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第八夜(1)

 朝のオフィスは、しんと静まりかえっていた。  知らず知らずのうちに、部屋の片隅に置かれているソファへ目が行き、そこに御堂の姿がなくてほっとした。東向きの窓から差し込む朝日に照らされたソファを見ると、あのときのことが一瞬のうちに蘇ってくる。だが、慌ててそれを頭の中から追い払った。  そして今ではすっかり日課となった観葉植物への水やりを始めることにした。昨夜の情事のせいで、体はおもだるかったけれど、仕事は仕事としてやらねばなるまい。観葉植物への水やりは仕事の中には入っていないが、かといって何もしないでいたら枯れてしまう。  机の上に置かれている観葉植物は、その後ついに十を越えてしまった。なんでも、世間的には恋人らしい女性から、会うたび必ずプレゼントされるらしい。ということは、下世話な言い方だが、その数と同じ分御堂は贈り主と会っていることになる。そう思ったとき、胸の奥がざわめいた。  霧吹きでひとふきすると、その勢いに負けて細かな葉が揺れる。そして葉の表面にうっすら水滴がつくと、その重みでまた揺れる。それを何度か繰り返していると、ドアが開く音がした。 「おはよう、水琴。早いな」  あくびをしながら御堂がやって来た。その手にまた新しい観葉植物を持って。 「おはようございます。御堂さん、あらまた新しいのが……」  わざと視線を下げてそう言うと、御堂はバツが悪そうな表情を浮かべた。 「もう持ってくるなと言ったんだが、な……」  そう言って御堂は新しい鉢植えを机の上に置いた。まるで早く手放したいかのようなその動きが気になった。 「御堂さんがもらったものですから、御堂さんがお世話するべきなのに……」  つい本音が漏れた。すると御堂は顔を歪ませる。 「植物の世話を口実に部屋に入り浸られたくないんだよ。ただ抱きたいから抱くだけの女に」  その言葉を聞いた瞬間、数年前の自分のことを言われているような気がした。といっても、彼は家に私を入れなかった。彼にとって自宅とは、戻るべき場所であり、父親・夫の役目を果たす場所だ。そこに本来の男としての自分の居場所がなかったから、外でそれを求めただけだと思う。男は勝手な生き物だ。セックスしたいがために、心にもないことをしれっと言えるのだから。そんなことを思っているうちに、つい口走っていた。 「だったら、はっきり言えばいいのに。お前はセフレで恋人でもなんでもないって」  すると御堂が驚いた顔をして、私を見た。向けられた表情を見たとき、はっと我に返り目をそらす。 「驚いたな。いつもは遠回しに嫌みをいう水琴が、そこまではっきり言うなんて」  そんなことを思われていたのか。まあ、いつも遠回しに言っているから、そう思われているだろうなと思っていたけれど。 「すみません、言い過ぎました」 「いや、良いんだ。もう、こんなもので悩みたくないとは思ってたから」  そう言って御堂は、置いたばかりの観葉植物の葉を指ではじいた。小さな葉がはじかれたせいで、散っていく。 「もう、そろそろこんな遊びも止めたいんだがな……」  目の前で御堂の表情がみるみるうちに曇っていく。それを見ていると胸が痛くなってきた。なぜ彼はそんな関係ばかりを繰り返すのだろう、そう思った。 「そろそろ潮時だと思っているなら、止めたらいかがです? そうすれば、少なくとも贈られたものをどうしようか悩む面倒はなくなるわ」  少し言い過ぎたと思ったけれど、もう遅い。それが本音だから仕方がない。すると御堂は苦笑いしながら、一歩近づいてきた。 「本当に欲しいものがすぐ側にあるのに、それに手を伸ばせなかった経験は?」 「えっ?」  私を見つめる瞳がどんどん陰りを帯びてきて、表情もみるみるうちに思い詰めたようなものに変わる。それを目の当たりにしてしまい、呼吸をするのも忘れ見入っていた。そんなとき、ドアを開く音が耳に入った。 「おはよう、二人っきりで何を話してるんだ?」  声がした方を見ると、うっすら笑みを浮かべた高見が、私と御堂を交互に見ている。すると向かいに立っていた御堂が、もらったばかりの鉢植えを手に取って、高見に見せるように持ち上げた。 「これの話で説教されてた」  すると高見は特に表情を変えずに、私たちのもとへ近づいてきた。そして私を見ることなく、御堂が持ち上げた観葉植物を見ながら、うんざりした顔をした。 「またもらったのか……」 「もういい加減持ってくるなと言ったけれど、次会うとき性懲りもなく持ってきたらそのときは切るつもりだ」 「そうした方が良いな。でないと机の上が観葉植物で埋め尽くされかねないから」  男同士でしか通用しない会話をしたあと、二人はいつもの通りそれぞれの席についた。私は手早く水やりを終えたあと、二人にコーヒーを入れてから席につく。そしてそれから朝の打ち合わせが始まり、一日が始まった。
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