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第7話

 部屋を抜け出して、先生と手を繋いだままエレベーターに乗り込んだ。前に立っている先生の肩越しにゆっくりと締まる扉が見える。その向こう側の景色が徐々に狭まってきて、音もなく静かに扉が閉まり、エレベーターは静かに下降し始めた。  密室に二人こうしていると、今までいた場所から切り離されてしまったような気になってくる。無意識のうちに大きな背中に目を向けると、私のことなど気にもせず先生は前を向いたまま黙り込んでいた。これからどこに向かおうとしているのか分からず、それを尋ねていいものかも分からない。心に芽生えた不安が徐々に膨らみ始めたとき大きな手を握りしめると、ぎゅっと強い力で握り返された。  握られた手から伝う熱が、不安を取り払ってくれただけでなく、体の奥に残っていた熱を呼び覚ました。全身をたっぷりと眺められたときに感じた熱は、勢いこそ失っていたけれど、ずっと残ったままになっている。それが徐々に勢いを増し、体の芯がゆっくりと熱を帯びてきた。そこから全身へと熱がじわじわと染みわたり、どんどん息苦しくなってくる。  狭い室内に籠りだした空気に彼の匂いが混じりだす。機械的な匂いに男の匂いが混じると、これほどまでに生々しい匂いになるとは知らなかった。その匂いを含んだ空気を吸い込むたびに体の奥が熱くなる。そして叫びだしたい衝動が突如沸き起こり、それをどうにか押さえ込みながら立っていた。  すると握った手が汗ばんできた。大きな手も湿り気を帯びているような気がする。もしかしたら先生も今の私のように、心の中で緊張と不安と期待が渦巻いているのかもしれない。そう思ったとき到着を告げるベルがチンと鳴り、扉が開ききるのを待たずぐいと手を引っ張られた。  勢いよくエレベーターから飛び出したあと、先生はやはり何も言わずどこかに向かっている。ホテルのロビーを抜けてエントランスに出てみると、空から細かな雪が舞い落ちていた。火照った頬を冬の冷たい風が撫でるように掠めていく。高鳴る鼓動にあわせ、肌にじんじんとした痺れが走った。今私は明らかに何かを期待している。どこに向かっているのかも分からないし、それまで恐れさえ抱いていた行為をするのかもしれないのに。それを考えたとき、ハッと我に返った。それまで浮足立っていた自分自身が恥ずかしい。でもしっかり繋いだままになっていた手を離そうとは思わなかった。  小雪舞う歩道をしばらく歩いた先に見えたのは、真新しい高層ビルだった。天に向かって聳え立つ建物が、そのエリアに幾つか並んでいる。しかもそのうちの一つは有名な外資系のホテルになっていた。ビルとビルとの間を手を繋いだまま歩いていくと、奥にある高層ビルに辿り着いた。だがそのビルは通り過ぎたビルとは外観が異なっている。ベランダがずらりと並んでいるところを見ると、マンションのようだった。 (こういうのが、タワーマンションっていうやつなのかな……)  言葉は知っていたけれど、実物を見たのは初めてだった。空に突き刺さるように聳え立つ建物を見上げていると、それに気が付いたのか先生が足を止めたようで、大きな背中にぶつかってしまった。慌ててお詫びの言葉を言うと、振り返った先生は微かに笑みを浮かべて私を見ていた。 「おいで」  先生は優しい笑みを浮かべながら私の手をやんわりと引いて、その建物に向かって歩き始めた。柔らかな色調でまとめられているロビーを通り抜けエレベーターに乗り込むと、急に体を引き寄せられて壁に押し付けられた。先生の顔を見上げると顔が迫ってきて、キスされると思い目を閉じた。だがいつまで経っても唇に触れてこない。それに気がつきそうっと瞼を開くと、熱がこもった瞳でじっと見つめられていた。  けぶった欲望を湛える瞳から目が離せずじっと見つめ返すと、ゆっくりと顔が近付いてきた。開いていた目が少しづつ閉じていく。唇に温かい呼気が掛かる。呼吸を止めて目を閉じると、やんわりと唇を押し付けられた。唇を重ねた瞬間体の内側から柔らかな熱が溢れてきて、その心地よさに体から力が抜けていく。壁に背を預けていなかったら、その場にへなへなと崩れ落ちていたかもしれない。柔らかい唇の感触、温かな体温が薄い皮膚から伝ってくる。それらは皮膚の下に吸い込まれ、体の奥の方へと向かい、火照った芯をさらに熱くさせる。その熱が理性を溶かしていく。そして朦朧とし始めた意識のなか背中をゆっくり撫でられて、そこから震えが走り思わず体を捩らせた。  頃合いを見計らったかのように、唇に何かが触れた。熱くて柔らかくてざらついたそれは、ねっとりとした動きで唇を舐め始める。薄い皮膚をなぞられて、生暖かい唾液で濡れたところに熱っぽい息が掛かった。そうしているうちに、唇が無意識のうちに開いていたのだろう。後頭部に手を添えられてぐっと押し込まれたと同時に、唇の間からざらりとしたものが入り込んできた。  不意を突いた出来事のせいで、本当に頭のなかが真っ白になってしまい動けなかった。初めてのことだとは言え、おしゃべりな友人たちのおかげで、何をされているのか分かるけれど。震える舌先を伸ばし彼の舌を軽く突いてみると、それに気付かれたらしくゆっくりと舌を絡ませてきた。  頭の芯がぼうっとなっていたけれど、舌に触れている熱と感触ははっきりと分かる。それらを味わうようにゆっくりと舌を絡めあっているうちに、その動きが激しくなってきた。それとともに私を抱きしめる腕の力が強くなる。それだけ求められていることが嬉しくて、もっと求めてほしくて私も彼を強い力で抱きしめた。  重なった唇の隙間から漏れる息遣いは次第に乱れ始めていて、私の呼吸も知らず知らずのうちに荒くなっていた。荒い息遣いとともに漏れていたのは、自分のものとは思えないくらいいやらしい声。その声が漏れる度に体の芯が熱くなってきて、熱に晒されたチョコレートのように溶けてしまいそうな錯覚に陥った。なにかを呼び起こそうとするようなキスのせいで、体の力がみるみるうちに抜けていき、先生の腕にしがみ付いた。  こんなこと初めてだ。体の奥から熱いものが堰を切ったように溢れてくる。体の内側で迸る感情が何なのか分からないけれど、これだけははっきり分かる。目の前にいる彼が欲しくてたまらない。舌を絡ませながら唇をぴったりと重ね合わせようとするけれど、どうしても隙間が空いてしまう。それが悲しくて、泣いてしまいそうだった。  体が震える。体の奥深いところから震えてきて、どうにか止めようとしたけれど止めることができなかった。するとそれに気がついたのか、先生がゆっくりと唇を離していった。唾液で濡れた唇に彼の荒い息が掛かる。浅い呼吸を繰り返しながら離れていく先生の顔を見ると、ゆっくりと開いた黒い目と目があった。  狭い密室では荒い息遣いだけが響いている。そしてじっとりと湿り気を帯びた空気が漂っていた。先生は私の体から離した手を壁について、苦笑しながら独り言のように呟いた。 「参ったな……」  言葉の意味が分からない。その言葉の裏にある真意を測りかねていると、先生が私の両脚の間に入れていた膝をすっと引き抜いた。するとそれまで接していた場所からぬくもりが薄れていく。それに寂しさを感じずにいられなかった。  黙りこんだまま私を見ている先生を眺めていると、急に息を吐き出しながら項垂れた。顔を俯かせているせいで、どのような表情をしているのか分からない。先ほどのキスの余韻が残っているにもかかわらず、それが無かったことにされてしまったような気がした。どんどん熱が体から消えていく。ぼうっとしていた意識が徐々にはっきりとし始め、冷静さを取り戻しかけたとき急に先生に抱きしめられた。 「あなたが欲しい」  きつく抱きしめられて囁かれた言葉は、まっすぐ心に突き刺さった。その痛みと苦しみは、切なさとなって全身へと広がっていく。穏やかな波のように押し寄せ、失いかけていた熱を呼び戻してくれた。そしてみるみるうちに、私を抱きしめている男の熱と重なって全てを溶かしていく。そのとき訳もなく涙があふれた。再び体が震えだす。体の一番深いところから溢れてきた感情、それは喜びだった。ゆっくりと体を離されたとき視線を感じ上目にして見上げると、先生が切なげな表情で私を見つめていた。  何かを求めているようなまなざしを向けられて、どうしてそれを拒むことができるだろう。私もいま彼と同じ気持ちでいるというのに。でもそれを言葉にして伝えることができなかったから、その代わり彼の首に腕を回し自ら唇を押し付けた。そして舌を差し入れると、呆気ないほど簡単に絡めとられてしまい、そのあとは夢中になって舌を絡め合う。  それまで私を抱きしめていた手が、体のラインをなぞりながら、するすると下りていく。その手が腿まで差し掛かったとき、ワンピースの裾をたくし上げられた。そこから忍び込んできた大きな手の感触がストッキング越しに感じる。そこを撫でられたとき腰から下の力が抜けていった。  ふらつく腿を持ち上げられたあと、その脚を先生の腰に巻き付けた。すると先生が腰をぐっと押し付けてきて、そのことにより濫りがましい恰好になっていた。押し付けられた場所で、彼が欲情していることを知った直後、そこにすべての意識が向かう。すると薄い布の下に隠れた場所が、急にじんと疼き始めた。  絡め合っている舌の感触と、そこから聞こえる粘着質な音。そして秘めやかな場所で感じる熱と硬さや、先生から立ち上がる匂いや漏れる息遣いが、私の理性をどろどろに溶かしていく。そのことにより今欲しいものがより鮮明に見えてきた。だから私は先生の背中に腕を回し、無言でそれを求めたのだが、突然唇を離された。 「随分と積極的だね」  乱れた呼吸を整えようともせずに、先生が私の耳元に顔を近づけてきた。低く掠れた声が浅い呼吸とともに聞こえてきて、それが私の体を火照らせる。耳たぶを食まれたあと、耳のなかに熱い何かを差し込まれた。熱くて、肉厚の舌が別の生き物のように動き回り、その生々しい感触と聞こえる音に耐えきれず、どうにかして逃れようとしたけれど、しっかりと押さえ込まれていて無理だった。耳を犯すかのように抜き差しされるたび、ぬるついた感触と卑猥な音に全身が慄いた。そして体から力が抜けていき、壁に寄りかかっていなければ崩れ落ちてしまいそう。  あからさまな行為だったけれど、恐れをなすどころかそれに感じ入っているのは明らかで、ぼんやりと霞みゆく意識のなか自身の反応に戸惑っていた。それというのも耳を起こされている間、私の体は先生を受け入れる準備をし始めている。下腹の奥が切ない痛みを伴ってずくずくと疼き、足の付け根からは何かが染み出している。そしてじんじんと痺れに似たものを感じていた。体の奥深い場所からこみ上げてくる熱い何か。それに今にも飲み込まれそうになっている。自分のものとは思えないほど、いかがわしい声が聞こえる。やめてほしい気持ちとやめてほしくない気持ちがせめぎ合い、新しい熱を放っていた。
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