19 / 37

第19話

 生まれて初めて体感したオーガズムは、まるで大波に襲われるような感覚だった。突如襲い掛かろうとする大きい波を前にして、それに恐れを抱き逃げ出そうとしたとき、彼の優しい声とキスのおかげでその波を受け入れることができた。  得体の知れぬ快感の波が体を包み、高いところまで押し上げていく。それが頂点に達した後は潮が引くように押し上げた力が引いていった。それが引いた後は緩やかに体から力が抜け始め、何も考えられないほどの恍惚が体を包んだ。そして今、少しずつ体の感覚が戻ってきて、温かいものに包まれている心地よさの中にいる。それは眠りに落ちる間際にも似ていて、今にも意識が吸い込まれてしまいそうになっていた。だが彼の声が耳に飛び込んできて、その寸前で踏みとどまってしまう。 「大丈夫?」  霞がかる意識のままその声のする方へ目を向けると、彼の姿がぼんやりとなっている。それは次第にはっきりとし始め、しばらくすると彼が心配そうな顔をしながら私を見下ろしていた。頬を包んでいる手のひらが温かく感じて、その感触にほっとする。問いかけに答えたいのに、全身から力がすっかり抜け落ちてしまっているようでそれができなかった。それでもどうにか笑顔を作って答えると、彼の顔がほっとしたものに変わっていった。 「気がついたね、よかった」 「あ……」 「ああ、オーガズムを迎えたんだよ。わかるかい、絶頂っていうやつだよ」  慰撫するように頬を撫でられて、その心地よさから思わずその手に顔を摺り寄せる。そして全身に残る気だるさを吐き出すように、ひとつ息を吐いた。 「こら、そんな色っぽい顔をされたら襲っちゃうぞ」  すると彼が柔らかい笑みを浮かべて、からかうように話しながら額に唇を押し付けてきた。 「このままじゃ湯あたりするから、部屋へ戻るぞ。しっかりつかまって」  言われるままに彼の首に腕を回し体を押し付けると、彼が私の背中と膝を抱えながら立ち上がった。そのせいで急に視界が高くなり、体が竦みあがってしまい彼に抱きついた。温泉から出た直後、湯気と冬の空気が混ざり合い、暖かな空気と冷たい空気が交互に火照った肌を刺激する。快感の余韻が残ったままになっているのか、その刺激のせいで体がぶるりと震えた。その後、彼は私をしっかりと抱き直してから、部屋に向かって歩き出した。  彼は私を抱き抱えたまま、部屋に入った後応接室の奥にある寝室へと向かった。薄暗い部屋にはシングルベッドより少し大きめのベッドが二つ並んでいて、そのうちの一つに私はゆっくりと下ろされた。  背中にひんやりとしたシーツの感触が当たり、その冷たさに思わず身を竦ませる。彼の体がゆっくり離れていってそれに寂しさを感じてしまい、無意識のうちに起き上がり彼の背中に腕を回していた。背中に添えられたままになっている大きな手が、宥めるように撫で始める。それが心地よく感じてしまい体の力が抜けていった。  胸を両手で隠しながらベッドに横たわっていると、彼が心配そうな表情を浮かべながらすぐ隣に横たわる。朦朧としていた意識が徐々に戻り始めていたせいで、裸のまま向かい合っていることが恥ずかしくなってきて、隠すようにしながら彼の胸に体を摺り寄せた。背中に回された手が私の体を引き寄せようとする。 「どうだった? 初めてのオーガズムは」  私の顔をのぞき込むようにしながら、彼が尋ねてきた。先ほど感じたものを思い出そうとするけれど、すべてが一瞬の出来事でよく思い出せない。だからその中で、一番強烈に感じたものを答えた。 「怖かった……」 「怖かった?」  彼に聞き返されて、頷いた。 「怖かったけど、でも浩正さんの声が聞こえたとき、ほっとしたんです。怖くないよって聞こえた……」  意識が散り散りになりそうなとき、彼の声が聞こえてきた。そして自らの存在を教えるように私の体を抱きしめてくれたから、強烈な快感と恐怖が混ざり合ったものを受け入れることができたのだろう。 「そうか……」  彼は息をゆっくりと吐きだしながら、それまで背中を撫でていた大きな手で優しく抱きしめてきた。縋るように彼の胸に顔を埋めていると、触れた肌から伝わるぬくもりを感じそれだけでほっとしてしまう。誘うように足を絡ませると、背中に添えられていた手が下りてきて、腰のあたりを優しく撫でられた。その動きに震えが走り、吐息が漏れてしまう。するとゆっくりと体を離した彼が、真剣な表情で私をのぞき込んだ。 「止めるなら今のうちだよ。ここから先に進んだら、止めてあげられない」  静かに彼が問う。私はごくりと唾を飲み込んだ後それに応えるように背中に腕を回した。そうしたら彼が覆いかぶさりながら私をシーツの上にゆっくりと倒す。 「避妊具は、付けるから安心して」 「……え?」 「望まぬ妊娠はしたくはないだろう?」  顔を近づけさせていた彼が、動きを止めて苦笑しながら尋ねてきた。 「あ、あの……。経口避妊薬(ピル)を飲んでいるので……」 「え?」 「だ、大丈夫ですから……。御迷惑は、その……」  驚いている彼の顔を直視できなくて、目を俯かせる。しばらくじっとしていると、深い息を吐き出しながら、彼が私の首筋に顔を埋めた。 「ちょっと、いいかな……」 「は、はい」 「……なぜ、ピル?」 「わ、私、生理が不規則で、それで……」  しばらく間があいたのち、彼が再び深いため息を漏らす。 「そういうことか……」  妙に気まずい空気になっていて、どうしたらいいのか分からず、私は彼の背中を摩っていた。すると彼が甘えるように首筋に鼻をすり寄せてきた。 「いい匂い」 「え?」 「髪の匂いかな、違うな。多分、肌の匂いだ」  首筋にふっと温かい呼気がかかり、とっさに肩を竦めようとしたけれど、彼が顔を埋めているからできなかった。それに肌の匂いを嗅がれていることが恥ずかしくて、体を捩らせ逃げようとした隙に彼が両脚の間に脚を押し入れてきた。水が流れるようにするりと体を滑り込ませ、下肢をゆっくり押し付けてきた。下肢に体の重みがかかる。両脚を開くことができなくて、結果彼の体を脚でしっかりと挟んでしまっていた。  埋めていた首筋から顔を離し、私の顔に近づかせた。鼻先が触れる。彼の息遣いがはっきりと分かった。下肢に掛かっている体を押し付けられる。そして唇が重なった瞬間、私は彼の背中を抱きしめた。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!