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第13話

「悠里は市民図書館希望だったわよね?」  お弁当を食べながら、美里が尋ねてきた。市役所二階にある女子休憩室は、広さで言えば十畳あるかどうかの畳敷きの部屋だ。そこではアルバイトさんを含めて十人近い職員が、銘々のグループに分かれて昼ご飯を食べている。その中で私と美里、市民課の煌が三人でおしゃべりしていた。 「うん。ずっとそこに希望を出し続けているけれど、どうかなあ……」  手製のお弁当を机に置いてそう話すと、美里は苦笑しながらため息をついた。 「図書館にいる主任は来年度早々に産休に入るようだし、人手が欲しいはずよ。それに私と悠里は異動しないと主任に上がれないから、多分大丈夫だと思う」 「美里は議会の方からお呼びがかかってんだっけ。来年選挙だし」 「まあね。今だって結局議会との連絡係みたいなことしてるし、また戻ることになりそう」  美里は総務に来る前に議会事務局にいた。異動のサイクルは大体三年なので、本当はもっと長くいて欲しかったのだろうが次の異動で戻すつもりで総務に行ったのは、割と有名な話だった。 「煌は市民課でそのまま主任よね。まどかさんが春に退職するんだもん」  すると煌がお弁当を持ちながら、表情を曇らせた。 「さっきまどかさんから来年の春に退職するって話を聞いたんだけどさ。その理由が結婚って……」  まどかさんの結婚自体に不服な訳ではなさそうだけど、それを理由に退職することがショックだったらしい。 「だって仕方がないじゃない、結婚相手が相手なんだし」 「美里、その相手のこと知ってるの?」 「知ってるも何も秋口から人事課に相談に来てたわよ、まどかさんとあんたんとこの課長が。そこにうちの課長も行って退職が決まったんだもん」  美里と煌の話を聞いているうちに、市民課の主任であるまどかさんの姿が頭の中に浮かんできた。瀬ノ尾まどかさんは市民課の主任で、彼女がいないと市民課は回らないと言われている。煌が市民課に配属になったとき、彼女から一から仕事を教わって、三年経った今でも彼女を頼りにしているらしい。  幾ら男女平等をうたっていても、公務員の職場は男性が優位だ。現に管理職の比率を見れば一目瞭然、男性が多い。そんな中まどかさんは、いずれ管理職になると噂されていた有能な人だ。  そんな彼女が来年の春に退職することは、少し前から噂になっていた。だけどその理由が結婚だなんて、誰が予想できただろう。口さがない職員たちから、彼女は女を捨てて仕事に生きてると揶揄されていたほどの人なのだから。  結婚するから退職するというのは市役所では珍しい。しかも人事課長や総務課長に相談するなんて事例は聞いたことがない。まどかさんは一体どんな男性と結婚するんだろう。二人のやり取りを聞きながらそんなことを考えていた。 「もしかして、まどかさんの結婚相手知らないの?」  美里が呆れたような顔で、煌に問いかけた。問いかけられた本人は、きょとんとした顔で美里を眺めている。 「まどかさんの結婚相手は、現職の国会議員よ。だから相談に来てたのよ」  美里が辺りを気にしてか、声を潜めて教えてくれた。煌は目を大きく見開かせ、口をあんぐりと開けたまま体を硬直させている。現職の国会議員の妻が市役所職員でも構わないと思うのだが、なにか事情があるのかもしれない。それに国会議員と市役所の職員が、どのような経緯で結婚することになったのか興味が湧いた。 「藤堂聡介(とうどう そうすけ)、分かるでしょ? 去年の秋に来てた」  記憶を手繰り寄せ、その人の姿を思い出そうとしたとき、煌が驚いた顔を美里に向けた。 「ええっ!? あの人? 確か二世議員でお父さんが与党の幹事長かなんかだったよね?」 「そう、いずれ要職に就くであろう大物よ。まだ若いけど」  煌が尋ねると、美里はいたって冷静に答えた。まだ若いと言ってもそれは国会議員の平均年齢からみれば若いと言うだけで、確か四十代だった気がする。それに美里の言う通り、彼は政界のサラブレッドと呼ばれている。いずれ大臣にもなろう相手の妻になるならば、退職もやむを得ないことなのかもしれない。政治家の妻は、色々と大変そうだし。 「確か昨年どこかの国の議員団が議会の視察に来ていて、その案内役として来ていたような記憶があるわ」 「そう、そこでどんな出会い方をして結婚に至ったのか謎だけど、一年経たずに結婚って早すぎる展開よね。まどかさんは退職しなければ、そのまま二階の政策室に行く予定だったし」 「政策室に?」  美里に尋ねると、小さく頷いた。政策室は自治体の中枢と呼ばれているところで、各部署の優秀な課員が揃っている。そこにまどかさんが行くことになっているとは思いもしなかった。つまりはそれだけ彼女が優秀で、それを上層部が認めたということになる。私が知る限りで、女性でそこに行った職員は一人もいないはずだ。それを思い出していると、隣で煌がしょぼんと肩を落としていた。 「そうか。そう言う相手なら仕方がないか……」 「ただのっていったら失礼だけど、藤堂聡介っていったら後援会も大きいからね。そんな人の奥さんになるんだから、当然内助の功を求められるし、まどかさんならしっかりできると思う」 「そっか……」 「でもね、考えてみてよ。同じ結婚でも同じ職場の男でないだけいいと思うわよ。なんだかんだ言って同業だと、相手が管理職に就くとき絶対肩たたきにあうしさ」  二人のやり取りを聞いている限り、美里の言うことは最もだと思う。同じ職場で働いている人と結婚したならば、その相手があるクラス以上の職階になると、妻はそれに伴って退職するケースが多い。現にそう言った人たちを沢山見てきたし、私自身そういうものだと思っていた。  本人はまだ働きたいと思っているのに、役所でさえこうなのだから、よほど恵まれた会社でないと夫婦そろって定年まで働くことは難しいと思う。そう言う職場にいると、それが現実なのだと割り切らなければやっていられないし、働いている間いろんなことを思い知らされている。  男と女の間に存在する溝は、セックス以外にも結構ある。それぞれの言い分も分かるけれど、互いに歩み寄るまでに、一人の人間として認めあうことが大事だと思う。それが難しい理由の一つは、小さい頃から「男らしく」「女らしく」と言われるからではないかと思うのだが、どうなんだろう。そのようなことを言われ続けられたなら、性差を意識させられると思うのだが。熱いお茶を飲みながら、そんなことをぼんやりと考えていると、美里が私と煌に向かって交互に指差した。 「だから来年からはビシバシ合コンいれるわよ」 「はあ?」 「女だからっていろんなことを諦めたくないの、私。結婚して子供産んでも定年まで働きたい。だから公務員選んだんだもの。それを支えてくれるような男を見つけなきゃ」  そう言って美里は、ガッツポーズを決めて私と煌に不敵な笑みを向けていた。
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