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夏越しの大祓

「じゃあ、これを三回くぐれば半年分の厄が祓われるんだな?」 「ただ三回くぐれば良いってもんじゃないぞ、櫂。大事なのは……」 「あー、もういいから早くやっちまおう。暑くて適わん」  蝉の声が鳴り響く鬱蒼とした境内のなかで、御堂と高見がいつもの調子で話している。それを眺めたあと、私は彼らの手を取った。 「さあ、早くくぐりましょう。高見さんは大阪、御堂さんは仙台へ行くんですから、早く終わらせて駅に行かないと間に合いませんよ?」  そう言うと、グレーのスーツを着た高見と、黒いスーツを着た御堂がお互い顔を合わせ苦笑した。私は彼らの間に立ち、二人の手をとって、三人の前に置かれている大きな茅の輪へと向かう。御堂、高見、そして私の順に大きな茅の輪を三回くぐり抜けた。するとそこに涼しい風が吹き抜けて、石畳の歩道の両脇植えられている木の葉がさわさわと揺れる。  御堂が立ち上げた会社は、高見を招いてからという物順調に業績を伸ばしている。始めはごくごく限られたエリアからはじまったグルメサイトは、やがて東京都内をカバーし、各地方都市へ目を向け始めていた。それに伴い現場へ赴き下調べを行うために、彼らは大阪と仙台に別れて向かうことになっている。それを見送ろうとして一緒に駅へ向かっている途中、大きな神社に差し掛かったとき、今日が夏越しの大祓であることを思いだし、立ち寄ったのだ。  あの夜から、もう数日が過ぎた。ようやく気持ちを確かめ合ったとは言え、甘い夜を過ごすことはない。それは御堂が私が彼の言葉を信じれるようになるまで、セックスしないと宣言したからだ。だが、彼からのハグとキスは日に日に熱を帯びどんどん深くなっていて、それに流されてしまいそうになることが最近の悩みだ。  御堂のキスはとても気持ちが良い。抱きしめられて、髪を撫でられながらするキスは、うっとりとしてしまうほど心地が良いのだ。唇を触れあわせたあと、軽く啄まれる。そして尖らせた舌先で薄い皮膚を撫でられると、自然と口が開いてしまう。そこに熱い舌が入り込んできて、出迎えるように舌を伸ばすと、待ちきれなかったと言わんばかりに舌を絡めてくる。  そんなキスを毎日していると、自然とその先を望んでしまうものだ。だが、御堂は欲望に飲まれないように耐えている。感情と欲望の波が高まるにつれて、彼の体は熱を帯びてくる。それに重ねた唇から漏れる吐息も荒々しくなるし、私を抱きしめる腕の力も強くなってくるのだ。でも、彼はその先へは決して行こうとしない。私の心と体が重なるときを待っているから。  あの夜の翌日、背中を押してくれた高見に結果だけを言うと、彼は「よかったな」といってくれた。そしていつ御堂が爆発するか楽しみだと、にやにやとずる賢そうな笑みを向けられた。高見に言わせると、御堂はかなりこらえ性がないらしく、私に宣言した言葉は割と早い時期に反古にされると言いきっていた。  しかし現実はちょっと違う。御堂より、私のほうが我慢できなくって、近いうちに押し倒してしまうかもしれない。そう思いながら御堂を見ると、彼は何を思ったのか急に私を抱きしめた。 「ちょ、ちょっと。御堂さん……」  そう言いながら彼の体を押しのけようとした。 「いいから、いいから。甘えたいんだろう?」  御堂は私の背中を押さえ付けながら、頭を撫でる。 「二日会えないからなあ。なあ、水琴、俺と一緒にせんだ…… 「行きません! 離れることがいやなら、早く仕事を終わらせてくればいいだけだって、何度言わせれば気が済むの?」  すると、とつぜん高見が噴き出した。その笑い声に驚いたようで、御堂が私を抱きしめたまま、動きをピタリと止めた。 「あ、悪い。どうぞどうぞ、好きなだけいちゃいちゃしてくれよ。俺は先に駅に向かうから」  愉快げに喉を鳴らしながら笑う高見は、そう言って私達をその場に残し立ち去っていった。御堂と思いを交わした翌日、彼はすぐに察したらしい。だが、もともと彼は私に女の愛情を求めていたわけではなかったし、それは私も同じ事だったから何事もなかったかのように接している。  そんな関係を持っていた私と高見に、普通であれば嫌悪感を抱いてもおかしくないのに、御堂は高見が抱えている痛みを知っているから、こちらも何事もなかったかのように私と高見に接していた。  お互いがそれぞれ抱えていた傷と痛みを知っているから、そして相手がかけがえのない相手だから、優しくなれる。そして相手を受け入れ、ともにありたいと思うものなのだろう。 「なあ、水琴」  神社から去って行く高見の背中を眺めていると、急に御堂に話しかけられた。 「どうしたの?」 「そろそろさあ、俺のこと御堂さんじゃなく櫂って呼んでくれる? 二人きりのときでもいいから」  私を抱きしめたまま、御堂はふてくされたような顔を向けてきた。それがなんとも子供っぽくてかわいいのだが、こうやってお願いをするときが増えている。そして、それを受けざるを得ない状況に追い込まれるのだ。先日は御堂の家に泊まることと目覚めたあとのキスだった。それに近頃、一緒にお風呂に入ろうと言われているが、それは断り続けている。  だが今回のお願いは叶えやすい。しかしどんどん願いを叶え続けるうちに感覚が麻痺してきて、ついにはなんでも叶えてあげたくなりそうでなんだか怖い。  すると、私が不安になったことに気づいたらしく、御堂が額を押し当てながら掠れた声で告げた。 「抱かせてとは絶対言わない。それは水琴がそのときが来たら教えてくれれば良い。俺はそれまで待つから」 「でも、高見さんは、絶対言い出すって」 「はあ? なんだあいつ。俺のことどう思ってるわけ?」 「女に節操がない?」  目の前で御堂の表情がくるくる変わる。その様子を眺めていると、いきなり体が離れていった。そして腕を掴まれる。 「あいつ、俺のこと言えんのかよ。行くぞ、水琴。大阪いきの新幹線が出る前に、あいつにひとこといってやらんと気が済まない」  御堂の表情を見るとずる賢そうに笑っていて、それを見たとき、その言葉が自然と飛び出した。 「櫂、駅のホームでケンカだけは止めてね』  すると彼は一瞬はっとした顔をしたが、すぐに嬉しそうな顔になる。その顔は今まで見たことがないほど純粋で、そしてかわいくて、胸がときめいた。 「ああ、分かった。じゃあ、行こう」  そう言って御堂は私の手を引っ張った。夏の気配を感じさせる強い日差しが、木の葉のあいだから私と櫂を照らす。じりじりとした暑さを感じたが、春の名残りの風がそれを和らげた。私は櫂とともに、神社をあとにする。そして歩道へ出たあと、私たちは小走りで高見を追いかけたのだった。
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