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第八夜(2)

 ひとしきり抱き合ったベッドの上でうつ伏せになりながら、窓の外に広がる夜景を眺めていた。思うように動けないままそうしていると、溶けきった意識が少しずつ輪郭を取り戻していく。そして息づくように瞬きを繰り返す光を見ているうちに、昨夜も同じ夜景を眺めていたことを思い出した。  昨夜エレベーターから下りたあと、部屋に入るなりいきなり窓ガラスに押しつけられた。それだけでなく、背後から荒々しく抱かれてしまい、その激しい責めに屈したとき、ぼんやりとかすむ視界に飛び込んだもの、それが夜景だったのだ。暗闇の中瞬く光を眺めながら、この光のどこかで御堂は誰かと抱き合っているのだと思ったとき、やり切れない思いに苛まれた。  その感情がどこから来ているのか、もう分かっているはずなのに、それを認めたくない。  それを認めてしまえば、今私を支えているものがあっけないほど簡単に壊れてしまいそうで怖いのだ。  不倫関係を解消したあの夜のことは忘れられない。いつものように彼とホテルに入った直後のことだった。エレベーターに乗り込んだそのとき、ものすごい勢いで彼の妻が中に入ってきて、『泥棒猫!』と吐き捨てるように叫んだあと私を殴りつけたのだ。  その後二人で過ごすはずだった部屋に移動し、話し合いになったのだが、そのとき信じられない光景を目の当たりにした。彼が、私を愛していると言った口から信じられない言葉を吐き出したのだ。 『君とのことは、その、遊び、なんだ……』  妻がいることは、最初から分かっていた。でも秘めた思いを抱くだけなら許されると思ってた。しかし、いつ彼が私の思いに気づいたのか分からないけれど、ずっと欲しかった言葉を掛けられて有頂天になってしまったのだ。その言葉の裏に潜む本意に気づかずに。  そしてそれから五年のあいだ、私は幸せだった。好きな人に求められる喜びを全身で感じていた。彼に切り捨てられたその日まで。  妻に許しを請う彼の姿を目にしたときの衝撃は、言葉で言い表すことが出来ないほど強かった。その姿を目の当たりにしたとき、自分がやっていることは所詮不倫なのだと痛感した。それまでは彼の妻を見たことがなかったし、彼もまた恋人のように接してくれていたから、不倫という現実から目をそらすことが出来ていた。  だが、現実を突きつけるような言葉で裏切られ、私の心はたくさんの傷を負った。その後すぐに会社を去ったけれど、立ち上がる気力は尽きていて、なかなか癒えない傷を抱えたままだった。  そして傷が癒えないまま時間が過ぎて、気づけば傷ついた部分を守るような殻ができあがっていた。それだけではない、また裏切られるんじゃないかと思うと、誰かを愛することが怖くなっていたし、避けるようになっていた。  だから高見との関係は、そんな私にとって都合が良いのだ。彼と抱き合っているときは、孤独を感じずに済む。それに何も考えず快楽をむさぼることで、過去から目をそらせるから。  でも虚しい。愛して欲しいと思う人がいるのに、その人以外の男と抱き合ったあと急に虚しくなる。だがそうやって、彼を愛せない理由を自ら作ることでしか、自分の心を守れない。そんな自分がほとほと嫌になる。  自己嫌悪に陥りそうになったとき、突然背中に柔らかいものが触れた。そして背後から優しく抱きしめられる。どうやら高見が起きたらしい。背中に温かい息が掛かる。 「水琴?」  高見が掠れた声で私の名を呼んだ。 「起きていたのか、今何時だ?」 「夜中の一時よ。ぐっすり眠っていたわ」  けだるげに息を吐きながら、高見が体を起こす。それと同時に振り返ると、高見が驚いたような顔をした。 「泣いてたのか?」 「え?」 「頬に涙が残ってる」  そう言って高見が私の頬を撫でる。指で頬を撫でられたとき、涙がそこに残っていることに気がついた。 「あくびをしすぎたのかも」  笑みを向けながら誤魔化すが、高見はじっと私を見つめていた。納得できないのかもしれないが、過去を振り返り自己嫌悪に陥ったとは、高見には話せない。彼と私はセフレのようなものだから、傷を負ったままの心を癒やすことまで求めるつもりはない。ただひとときだけ、体を温めてくれたら良いのだ。 「ねえ、もう一度、しよ?」  そう言って両腕を差し出して誘う。すると高見はしばらく私を見ていたが、困ったような笑みを浮かべながらも再び私を抱き始めた。また夜の闇と高見の熱に溶かされる。
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