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第十夜(1)

 日付が変わる頃には、私も高見も落ち着きを取り戻していた。  いつもなら、抱き合うだけの大きなベッドの上で、服を着たままごろんと寝転んで問わず語りを繰り返していた。高見が聞かせてくれた話の中で、一番印象に残ったのは御堂との出会いだ。彼らの付き合いは高校時代まで遡るのだという。 「櫂とは高校二年のときにクラスが一緒でね。それで知り合ったんだ」 「私から見たら水と油のような二人が、どうして今に至ったのか興味があるわ」 「高校時代はお互いに距離を置いていたよ。だが、大学に入ったあと、元妻が櫂と友人でね、それから関わるようになったんだ。それからあとは、彼女を間にして俺と櫂は急速に距離を縮めていった。今まで関わりを持たないようにしていた時間を埋めるようにね。そして俺とリンコが結婚したとき、あいつは俺たちのために結婚パーティを開いてくれたんだよ。実家がレストランだから」 「そうだったの……」  その後御堂がオッティモを立ち上げた話になった。 「元々櫂は料理人になりたかったんだ。だが、料理を作ることを諦めて、飲食店を支援する側に回ったんだよ」 「どういうこと?」 「櫂の実家のレストランは地元でも有名な店だった。親父さんがフランスで勉強してきた人で、日本に帰国してからも大きなホテルや有名なレストランで働いてきたし。味もいい、値段も庶民的、そして何よりアットホームな店の雰囲気が良かったからだと思ってる。だが客が多くなればなるほど、居心地の良い店というのが(あだ)になった。長居する客が増えてしまい、客の回転率が悪くなった。そうなったらどんなことが起きると思う?」 「混雑、かしら」 「そう。それでクレームが多くなってね、どんどん客足が離れていった。と言っても、もともとの数に戻っただけなんだがな。でも、それが原因で櫂の両親は離婚した。お袋さんが接客に疲れてしまった上に、心ない客からのクレームに傷ついてしまったらしい。それで料理を作っている親父さんとの間に溝ができてしまったようでね。結局その後、レストランのホールに櫂のおふくろさんが立つことはなくなったんだ。だから櫂は……」  そう言いかけたが、すぐに高見は口を閉ざした。 「悪い。櫂のプライベートな話ばかりになってしまったな。話を戻そう。そういうのを見続けた結果、幾ら料理人の腕がよくても、ホールで接客する人間が臨機応変に対応していても、客をコントロールしない限りは、そういったことがあると櫂は思うようになったらしい。それでグルメサイトにリアルタイムの混雑状況を載せることにしたんだ。その場にいる客からの情報をもらってね。もちろん店側の予約状況も必要だが、それを今掲載店に頼み込んでオンラインで共有できないか頼み込んでいるんだよ。そして今度はそれをスイーツの店にも応用しようとしてるんだ」 「じゃあ、まだまだやることはたくさんあるのね」 「そう、だから落ち込んでなんかいられない。前に進むのみだから」  顔を上げて高見の横顔を見ると、いつもの表情になっていた。先ほどまでの表情とは全く違っていて、ほっとする。それを見ていると、突然高見に話しかけられた。 「さて、次は水琴の番だ」 「えっ?」  急に矛先を向けられて驚いた。高見を見ると真面目な表情を浮かべている。 「水琴は俺や櫂の話を聞いて相づちを打つだけで、自分の話をしないからな。聞いてもさらりとかわされるし、櫂はやきもきしてると思うぞ。お前のことが好きだから。お前だってまんざらでもないんだろう? だったら俺に逃げないで、櫂に向かえばいい。櫂はきっと尻尾振って喜ぶぞ」  言葉こそ軽口めいたものだったけれど、口調は真面目な物だった。窺うようなまなざしを向けられ、私の本音をどうにか引き出そうとしているのだと感じた。でも、彼の期待には応えられそうにない。影を潜めていた過去がどこからかするすると伸びてきて、私の心を覆い尽くそうとしている。周りの光景がどんどん暗くなったような気がして、それを見ないようにしながらはっきり告げた。 「私は仕事とプライベートは分けているんです。だから必要以上のことは、話さないようにしているんです」 「話したくないの間違いじゃないのか?」  すぐさま高見に切り替えされてしまい、息を飲み込んだ。彼は真面目な表情で私をじっと見つめている。向けられたまなざしは、まるで心の奥に隠してあるものを見抜こうとするかのようなものだった。できれば目をそらしたい。でも、そうしたら、自ら認めてしまうことになる。ほの暗い過去があるということを。それだけはいやだった。だが、彼は私をまっすぐ見つめている。それに負けないように目に力を込めて見つめ返した。 「なあ、水琴」 「なに?」 「俺はお前とは赤の他人ではないと思ってる」 「セックスしたからじゃない?」  聞き返したら、高見は苦笑した。 「お前も分かっているんだろう? このままじゃ駄目だって。だからあんなセリフが出たんだと思う」 「あれは、私を抱こうとしたとき、思い詰めたような顔をしたからよ、あなたが。だからこんなことは止めようって言ったの。それだけ」 「俺がなんでこんなことをしているのか分かるからの、間違いだろ」  はっきりとした口調で言われてしまい、それ以上何も応えることができなかった。告げられた内容が、当たっているだけに。黙り込んだ私に気づいたのか、高見が大きな手で宥めるように頭を撫で始めた。 「悪い。強く言いすぎた。でも、お互い前に進まないとならないときだと思うんだ。といっても、今まで散々抱いた男が言う言葉ではないが。もしも水琴が櫂を一人の男として見ているならば、何も考えずに飛び込めば良い。あいつはお前が抱えている物まるごと受け止めるはずだ。それに多分水琴でないと、櫂の傷は癒やせない。あいつはそうは見えないが、とてもデリケートな男でね」 「知ってるわ。みんなが望む自分と本当の自分との間で板挟みになってるって」  御堂の部屋に連れて行かれたとき、私の体調が元に戻るまで彼といろんな話をした。といっても、先ほど高見から聞かされた学生時代の思い出話ではなく、御堂が会社を立ち上げたときの苦労話が多かった。  少しずつ軌道に乗り始め、サイトが注目を浴びた頃には、明るく堂々と振る舞うことを周りから求められていて、それと同時に疲れを感じるようになったらしい。  ただ、高見に言わせれば、御堂は学生時代からああだったという。それは多分そう振る舞い続けているからだ、御堂自身が。そしていつ、高見はそのことに気がついたのだろうか。それが気になった。 「驚いたな、もうそれを知ってるなんて。やっぱり惚れた女にはガードが緩むんだろうな」  視線を感じ見上げると、高見は私を見ながらにやにやとしていた。 「体調を崩したとき、そこに居合わせた御堂さんに自宅に運ばれたの。体調が元に戻るまでの間、聞いたのよ」  まさか高見が御堂の女を連れていたことを誤解して、過去の出来事が蘇ったとは言えなかった。ふてくされたように言うと、またゆっくりとした動きで頭を撫でられる。 「俺が知る限り、櫂のそんな一面を知ってる女性はいない。皆、櫂が見せているものしか見ないで終わる」 「それは御本人がまともに恋愛する気がないからよ」 「まあ、そうだな。付き合いが長い俺が知る限り、まともに恋愛したのは、学生時代のときしかなかったからな。そしてそれが、恋愛を避けるようになった決定打になったんじゃないかと思ってる」 「それ、どういうこと?」  妙に心に引っかかる言葉を聞かされ、胸の内側がざわざわとし始めた。高見に聞き返すと、彼は口を閉ざし考え込んでしまう。何か嫌な予感がしたが、彼の次の言葉を待った。 「聞きたいか?」 「えっ?」 「櫂がどうしてまともな恋愛を避けるようになったかだよ」  向けられた瞳が暗に物語っていた。その話がとても大事なことであることを。そして試されている気になった。御堂をどう思っているか、そして彼と向き合えるか。それに、私が抱えている過去と決別できるかどうか。  過去は私の足に絡まりついて、前に進めなくさせている。高見の言う通り何も考えずに御堂に向かいたいけれど、過去がそれを許さない。しかし、それと同時に過去を意識させる御堂から逃げ出したいのに、彼を思う心がそれを阻もうとする。結局私は暗闇の中ただ一人、そこに立ち尽くすしかできないのが現状だ。  高見に問われ、私は悩んだ。過去と御堂への思いに挟まれて、それからしばらく考え込んでいた。そしてようやく自分の中でどうしたいかが決まったとき、私は体を起こし、高見をまっすぐ見つめて問われたものに返事した。
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