてしまい、急に恥ずかしくなってきて、顔を俯かせると抱き上げられていた。
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